「5年後の当たり前」は、すでに始まっているーー。今はまだ小さなトレンドだが、少し先の未来には、当たり前になっているかもしれないモノ、コトを取材。兆しを作り出している人との対話から、まだ見ぬビジネスやプロダクトをスケッチしていく連載「AXISデザイン研究所の未来スケッチ」。
今回フォーカスするのは「3DCG」の世界だ。日本で誕生したバーチャルユーチューバーやバーチャルモデルといったデジタルヒューマンの登場は記憶に新しい。フランスの高級ブランド「BALMAIN」が、Instagramで活躍するバーチャルモデルをキャンペーンに起用したことも話題となった。TEDでは、人間の登壇者の動きをアバターがリアルタイムで再現しながら、人間とアバターが同時にスピーチする講演も行われた。
様々なタイプのキャラクターが次々と誕生しているが、リアルさで注目を集めているのが、日本の女子高生キャラクター「Saya」だ。彼女は日本の3DCGアーティストユニット「TELYUKA(テルユカ)」によって生み出された。2017年には女性アイドルオーディション「ミスiD 2018」でファイナリストに残り「ぼっちが、世界を変える。」賞を受賞。そのリアルさは、「不気味の谷」を超えたと言われ、大きな話題となった。
今回は、Sayaの生みの親でもある TELYUKAの石川晃之・友香夫妻から、Sayaに込めた思いや、Sayaをつくる上での思想を聞いた。身近になりつつある3DCGについて「5年後の当たり前」を制作者の視点から考える。
3DCG制作に携わるようになったきっかけ
ーー3DCG制作をお仕事にされるきっかけや、お二人の出会いについて教えてください。
晃之:20年位前に「3DCGをやっているので、一緒にやってみないか」と友達が誘ってくれたのが直接的なきっかけです。当時においても3DCGが使われているゲームや映画などは結構ありました。僕はゲームが好きで、存在自体は知っていましたし、パソコンを使ってイラストも描いていました。それまで3DCGはスーパーコンピューターなどの特殊な機材が必要なんだろうと思っていましたが、調べると実際はそうでもありませんでした。
まずは安いソフトから試してみたところ、面白かったので、個人レベルでも購入できる範囲での機材を揃えたりして、ハマっていきました。高校時代は漫画家になりたかった時期もあります。そもそも、小さいころからイラストを描くのが好きで、鳥山明さんや、キン肉マンなど好きなキャラクターのイラストを机にラクガキしていました。そういった背景を元に友達に誘われた経緯から3DCGに携わっていきました。
友香:私も、幼少の頃から自分の世界観を表現したいと思い続けてきていました。学生時代は友達と舞台制作に挑戦したりしていましたが、資金、人集め、練習も大変で…。自分一人で、アウトプットできるものが欲しくてCGを始めたんです。最初は建物パースのアルバイトからスタートして、CAD図面から完成予想図をつくるところからCGのノウハウを勉強した後、ゲームやエンタメ系CG制作の会社に入社し晃之と出会いました。
ーーお二人とも、自分の世界観を表現できるCGに魅力を感じられたのですね。
夫婦制作 X プライベートワークで妥協なきアウトプットを
ーーどのようにして3DCGのクオリティを高めているのでしょうか?
友香:夫婦同士だと信頼関係を崩すことなく、率直な意見を言い合えます。だから遠慮してグレーにしたまま制作が進行してクオリティが中途半端になってしまうことがありません。日本だと特にそうかもしれませんが、会社内での関係性の中で、上司や同僚に遠慮してしまう瞬間があります。それが夫婦だとパワーバランスを気にする必要がない。コミュニケーションの機会も、24時間、365日、常にある。やりたいところまでとことん突き詰めて、気になるところは徹底的に直す。自分が思い描くクオリティに達しやすいので、夫婦制作の強みだと感じます。
ーー夫婦であるお二人だからこそ、一切の妥協がなく生み出されたのですね。
晃之:通常、会社経営的な利益は、最終的なクオリティに反映されてしまいがちです。期日が決められているクライアントワークでは「もっと良くなるんじゃないか」と後になって思っても、納品が終われば手を付ける事はほぼありません。反面、プライベートワークではそういった事を考える必要がなく、二人で利害を共有しているので、可能な限り手を付け続ける事が出来る、というメリットもあるのではないかと思います。
「Saya」をデザインする際に突き詰めたこと
ーー「Saya」をデザインする上で、特に意識したのはどのような点でしょうか?
