INTERVIEW | インテリア
2019.09.02 08:30
今年の初め、かの大英博物館で大規模な企画展が開催されるなど、改めて国内外の注目を集める日本のマンガ。マンガというコンテンツそのものやマンガ的な表現を大々的に取り入れ、2019年の東京にオープンしたふたつのホテルに迫る。
欧米からの注目を集める「マンガアートホテルトーキョー」
2019年2月、東京・神保町にオープンした「マンガアートホテルトーキョー」(以下、マンガアートホテル)。漫画喫茶とは異なる立ち位置を謳う背景には、「マンガの世界にどっぷり浸るための場所」「読者の感情を強く揺さぶるストーリー」「高いクオリティの装丁」といった、場のデザインからマンガのセレクトまで一貫したつくり手たちの強いこだわりがある。経営者として、また「マンガソムリエ」として運営全般に携わる御子柴雅慶に、オープンから約半年が経った現在の所感を尋ねた。
「稼働率では2~4月がほぼ100%、5月が95%など、オープン当初より高い水準を維持できています。そのなかでインバウンドの割合は35%程度と思っていたほど高くはないのですが、驚いたのはその内訳です。一般的なインバウンド事業は、中国、韓国、台湾が約60%を、またアメリカが9%、香港が7%、残りの約20%をASEAN諸国やヨーロッパが占めるというポートフォリオになります。ところがマンガアートホテルではアメリカを筆頭に、ドイツ、イギリス、フランス、台湾と続き、さらにはベルギーやオーストラリア、スウェーデン、スイスといった順で構成されているんです。7月に入った時点で合計50カ国の方に来ていただくことができました。日本のマンガが欧米を中心に海外に対して強いコンテンツであることがよくわかります」。
「感情」に基づくマンガのセレクト
マンガアートホテルには男女2フロア合計で約5,000冊のマンガが置かれている。それらはすべて御子柴と共同代表の吉玉泰和が目を通し各フロアに振り分けたものだ。書棚のいたるところに貼られたポップには、和英バイリンガルで作品紹介のテキストが綴られている。マンガソムリエとしての執筆の仕事も増えてきたという御子柴は、マンガを選んだり薦めたりする際の基準を、その作品が駆り立てる「感情」に置くという。
「夜勤を含めて100泊以上をこのホテルで過ごしています。当初はお客さんに好きな作品やジャンルを聞いて作品を選んでいましたが、それだと返ってくる答えが似たり寄ったりになってしまうんです。そこで『マンガを読んでどんな気分になりたいですか?』と、聞き方を変えました。そうするとお客さんにとって新しい、かつ求めていた作品を薦めることができる。本来人によって全然違うはずの好みやニーズに適切に応えることができるという発見がありました」。
蔵書の入れ替えや配置転換においても、作品名や作者名、ジャンル、作品が駆り立てる感情などさまざまな基準での試行錯誤を続けているという。宿泊者にとって新たなマンガとの出会い、そして没頭の機会となるマンガアートホテルは、国籍に関わらず楽しめる空間として進化を遂げていくはずだ。
ミレニアル世代に向けたトラベルハブホテル「ホテルタビノス」
「ワシントンホテル」「箱根小涌園ユネッサン」「ホテル椿山荘東京」など、国内に多くのホテル・リゾート事業を展開する藤田観光は、日本のマンガというジャンルに培われてきた表現をふんだんに取り入れたホテルに取り組んでいる。新たに発表したブランド「ホテルタビノス」、その第1号店「ホテルタビノス浜松町」は19年8月にオープンしたばかりだ。
ホテルタビノスの主要ターゲットはミレニアル世代の訪日外国人。日本の旅を楽しんでもらうための「巣」であってほしいという願い、また「私たちの(ラテン語・フランス語の‘NOS’)旅(‘TAVI’)のホテル」という意味を込めて、タビノスと名付けられた。
地上13階、敷地面積約970m2に及ぶ建物の内装には、ロビーやクローク、188ある客室などさまざまな場面でマンガをモチーフにしたグラフィックアートが施されている。館内の歩みを進めるたびに切り替わるシーンやコマ表現、グラフィカルに記されたオノマトペの文字など、宿泊客自身を主人公と思わせる没入感ある空間を、ホテルの設計を数多く手がけるUDSとデザイナーの津田井美香が共につくり上げた。また、ホテルタビノスにおけるマンガ的グラフィックが果たす役割はアートだけではない。
「館内の情報や案内を伝えるいわゆるサインとしての役割もこれらのグラフィックは担っています。通常のホテルと比べてホテルタビノスは館内の文字がすごく少ないんです。クロークの場所やアメニティの種類をグラフィックで伝える。デザイナーならではの提案だと思いました」(ホテルタビノス総支配人・芳賀 智)。
ホテルタビノスを拠点につながる人と情報
ホテルの中で過ごす時間よりも、周辺地域でアクティブに活動することに重きを置くミレニアル世代の旅行客。観光スポットに関する情報を貪欲に求める彼ら/彼女らのために、ホテルタビノスには広々としたロビーとラウンジがコミュニケーションスペースとして設計されている。冷蔵庫の設置がなく、収納スペースがベッドの下にあるなどミニマムな設計の客室に対し、ロビーはテーブルからカウンター、ソファはもちろん、ウォーターサーバーやコーヒーマシンがあるなど、ゆったりとした滞在とフランクな交流が配慮された空間だ。
またホテルタビノスが観光情報のハブとしてより機能するための仕掛けに、AIコンシェルジュ「タビノシオリ」がある。55インチスクリーン4面を使用したサイネージは、タッチパネルや音声認識を通じて、宿泊客の求める周辺情報にインタラクティブに応えるツールだ。ガイドブックやウェブ上にある情報だけではなく、スタッフが実際に足を運んで集めた情報を蓄積していくため、よりローカルな体験をサポートできる。
浜松町からスタートした新ブランド・ホテルタビノス。その2号店が20年5月に浅草にオープンするなど、今後の展開に注目したい。
本記事はデザイン誌「AXIS」201号「ホテル、その新しい潮流」(2019年10月号)からの転載です。