英国に暮らす筆者は、仕事やプライベートで一般的な観光地とは異なる世界各地を旅している。この連載では、デザイン誌「AXIS」では書けなかったことや個人的に面白かったことを率直に綴っていきたいと思う。その第一回は、アーティスト/建築家/イノベーターであるダーン・ローズガールデに招待された、オランダのフローニンゲン美術館。この美術館は意外と知られていない気がするが、アレッサンドロ・メンディーニによるポストモダン建築で目を引く。
アムステルダムのスキポール空港から列車に飛び乗り、車窓からフラットなオランダの風景を眺めること約3時間。目的地のフローニンゲンは、オランダ北東部にある古い大学都市だ。オランダ・ルネッサンス調の19世紀のクラシカルなフローニンゲンの駅舎には、美しい壁画やタイルが施されている。ロッテルダムやデザインアカデミーのあるアイントホーフェンなど、オランダはニュータウンの印象が強いなかでは珍しい佇まいだ。駅舎を抜けると運河の向こうにやけに目立つ建物が目に飛び込む。これがフローニンゲン美術館だ。
いまどきの美術館に見られる、ミニマルでコンテンポラリーな建築とは真逆。カラフルで、超ポストモダンな建築に度肝を抜く。それもそのはず、この建築はあの故アレッサンドロ・メンディー二のデザインというではないか。
メンディーニと言えば、80年代を代表するイタリアのデザイナー。故エットレ・ソットサスとともに、メンフィスを牽引したことでも知られる。メンフィスは機能性や理想主義に終始したモダニズムデザインへの反発から、カラフルで楽しく、自由な発想を掲げたポストモダンのデザイナー集団。メンディーニを知らない若い世代の人には、アレッシィ社のワインオープナー「アンナG」の作者といったら、わかりやすいだろうか。
フローニンゲン美術館は1874年開設の歴史を持つが、1987年に多額の寄付を得て大改築され、1994年メンディーニのデザインによる現在の姿で再オープンした。
美術館の中は、トイレのドアの取っ手から内部のタイルに至るまで、メンディーニの世界観で溢れている。オランダの地方都市にこれほどポストモダンの美術館があったとはと驚かされる。
「面白い部屋があるんですよ」と美術館のキュレーター、スゥアン・ヴァン・ダー・ジップが声をかけてきた。彼女の案内でポストモダンの廊下を抜けると、メンディーニの「プルーストの安楽椅子」が目に飛び込む。実は、筆者はロンドンでの学生時代に先生に引率されてメンディーニの事務所を訪れたことがあり、この椅子の模型を見たことがあった。懐かしさを感じていると、この展示された椅子はセラミック素材でつくられていた。
キュレーターに促されて、階段を上がり次の部屋を見渡すと、ところどころに薄手の白いカーテンがベールのようにかかっている。この内装はどこかで見たことがあるぞと思うと、フィリップ・スタルクのデザインだった。「スタルク・パビリオン」と名付けられたこの部屋で、現在、美術館の25周年を記念した展覧会が開かれている。
「Pronkjewails」(2020年3月22日まで)は80年代のフローニンゲンの伝説のショップ「ジョン・ジョンズ・ホーム・デコレーション」のオーナー、ジョン・ヴェルデケンプをアドバイザーに迎え入れたユニークな調度品の展示。彼のアート、デザイン、骨董品、コレクティブルと、異なる分野のオブジェをミックスする室内装飾の手法は、当時ひじょうに新しい感覚だったという。
この展示では、ヴェルデケンプの審美眼が思う存分に活かされている。アレッシィの製品群から、ソットサスのポットに混じって、仏像、トルコ柄の絵皿、はたまたロココ調フィギュア、鳥の置物などが仲良く並んでいる。キュレーターによると若い世代の人は、セラミックの置物に辛気臭さを感じるそうだが、こうして並べられるとなかなか素敵だ。「新しいディスプレイの方法を探ることが、忘れ去られたものに息吹を与え、オブジェを蘇らせる」とキュレーターのヴァン・ダー・ジップは笑う。
このほか美術館には、ポストモダンの家具や照明を集めた部屋、スペイン人デザイナーのハイメ・アジョンの内装デザインによるインフォメーションセンターや、スタジオ・ジョブによるラウンジもある。ポストモダンのデザインには、最近、とんと触れていなかったけれど、この時代を知っている人には懐かしく、知らない若い人もけっこう楽しめると思う。
英国に住んでいる自分にとって、オランダはたびたび訪れている国だが、フローニンゲンには来たことがなかった。空港からの遠さが難だが、列車はアムステルダムやデン・ハーグからもつながっている。直通と一駅乗り換えの列車が、1時間に1本ずつ出ているので、旅としてはそれほど難しくはない。アムステルダムからだと日帰りは少し厳しいが、フローニンゲンは古い町並みも残っているなかなか良い佇まいの街だし、何軒かアンティークやコレクティブルのショップもあるので、一泊するのも手かもしれない。「今年の10月は、故メンディーニの回顧展を行う予定です」とキュレーターに言われ、ますます再訪したいと思ってしまった。
そんなことを、ぼんやり考えながら、スタジオ・ジョブのラウンジでコーヒーを飲んでいると、ひょっこりと、オランダのダーン・ローズガールデが現れた。そう、筆者は彼の事務所と美術館に呼ばれて、ここにいるのだった。ローズガールデの初めての個展「Presence (存在)」の模様は、次に続く。