アートディレクター 色部義昭さん
フォントは声音。その場に最もふさわしい「声」を選ぶ

▲日本デザインセンター 取締役、色部デザイン研究所 所長、アートディレクター 色部義昭さん Photos by Kaori Nishida

昨今、Osaka Metroや東京都現代美術館など、公共の場でのロゴマークやサインのデザインを手がけているアートディレクターの色部義昭さん。今年発行されたネンドの書籍を2冊デザインし、そのうち『ネンドノオンド』の表紙にAXISフォントを採用しました。「AXISフォントを“絵”としてとらえた」と話す色部さんに、ほかのプロジェクトでの採用例や、フォントについての考え方を聞きました。

▲「Osaka Metro」のロゴマークは大阪の街のエネルギーや推進力を表している。書体の「Gotham」は、明るさとキャラクター性、大阪の街並みにもフィットする中庸性を併せ持つ。

――昨今手がけたお仕事に、「Osaka Metro(大阪メトロ)」のネーミングやロゴを含むCIデザインがあります。

まず、地下鉄の「Osaka Metro」は大勢の市民の移動を支えるインフラであるということ。また昨今、大阪の観光客数は急増しています。ネーミングに関して、日本人だけでなく海外から来た人にとっても、すぐに地下鉄だとわからないといけない。個性的な名前も考えましたが、最終的には「Osaka Metro」という誰もが地下鉄とわかる名前にしました。

一方、大阪という活気ある街の個性はマークで補うことにしました。世界的に地下鉄のマークを「M」1文字で表している国が多いので、大阪ならではの「M」を考えて、文字が回転すると「O」になるというモーションロゴで表現しています。色に関しても、活力を感じる色を大前提にしたうえで、隣接する鉄道事業者のロゴカラーや地下鉄の路線カラーと同じだと識別性が低くなるため、現状使われていない色の中から選定しました。

▲「Osaka Metro」のモーションロゴ動画。

――今年3月にリニューアル・オープンした東京都現代美術館では、サイン計画を手がけました。

これは建築家の長坂 常さんを中心に取り組んだプロジェクトです。提案要件は家具とサインでしたが、個別ではなく一体化した提案をすることで、美術館が今後進むべき方向性を表現したいと考えました。具体的には、開館当初からあった「公園に対してひらく」というコンセプトを強化して、少し公園との連続性が高まるよう、さまざまな引き込みを設けることにしました。例えば公園側にパラソルを立てて居場所をつくり、美術館の中にも子どもが走り回れる場所を増やす。家具とサインで、人が居やすい雰囲気をつくったりしています。

▲東京都現代美術館のサインと家具。

また展覧会やイベントに併せて館内のサインも対応していかないといける可変性を設けています。運営の意図に応じて、家具は色々な形に変化し、リフターやキャスターで移動しやすくなっています。素材もコルクなどの柔らかいもの、文字もある種のラフな質感を表すものを選びました。座ることもできるフレンドリーなサインによって人の居場所を増やし、思い思いに過ごせるような空間を目指しました。

――書体やサイズについて気をつけたことはありますか。

書体は、欧文が「Graphik」で和文は「たづがね角ゴシック」。さまざまな客層が訪れる場所なのでわかりやすさを重視しました。普通、サインは建物や環境に溶け込むように存在すると思いますが、ここではむしろ建物とのコントラストを意識しました。この美術館の空間は巨大なので、環境に寄り添おうとすると、飲み込まれてしまって機能しないんです。アクティビティに応じて大勢の人を誘導しないといけないときには、皆さんが必要なときにサインの所在に気づけるような、例えば空港と同じような“音量”を持つサインであるべきではないかと思いました。

▲「ネンドノオンド」(日経BP社)。表紙の文字は、AXISフォントのコンデンスを使用。

AXISフォントを「絵」としてとらえる

――今年、nendoの書籍が2冊発行されました。どちらのブックデザインも色部さんが手がけています。

2冊は全く性質が違います。ひとつは海外の出版社「ファイドン」による重厚な作品集で、基本的には作品の写真が語っていくもの。ずっと残るものとしてオーセンティックなスタイルを重視し、かなり抑制の効いたタイポグラフィにしました。それに対してこちらの「ネンドノオンド」は、雑誌で連載された佐藤オオキさんの対談集で、文字がメインの読み物です。本文はノリの良い会話がずっと続いていくので、そのノリの良さをきちんと表現でき、読むのも苦痛にならないようなタイポグラフィを目指しました。

