INTERVIEW | インテリア / プロダクト
2019.08.21 13:21
今年のメルボルン・デザインウィークでエアバッグに光源を入れたアートピース「An Ode to the Airbag」を出展していたインダストリアルデザイナー、Jonathan Ben-Tovimが、美しいラウンジチェアを含む3点の新作を発表した。デザイナーとして活動しながら、自らの名を冠したプロダクトブランドを持ち、自身の工房内で組み立てまでを統括している彼に、デザインから製造に至るプロセスを聞きたくてスタジオを訪ねた。
自らの工房で、あつらえるようにつくること
メルボルン郊外のフォークナーで、ふたりのアーティストと工房をシェアして活動するジョナサン。これまでにもバイクのマフラー用パーツを転用した照明器具「Perf」シリーズや、スチールパイプと積層合板を用いた椅子「Chips Chair」などを自らのブランドBen Tovim Designから発売している彼が、新たに目を付けたのがスチールのフラットバーだった。「5.30ラウンジチェア」という名称は、厚さ5mm、幅30mmという材料寸法に由来する。
「基本的に僕が考えるデザインの根底にあるのは、メイド・トゥ・オーダーであつらえるようにつくること、そして、メルボルン近郊で部材を調達して自分たちで組み上げられるようにすること、という2つだ。いつもデザインのアイデアは、制作プロセスを探求することから始まるんだ。今回は、入手しやすい規格品のスチールフラットバーに着目した。椅子にする場合はスチールパイプのほうが強度を得やすいけれど、フラットバーのしなやかさを生かして、ホワイエやホテルのロビーでも使える軽快で快適なラウンジチェアをつくりたいと考えたんだ」。
開発中の苦労を尋ねると、「工程数を減らすことを意識しながら、最もシンプルで、かつ美しく、そして十分な強度を保てるように試作を繰り返した。初めは幅30mm、厚さ7mmの部材で製作してみたが、強度はあるが重すぎて実用性に欠けるものになってしまった。そこで、厚さ5mmの材に変更して目指すイメージに近づいた。最終製品の曲げ加工は外部の工場に依頼しているけれど、試作段階ではすべてこの工房内で切断や曲げ加工ができるので、手を動かしながらディテールを検討していった。フレームは一部溶接しているけれど、たった6点のパーツの組み合わせでできている」。
実際に腰掛けてみると、スチールの適度なしなりと、しっかり体を包むレザーの感触が心地よい。座面は切りっぱなしのレザーをフレームに挟み込みリベットで固定している。厚さが3〜4mmの上質なベジタブルタンレザーを用いた座面はステッチのない切りっ放し、スチールの表面は彼が好んで使うマットブラックのパウダーコート塗装、それに接合部のリベットとボルトだけで構成されている。
「スチールは頑丈だし、レザーは使ううちに伸びるけれど交換が容易な設計にしている。レザーの耐久性を高めるべく、今、レザー裏面に伸縮しない布地を重ねるといった検討をしているところだよ」。
現在、もう1つ熱心に取り組んでいるのが、幅3cmほどのアルミニウムの押し出し成形材を使った照明器具「Formation」だ。内部を緻密にデザインした半円形断面のアルミの部材を、シャープな円柱状の大理石パーツと組み合わせた照明器具で、壁付けとペンダントタイプがある。
「アルミパーツの断面は、時間をかけて丁寧にデザインした、外からは全く見えないけれどね」とジョナサン。半透明のディフューザー部分とスムースに接合し、さらに配線が内側を通るように一部空洞になったアルミパーツは、思い切った先行投資をして製造したものだ。
新作の「5.30ラウンジチェア」とこの「Formation」、そして、今年のミラノ・デザインウィークにも出展されたスタンド照明「Fold Floor Lamp」は、メルボルンで毎年6月に開催される家具デザインや建築関連の見本市DENFAIR Melbourne 2019で好評だったという。
インディペンデントなメーカーが活躍できる土壌
デザイナーでありながら、自らメーカーとしてものづくりに取り組んだ経緯を聞くと、メルボルンにおけるデザイナーの立ち位置が浮かび上がってきた。
「デザイナーという立場では、メーカーやクライアントのためにデザインだけを提供する方法と、デザインをしながら製品化も自分で行う、という2通りの方法があると思うけれど、オーストラリア国内には家具メーカーがそう多くないので、デザイナーが自ら製品化まで手がけているケースがよくあるんだ。また、例えばメルボルンのインテリアデザイナーや建築家で言えば、彼らはできるだけローカルの家具や照明器具を使いたいという強い思いがあるから、その思いに僕らのようなインディペンデントメーカーは支えられている。その際、設計者たちは、サイズや色を特注したい人がほとんど。大量生産ではなく、注文に応じて地元でつくる僕らのやり方がアドバンテージになるんだ。メルボルンには程よい市場はあるけれど、デザインのコミュニティはそれほど大きくなく、設計者や外注先の工場などとネットワークを築くのはそんなに難しいことじゃない」。
オーストラリアのアデレードで育ち、オランダのデザインアカデミー・アイントホーフェンで学んだ後にロンドンのデザイン事務所で働いた経験あるジョナサンは、他都市と比べてメルボルンの状況をこう分析する。
現在、非常勤でメルボルン大学などでプロダクトデザインを教え、また、時に海外メーカーでデザインコンサルティングなどの仕事をしつつ、自分のつくりたいものを協力工場と連携しながら自身の工房でつくり上げていく彼のスタイルは、日本で言うならば東京ではなく、東大阪の町工場とクリエイターの関係に近いものを感じた。
一般向けのプロダクトコレクションのほかに、リミテッドエディションとして、使い古されたスキー板とストックを用いてベンチをつくってみたり、衝突したクルマのボディをアートワークに転用するなど、省資源のために日用品をつくるのではなく、発想の転換のために捨てられる素材に目を向け、社会へのメッセージを含んだアートワークに取り組む彼の幅広い活動から、長い年月、飽きずに使える家具が人にも地球にも優しい。そんな当たり前のことに思いが及ぶ取材となった。