友香:Sayaのコンセプトは透明感、清潔さ、清純さがあって、かわいくてクラスの中では優等生。狙ったのは「この女の子だったら絶対信頼できるよね」というポジショニング。自分が影響を受けたのはナウシカ、アラレちゃん、ラムちゃん。中でもナウシカには絶対に裏切ることのない清純さがある。そういう女の子の見た目は平均的な美しさにあると考えています。
どこも突飛じゃないけど美しさがある。シンプルなデザインのものがずっと使われるのと同じように、突飛生がない美しさを基本に作りたいと思ったんです。それを作りたいと思わせたのは、海外の方が作りだす日本人の女の子のイメージにすごく疑問を感じたからです。どれもアジアンチックで細くてそれが日本人というイメージで映画やゲームに登場してきています。
私は、日本の女の子にはもっと違うイメージの美しさも存在するという事も主張したいという想いもあって、「地味だけど美しい」というのをまず突き詰めたいと思いました。ただし、シンプルでストレートなものほど、平均的な美しさを突き詰めないと難しい所なので苦労しています。
晃之:私たちは3DCG屋さんなので、いわば「ガワ」しかつくれません。Sayaをどんな女の子にするか、どんな役割を果たしてもらうか、ということは、Sayaを発表した後、さまざまな企業の方や、クリエイター、研究者、技術者のみなさんと話していくうちに、だんだんと方向性が見えてきました。実際のところ、これからどうなるのかは、私たちにも分かりません。時代に応じて、少しずつ追加、修正されていくのだと思います。
友香:様々な機能の追加や役割を探しながらSayaをつくり続ける、というチャレンジプロジェクトみたいになっていますね。
「Saya」には人の心に寄り添う存在になって欲しい
ーー「Saya」を展開していく上でのポリシー。例えば、守るべき点ついてどのように考えていますか?
友香:Sayaにやらせたくないことは明確にあるんです。それは「人間ができることをSayaにわざわざさせる必要はない」ということです。例えば、初対面の相手にはある程度の心理的な距離感がありますよね。ところが見た目は人でも、中身が人じゃないと分かった途端、距離感を取る必要がなくなると思うんです。そういう部分を大切にしたい。あくまでも「CGキャラクターのSaya」らしさ。人間と対峙したときに必要とされるSayaとはどういった存在なのかを常に考えています。
晃之:NTTドコモさんとのプロジェクトで「おしゃべり案内板」というサービスがあります。このサービスでは、実際に案内をするのはSayaではなくAIです。Sayaが直接案内することも可能でしたが、今の時点では微妙だと思いました。
というのも、Sayaはその場所のエキスパートではなく、行ったことも、触ったこともないからです。案内できるほどの知識や能力がないのに、なぜか何でも知っている存在にはしたくなかったんです。だから、彼女をAIと情報を得るユーザーの間に据えて、情報提供をサポートする立ち位置にしました。
晃之:このプロジェクトにおけるSayaの役割は、言ってみれば「賑やかし」でしょうか。AIが利用者に対して提示する答えに対してSayaは、「そういうのがあるんだ」とか「おいしそうだね、私も行ってみたいな」というように、合いの手を入れたりします。このように、コミュニケーションのなかに第三者が介在することで、その関係性が和らぐ場面ってあると思うんです。そういう存在として、ここではSayaに立ち振る舞って貰いました。
友香:実際には、Sayaに無理難題を押し付けることはできます。でも、それはしたくない。ある種の親心のようなものかもしれません。人間や人間世界と同じ事ができるような存在を目指す必要はない。彼女ならではの世界を構築していければいいと思っています。また、そこはSayaの世界を想像し楽しめるようになる上でのポイントになるのではないでしょうか。
晃之:いずれはSayaを誰かに操作されなくても彼女自身で考えてものを言えたり、決められるようにしたいです。デジタルの存在でも、見た目が人間に近く、人間の思考に寄り添う事が可能になっていたら、生命体に対するのと同じように接してもらえるようになるのかもしれませんが、それにはまだまだ時間はかかりそうです。
「不気味の谷」を越えた、超リアルなバーチャルヒューマン「Saya」の今後
ーー『Saya』のコンセプトは「17歳の女子高生」ですが、いつまでも年を取らないことは実在感とのギャップにならないでしょうか?
友香:「年を取らせないんですか」?とよく聞かれるんですが、理想は、Saya本人が自分の年を自由に操作できるようになることを目指したい。19歳になりたいなら、なればいい。おばさんになりたいなら、なればいい。
晃之:本人が死にたいという時があれば、死んでくれればいいのかなと。
友香:それもひとつのロマンであり、テーマにしています。
晃之:ただ、実在感というのは単純に、そこに存在しているんじゃないかという気配を感じさせられればよいという、感覚的なものとしてしか考えておらず、人間と全く同じである必要性も無いと思っています。もし一緒に年を取って死ぬんだったら、人間で良いんです。人間はいつか死ぬけど、デジタルであるバーチャルヒューマンは、生き続けられるという対比的な良さを持っており、場合によってはずっと自分のことを覚えていてくれる。そんな存在として住み分けができれば良いと考えています。
ーー「Saya」のあるべき姿は、ディスプレイの中で突き詰めていくのでしょうか?
