スノヘッタがつくり出す、自然と一体となったホテル。
氷河やオーロラに囲まれ、木の上で孤独を楽しむために

圧倒的な自然は人々を誘う大きな動機付けになる。一方、自然環境が豊かであればあるほど、その地にできるホテルはサスティナビリティが課題となる。ノルウェーを拠点とする建築事務所、スノヘッタが北欧で手がけるふたつのホテルでは、施設と環境の解決策を提示するだけでなく、新しい観光ルートまでも生み出そうとしている。

水上にできるパワーハウス

ノルウェー北極圏の最先端部には、スヴァルティセン氷河やフィヨルドといった幻想的な大自然が広がっている。2018年、その水面に浮かぶリング状のホテル「スヴァルト」の建設が発表され、エネルギーを生み出すホテルとして話題を集めた。スノヘッタの共同創設者であるシェティル・トレーダル・トールセンは語る。

「稀少な植物や澄んだ水、スヴァルティセン氷河の青い氷。こうした独自の環境を尊重しつつサスティナブルな観光地をつくるには、ホテルはエネルギーポジティブで、ローインパクトなことが必須条件となります」。

エネルギーポジティブとは、建築物がその寿命を全うするまでにエネルギー収支をプラスにするという意味だ。つまり、ホテルが自家発電し、消費電力以上を生み出すことを掲げている。

▲「スヴァルト」とはノルウェー語で黒という意味。スヴァルティセン氷河の暗い色に由来する。建物の総面積は約15,000㎡。全99の客室は30㎡と160㎡の2タイプで、約200名が宿泊可能。リングの外側に客室、内側は200mに及ぶ回廊に3つのレストラン、カンファレンスセンターなどを配置する。2021年開業予定。©︎Snøhetta/Plompmozes

スヴァルトの屋根は、ソーラーパネルで埋め尽くされる計画だが、冬の日照時間は短い。それに対してスノヘッタでこのホテルを担当するリカルド・ヤシスは言う。「開発中の新たな蓄電設備によって、日照時間の長い夏に電力を蓄えます。将来的にはホテルと空港を電動モーターボートでつなぎ、ボート走航時に生じる電力もホテルで活用する予定です」。

ホテルの寿命は60年

自然豊かな地や離島のホテルでは、汚水や排泄物の処理も課題になるが、ヤシスは説明する。「生活排水は人工的な浄化システムではなく、自然処理できるように考案中です。トイレには飛行機などと同じバキューム式を採用し、水の消費量を抑えるとともに、排泄物を地域のバイオガスプラントに直接届けることで、燃焼時に生まれるエネルギーも近隣の温室で使用したいと考えています」。

スヴァルトの外観はまるで神道の建造物を彷彿とさせるが、この地で魚を干すために用いる「フィスケル」や、漁師が漁のシーズン中に利用する簡易な家「ローブ」を参考にしている。

「周辺地域の漁師たちは、皆、ボートでやって来て海辺のローブに寝泊まりします。つまり、スヴァルトの宿泊客と同じように移動するわけです。先端技術を駆使するホテルに、地域の人々にとって馴染みのあるデザインを取り入れる意味合いもありますが、それ以上に大切なのは、建設からメンテナンスまでのすべてを地元で賄うこと。私たちはスヴァルトの建築寿命を約60年と想定しています。シンプルな木造構造は解体時を念頭に置いたものです」(ヤシス)。

▲夏季は釣りやカヤックだけでなく、潮の満ち引きによって浅瀬を歩くこともできる。トレッキングや山菜採りといった内陸での楽しみ方も可能だ。©︎Snøhetta/Plompmozes

建築事務所は通常恒久施設を手がけたいと思うものだが、環境を優先した結果とはいえ、あらかじめホテルに寿命を設けた点は斬新だ。こうした消費エネルギーの抑制により、スヴァルトの年間消費エネルギーは、一般のホテルに比べて85%も削減される計画だ。

