デザイン教育者ステファン・ジャ・ワンが紐解く、日本のデザイン哲学




美と機能性の融合

日本のデザインには長い歴史と独特の文化的背景がある。とりわけ戦後はデザインを通してモダンとポストモダンの両面で世界を牽引することに成功している。ここでは、20世紀初めからの社会の変化に触れながら、日本のデザインの哲学について再考したい。

各国には独自の明確なデザイン文化というものがあるものだが、そこにはふたつの面がある。見た目と哲学的な側面だ。外観という面で言えば形、色、材料、動き、また広い意味では品質など、より直接的に知覚できるものが含まれる。日本のデザインの素晴らしい点のひとつは、これらの見た目の要素が目的や意味によるものだということだ。それを「かたち」という。「かたち」とは、「美と機能性の融合」を表す伝統的な概念であり、完璧な例が、「バタフライスツール」である。このデザインが、日本の伝統と欧米の近代デザインの概念、日本の美学と成形合板を結びつけた。

▲バタフライスツール(柳 宗理)

ありがたいことにこうした伝統はテクノロジーが発展した今日でも絶えることがない。1988年にオリンパスから発表された35mmカメラ「O-product」にも機能と形を高度に統合した結果を見ることができる。

「かたち」の要素は、日本の伝統的な哲学文化に根ざしている。フランスのデザインの特徴が「装飾的」、オランダは「概念的」、イギリス「個人主義的」、そしてドイツは「オーバーエンジニア」と「実用性」であるように、日本のデザインの特徴は、哲学の継承であり、マーケティングにおいても世界屈指の成功をしている。日本のデザインは伝統文化や哲学から絶えず栄養を摂取し、「ハイテク」とのバランスを保っている。

▲オリンパス O-product




テクノロジー、アート、ビジネスの間に生まれた新しい分野

さて、ここで面白いのは日本が工業化を通してどのように独自のアプローチを達成したかという点ではないだろうか?

その質問に対する答えとして、1870年代の産業化・西欧化を振り返る必要がある。欧米のプロダクツが日本の着物や畳に置き換わっていったなかで、デザインは新しい産業としての道を進んでいった。では、どうすれば日本の伝統を守ることができるのか。社会的に最も影響のあった反応は民藝運動である。その動きは20年代に活発になった。哲学者で美術評論家でもあった柳 宗悦は、著書「工藝の道」のなかで、工芸が体現する豊かな伝統、現代においてもそれをつくり続けることの重要性を説いている。30年代までにデザインに関する文献が増えていくなかで、研究者やデザイナーが「工芸」や「商業美術」という言葉を使い、テクノロジー、アート、ビジネスの境界に現れたこの新しい分野を区別していった。このことが、現代の日本のデザインの「哲学的な継承」の基礎を築く一助となったのである。

1900年から30年にかけては、急激な都市化と工業化が起こり、それに伴う新しい生活習慣と日本特有のタイポロジーが生まれた。際立った例として、37年のパリ万国博覧会の日本館がある。日本家屋に見られる薄い可動式の壁や、装飾のない空間といった伝統的な建築の要素を引き継いでいる。ほとんど家具らしいものは見られず、布団を含め、ものを隠すために引き戸つきの棚や押入れが使われていた。

▲明治時代の火消し半纏 ブルックリン・ミュージアム蔵 

60年代初頭までに、「グッドデザイン商品選定制度(通称Gマーク制度)」が始まり、日本の建築家やデザイナーは、息を飲むような「かたち」のデザインを計画・実行するようになった。64年の東京オリンピックや70年の大阪万国博覧会など、建築で言えば、丹下健三の国立代々木競技場が良い例である。

80年代初頭には、禅と仏教にインスパイアされたミニマリスト的なライフスタイルによる美的感覚が世界中で支持されるデザイン様式が生み出された。 その好例が、内田 繁と西岡 徹 が81年に設立し、山本耀司や三宅一生のブティックの内装など、素晴らしいミニマルデザインを多く手がけたスタジオ80である。




新たなトレンド:感情と環境の「かたち」

日本での学術的なリサーチとして、新しい潮流も見られる。それは人間と環境の関係を強調するものであり、伝統的な日本文化と価値観に結びついていることも多い。

2017年、JR東日本は、かつてない方法で日本を体験する機会を提供した。最新鋭の列車「四季島」では、伝統的なデザインでしつらえたスイートから、日本の豊かな自然の景色を楽しむことができる。この列車は、ラウンジ、素晴らしい料理を堪能できるダイニングエリア、畳敷きのスイート、展望車両がある。まわりの景色と、文化の象徴でもある畳を同時に経験できるというこのデザインは、日本の哲学的継承が、人間と環境の関係、最新鋭のハイテクなプロダクトまでを、どう「かたち」に表しているかという最近の例と言えるだろう。End




本記事はデザイン誌「AXIS」200号「Japan & Design 世界に映る『日本のデザイン』の今」(2019年8月号)からの転載です。