――本文は、漢字が「游ゴシック」で、かな文字は「游明朝」です。

漫画の文字組みに多いんですよ。これもある種、漫画のような軽やかな本なので。本文のフォントは、適度にカウンターが広くて読みやすい文字を選んで組み合わせました。行間も大きめにあけています。

――表紙の文字は、AXISフォントのコンデンスですね。

「ネンドノオンド」というタイトルが面白いので、タイトルのタイポグラフィだけで表紙絵をつくりたいと思ったんです。本としても、気軽に鞄に放り込んで、好きなときに好きな部分を読めるペーパーバックのようなプロポーションや造本を意識しました。表紙いっぱいに文字を入れることを考えたとき、プロポーション的にAXISのコンデンスが合っていると思ったんです。

――絵としてAXISフォントをとらえた、ということでしょうか。

そうですね、文字のようであって絵のようにもしたいと考えました。細いウェイトを使ってもいいのですが、よりネンドらしく明るく軽くしようと、コンデンスをインラインにし、しかも端を閉じるのではなく開放してみました。AXISフォントはいわゆるゴシック体ではなく、日本語のサンセリフ。セリフがなくて、シンプルなフォントなので、可読性を保持しながらも、こういう味付けがしやすいんです。アルファベットのような抽象度を持つ形であることがポイントですね。

▲「ICHIHARA ART x MIX 2014」のビジュアル。小湊鉄道の「小湊ファイヤーオレンジ」の帯に、AXISフォントを加工した“手作りラウンド”を載せた。

個別のプロジェクトに最もふさわしいフォントを探したい

――ほかの仕事でもAXISフォントを使った例はありますか。

千葉県市原市で行われた「ICHIHARA ART × MIX 2014」という芸術祭のビジュアルで使いました。日本のグラフィックデザイナーって、常に欧文と和文の組み合わせをどうするか悩んでいると思うんです。この場合は、最初に「Gravor」という欧文から決めました。できるだけ欧文と和文の関係性を近いものにしたいと思って、AXISフォントにたどり着きました。

この芸術祭は、小湊鉄道の電車に乗って里山や廃校にある作品を回遊するというコンセプト。もともと電車の車体には赤い帯がついているので、その上にラウンドの文字を載せて、芸術祭のアイデンティティにしようと提案をしました。なぜラウンドかというと、よく車体に「クハ」とか記号が書かれていますよね、あの雰囲気を出したいと思ったんです。でも当時はまだ、AXISフォントのラウンドがなかったので、自分でラウンドをつくりました。その後、AXISラウンドがリリースされたとき、ニーズを受け取っていただいたような気がして嬉しかったです(笑)。

――ご自身が好きなフォントはありますか。

特にありません。いつでも、そのプロジェクトの個別性に最もふさわしいものを探し出したいと考えているんです。結果的に同じ書体を使うことはあまりないのですが、それはデザイナーとしての楽しみでもあると思っています。今、国立公園の仕事をしていて、パンフレットや公園の看板に使うためのフォントをカスタマイズしたんです。これまで、看板の書体はゴシック体だったのですが、国立公園の雄大で情緒ある風景を前にして、味気ない「ゴシック体ってどうなのかな」と。それで色々試して、「TP明朝」にたどり着いたんです。もちろん視認性も大事だし、数字の表記も含めて、タイププロジェクトの鈴木功さんに、「TP明朝」をベースに国立公園に適合したものをカスタマイズしてもらいました。

▲国立公園のためにカスタマイズされたフォント「TP国立公園明朝」。

――それは画期的な取り組みですね。

今後、このフォントは看板製作に関わる人が自由にダウンロードして使えるようにしていく予定です。というのも、パンフレットや看板をつくる人たちが同じフォントを持っていないと、パソコンに標準で実装されている異なるフォントを使うことになりますから。個別のプロジェクトに最も適したフォントを探し、それを必要な人が使えるように提供するところまで考えることはとても大切です。

――最後に、色部さんのお仕事においてフォントはどういう位置づけなのでしょうか。

ものすごく重要なマテリアル、だと思っています。その書体が持つ素材性や機能性に頼ってデザインしているところもあります。僕にとって書体を選ぶのは、色を1色選ぶのと同じ、いやそれより上位かもしれません。なぜなら、グラフィックデザインの基本的な要素は画像と文字ですが、やはり最後の、末端の情報は文字なんです。そこである種のトーン、人の声にたとえるなら「声音」をつくっていくのがデザイナーの役割。静謐な場所なら静かな声、賑やかな時はそれにふさわしい声で呼びかけたい。そういう意味で、フォントはTPOに合わせたトーンを発してくれる、とても大切で便利なツールです。End

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