北欧のキャビンを追求

スヴァルトの開業は2021年の予定だが、スノヘッタには17年にオープンしたホテルもある。スウェーデン中部ハラッズの深い森の中にある「ツリーハウス」で、彼らが手がけたのはその一室、最後の7番目にできた「ザ・セブンス・ルーム」だ。高価な宿泊料金にもかかわらず、予約が困難なほど人気を集めているという。

「ほかの部屋は木の中腹に位置していますが、ザ・セブンス・ルームは地上から約10mの高さにあり、まさに木のてっぺんです。北欧でのツリーハウスとは幼少時の恰好の遊び場。ザ・セブンス・ルームも徐々に階段を登るにつれて童心に返り、ワクワクした気持ちが高まります。部屋では大きなガラス窓から、地上では決して味わうことのできないラップランドの大迫力とも言えるスケールを体感できるのです」。こう語るのはスノヘッタのスチアン・エッセルド・ロッシだ。

▲ザ・セブンス・ルームではキャビンの外と内の融合を図るため、バルコニーはネット状。また、キャビンの陰で樹木の枝の広がりが見えなくなるため、その解決策として建設前に下方から枝を撮影し、そのモノクロ写真をキャビンの底部に印刷している。Photo by Johan Jansson

ザ・セブンス・ルームのファサードには、メンテナンス不要の焼き加工を施した木材が使われている。その印象はまるで北欧の伝統的なキャビンが、ポツンと木の上に乗っているようだ。

「自然のなかの孤高のキャビンこそ、北欧の人々にとってロマンチックで心休まる場所。寒いなかトレッキングに疲れて部屋に着くと、シンプルなインテリアと薪ストーブに迎えられ、そこでゆっくりと暖をとることができるのです」。

これはスノヘッタのパートナーのひとりで、ランドスケープアーキテクトのジェニー・オスルドセンの言葉だ。ノルウェー各地の国立公園内のロッジやビジターセンターを手がけ、北欧の人々の自然観や精神性を熟知している彼らだからこそできたホテルだ。

▲ザ・セブンス・ルームの部屋に入ると目に飛び込むのが薪ストーブ。ハンス・ブラタードによる椅子「スカンディア・チェア」が北欧らしさを感じさせる。北向きの部屋は窓が天井から床まで広がり、晴れた日にはオーロラが望めるため、「ノーザン・ライト・ラウンジ」と名付けられている。Photos by Johan Jansson

新たな観光ルートの出現も

「スヴァルトとザ・セブンス・ルームでは規模もロケーションも全く違うように見えますが、キャビンが水上にあるか、木の上に建っているかだけの差で、その精神は同じです。宿泊客は部屋にいながらにして、自然との一体感だけでなく、静かに自然と向き合うことで精神を解放させて、孤独を楽しむことができるのです」(オスルドセン)。

加えて、このふたつのホテルはサスティナビリティの定義もシェアしているという。「たとえ自然素材を使っても、それを遠いところから輸送したら大きな環境破壊につながります。北欧人が木を多く用いるのは、それが地元で手に入る素材であり、扱いを熟知した職人がいるという当然の理由と言えます」(ロッシとヤシス)。

このふたつのキャビンに泊まるとしたら、どのシーズンに行くべきだろう。スノヘッタの面々は「冬だ」と即答する。自然が特に美しいというだけでなく、どちらも部屋からオーロラを鑑賞できるからだ。

▲スヴァルトはすべての客室にプライベートバルコニーがあり、冬は氷河やオーロラといったダイナミックな自然を一望できる。©︎Snøhetta/Plompmozes

「スヴァルトが完成したら、ザ・セブンス・ルームとアイスホテルの辺りを一緒に周るような新たな観光ルートができるかもしれません」(オスルドセン)。ホテル建設と環境保全という相反するコンセプトを実現させるスノヘッタのキャビンは、サスティナビリティと冒険心に溢れる世界の人々を魅了するに違いない。End

本記事はデザイン誌「AXIS」201号「ホテル、その新しい潮流」(2019年10月号)からの転載です。