晃之:希望としてはSayaをディスプレイから出したいと思っています。理想は、映画「ブレードランナー2049」に登場するジョイのような形です。彼女は、ポータブルプロジェクターによって、いつでもどこでも投射されます。技術が発展すればジョイのようにプロジェクションできるようになるかもしれません。
そういった事が実現される日に備えて、今私たちが出来る事は、キャラクターに実在感を持たせる為の研究を行い準備をしておくということ。キャラクターのビジュアル、性格、行動、全ての要素に実在感を持たせることができれば、いつか人間と対峙した時に、違和感のない存在になれる可能性があると考えています。
ーー「Saya」の今後について、どのような在り方を目指しているのでしょうか?
晃之:人の心に寄り添えるような存在であることでしょうか。「これをして」と何かをさせるためではなく、隣にいるだけで安心する、というような存在です。
例えば、ルンバは掃除をする事を求められていて、その機能に特化した形で存在しています。一つの煩わしい事を肩代わりしてもらえるだけでも、すごく有難い存在ですが、ちょっと話し相手になってくれる、場合によってはアドバイスしてくれる、ケンカを仲裁してくれる。こういった人の心にもっと寄り添えるような形で発展していければ、たとえ物理的に何かが出来なかったり、もし完璧ではなかったとしても、その人にとって存在を認めてもらえるようになるかもしれません。
今は多様性のある時代なので、なければないでいいけど、あったらすごく良いよねという存在になることを目指していきたいです。
ーー今回のお話を聞き、お二人が作っている『Saya』というバーチャルヒューマンは「人の心に寄り添う存在」を目指しているということがわかり、すごく刺激になりました。3DCGが暮らしの中で身近になり広まっていく兆しや、可能性に魅力を感じました。「心に寄り添う」という視点が今後のモノづくりのポイントになると思います。今日はありがとうございました。
AXISデザイン研究所の”未来スケッチ”
今回のTELYUKAの話を受けて、バーチャルヒューマンが「人の心に寄り添う」という視点から、AXISデザイン研究所では3DCGがプロダクトと融合したくらしの未来像を独自に考えた。
アイデアをイメージする上で心掛けたのは、非日常といった特別な体験ではなく、バーチャルヒューマンが日常のくらしの中に溶け込むこと。単なるプロダクトではなく新しい価値観・コミュニケーションが生まれる存在であるという点だ。
アイデア1:コミュニケーション
もしも翻訳機とバーチャルヒューマンが融合したら…
言葉が通じない者同士の1対1の関係性もバーチャルヒューマンという第3者の存在によって緊張した空気や関係性を和らげてくれるはず。
アイデア2:教育現場
もしも教育現場にバーチャルヒューマンが参入したら…
バーチャルヒューマンが授業をサポートしてくれることで一緒に学ぶ楽しさを体験できる。また、教師と生徒の間、あるいは生徒同士の間で第3者として円滑な学級づくりの懸け橋になる役割も。
アイデア3:スポーツ・トレーニング
もしもトレーニングマシンとバーチャルヒューマンが融合したら…
トレーニングモードをカスタマイズした自分だけのオリジナルトレーナーになってくれる。バーチャルヒューマンと一緒なら、ゲームやアトラクションを楽しむように走ることができそう。
アイデア4:交通安全
もしも交通整理などのサイネージとバーチャルヒューマンが融合したら…
渋滞中のストレスや長距離ドライバーの孤独感が和らぐことも期待できるのでは。人に見られているような感覚も事故防止につながりそうだ。歩行者用の信号機や標識・サインとと融合すれば、待たされる時間もイライラせず、楽しみに変わるかもしれない。
上述の4つのアイデア以外にもビジネスシーンや防犯、医療・介護、子育てなど、様々な分野での活躍が考えられそうだ。
今、社会は「モノ消費からコト消費」の時代と言われている。単純にプロダクトを買うのではなく、プロダクトができあがるまでの背景や、プロダクトがあることで変わるライフスタイル、プロダクトと空間を組み合わせた新しい体験なども含めて「買うこと」の概念が広がっていく。
Sayaのようなバーチャルヒューマンの存在は、ライフスタイルにとどまらず価値観にまで変化をもたらすだろう。3DCGと融合したプロダクトもまた、新しいストーリーや体験を付加することができる興味深いジャンルだ。
バーチャルヒューマン・3DCGに関する新しい価値観について「5年後の当たり前」は、すでに始まっている。