壊れた地球との関係を考える。
ミラノで開催中の
「ブロークンネイチャー:人類の生き残りをかけてデザインができること」展

イタリア・ミラノのトリエンナーレ美術館で2019年9月1日まで開催中の「Broken Nature: Design Takes on Human Survival」は、傷ついた地球と人との関係を修復するために、今すべきことのヒントを与えてくれる展覧会だ。

タイトルは「病んだ地球:人類の生き残りをかけてデザインができること」と訳すことができる。病んだ地球を治し、人間との関係を取り戻そうとする取り組みを「修復するためのデザイン(restorative design)」と位置づけ、100余りの作品を紹介している。修復するためのデザインが及ぶ範囲は、気候変動に関するものから、絶滅危惧種、電子ゴミ、人種問題にいたるまで幅広い。

▲地球が抱える問題を無数のグラフィックで示した大階段が来場者を迎える。

企画したのはニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーター、パオラ・アントネッリ。持続可能性という言葉が社会に浸透した今、彼女は改めてこう問いかける。

「これからのサスティナブルな社会を考えるとき、人間以外の動植物の世界に想いを巡らせるのはもちろんのこと、性や人種といった概念の持続可能性も考えなおす段階にきているのではないでしょうか」。

地球が誕生して何十億年もの変動を経た先に今があるとすれば、今後は性や人種、家族という概念も絶対的なものではなく、時代に応じて変わっていくという意味だろう。

▲手前はオーストラリアのアーティストPatricia Piccinniによる「Sanctuary」(2018)。人類にもっとも近い哺乳類とされ、暴力によらず愛撫表現によって争いを解決するボノボのスーパーリアルな彫刻だ。

例えば、絶滅危惧種の問題に取り組む「Resurrecting the Sublime」(2019年)。Christina Agapakis、Alexandra Daisy Ginsberg、Sissel Tolaasの3人によるこのプロジェクトは、1910年代に絶滅したと言われるハワイ原種のハイビスカスや、アメリカ・オハイオ州固有の植物を香りだけでも蘇生しようと試みる。

彼らは、ハーバード大学植物博物館に保存されている標本から香りの成分を取り出し、1889年創業のインターナショナルフレーバーフレグランス社の協力のもと、遺伝子工学によってDNA配列の記述に成功した。最新技術によって今後、絶滅した植物の香りを蘇らせることは可能かもしれない。しかし、ふとそれは素晴らしいことなのだろうかと疑問も湧く。植物の香りだけでその命を絶滅から救ったことになるのか? あるいは香りだけで人は植物を愛するものだろうかというもどかしさが残った。

▲ハワイ原種のハイビスカス「Hibiscadelphus wilderianus」の植物標本。Courtesy Gray Herbarium of Harvard University

一方、私たちが日常的に直面しているのは、電気製品・電子製品の廃棄物、いわゆるE-wasteの問題かもしれない。この課題に取り組んでいるのは、オランダを拠点とするデザインデュオ「フォルマファンタズマ」だ。電子廃棄物を“廃材”ではなく、“原材料”に戻すためには何が必要か。そのアプローチを探るために「Ore Streams」というプロジェクトを立ち上げている。

彼らは電子部品メーカーをはじめ、廃棄物を受け入れるNGO、国際刑事警察機構などへの調査を通じ、電子機器の解体、分別、再利用にいたるリサイクルの仕組みを分析し、映像でドキュメント化した。加えて、増え続けるE-wasteをリサイクルのシステムに組み入れるために、電子部品そのものでオフィス家具をつくり提案している。金属などの溶解工程では、人間や環境に害をもたらす成分が出るため、解体時のまま再利用することは善策だ。そこで、素材を露わにしたようなオフィス家具のデザインに行き着いた。用途のない、使えないものとの関係は絶つのではなく、E-wasteさえもつながりを持とうとするデザイナーらしい発想を感じさせる。

▲スチール、アルミニウム、電子部品といった回収材でできたオフィス用デスクとゴミ箱。オフィス家具に絞った理由は、機能性が求められること、電子部品同様に規格が重視されていることと語った。

▲「Water Tasting」(2017-18)。食をテーマにデザインするArabeschi di Latte、Jane Withers Studioのプロジェクト。浄水作用を持つコリアンダー、モリンガ、木炭などを水道水に入れることで、植物の力で安全な水を確保しようと提案する。

地球が健全でサスティナブルであるためには、皮膚の色の違いといった人種差別問題についても考える必要があるだろう。

MITメディアラボのネリ・オックスマンは、メラニン色素を人工的に培養する「Totems」を通して、オンデマンドで肌の色を選ぶことができる未来を描く。メラニンは日焼けによってシミの原因になる色素。美容に関心の高い人には、美白の敵として悪者扱いされがちだ。しかし、生理学的に見れば、メラニン色素の生成は皮膚の防御機能が働くからであり、紫外線から皮膚を護るためには不可欠である。

もし、その生成を自在にコントロールできれば、強烈な太陽光の下では自前のブラインドのように肌の色を濃くして、日差しから身を護ることも考えられる。しかし、このメラニンこそが白人、黒人、そしてアジア人を肌の色によって分かつもの。オンデマンドで肌の色が改変可能な未来が訪れたとしたら、肌色がその人や人種固有のものではなくなる。そのとき、人種差別はなくなるだろうか? 人それぞれのルーツはどうなるのだろうか? そうした疑問を投げかける作品だ。

▲Neri Oxman and The Mediated Matter Group, 「Totems」(2019)。黒い柱の中には、生体から抽出した天然のメラニン色素と、MITのラボで培養した合成メラニン色素を含むオブジェが展示されている。

多くのデザイナーやアーティストがモノを生み出すことの意義を自問する今、循環型社会を前提にしたモノづくりを実践するだけがデザイナーの役割ではない。「デザインは地球や環境についての気づきを与えてくれる強力なツールです。デザイナーは一般の人よりも、鋭い洞察眼を持つことで、社会を鋭敏に捉えることができます。そうした知見を広く共有することが、今の時代にデザイナーができることです」と、アントネッリはモノづくりの枠組み以外のデザインの役割について強調する。人間以外の生物世界について、敏感にセンシングするためのインターフェースがデザインと言えるのだろう。

▲Tue Greenfort “Exceeding 2℃”(2007)

例えば、私たちの日々の営みが、別の地域の環境とつながっていることを肌で感じさせてくれるのが、デンマーク出身のアーティスト、Tue Greenfortのよる「Exceeding 2℃」。2007年のアラブ首長国連邦で開催されたシャルジャ・ビエンナーレで発表され、美術館の室内温度を2℃上げる装置が作品となっている。節約した電気料金に相当する金額が、エクアドルの熱帯雨林の購入に充てられた。夏は外気が50℃になる日も少なくない同国で室温を2℃上げることは、来場者にとって身体的試練になったという。同時に、そうした美術館での体験(試練)が熱帯雨林の維持とつながっていることを肌で感られたのではないだろうか。

地球が抱える問題は複雑多岐にわたり、その修復はデザイナーやアーティストだけでできるものではない。政治も絡み、あちらが立てばこちらが立たずといった状況だろう。「何億年後、いつかは地球も人類も絶滅します。デザインができることは、その絶滅の仕方なのです」。キュレーターのアントネッリのこの言葉に納得せざるを得ない展覧会だ。End

▲手前はトーマス・トゥエイツによる羊になりきるプロジェクト「A holiday from being human (GoatMan)」の装具。