1869年に英国で創刊され、150年の歴史を誇る科学雑誌「Nature」。世界で大きな影響力をもつ同誌の日本向け誌面にAXISフォントが使われている。「Nature」日本版の制作に携わる中村 創氏(シュプリンガー・ネイチャー プロダクション マネージャー)は、「和欧混植やイタリック体を多用するエディトリアルデザインにおいて、ニュートラルなAXISフォントはとても便利」と語る。
科学界における出版社の役割とは
――シュプリンガー・ネイチャーとはどのような会社なのでしょうか?
弊社は、研究、教育、専門領域において世界でも有数の学術書籍出版社であり、影響力のある数多くのジャーナルを発行しています。 シュプリンガー・ネイチャーの代表的な科学雑誌「Nature」は、インパクトの大きな学術論文を掲載する一方で、週刊誌というスタイルで科学に関するさまざまなニュース記事や論説などを掲載していて、議論の場を提供することを目的の1つに掲げているのが特徴です。今年創刊150周年を迎え、日本でも記念行事を開催しました。
一方、ドイツのシュプリンガーは180年近い歴史をもつ国際的な科学・技術・医学出版ブランドで、これまでに200人以上のノーベル賞受賞者の著作を出版しています。弊社は、「Nature」およびシュプリンガーなどのブランドを傘下に持つ会社が2015年に合併して生まれました。私たちの目標の1つは、各出版ブランドのアーカイブや強みを生かして、研究コミュニティーに最良のサービスを提供し、よりいっそう科学に貢献できるようになることです。例えば出版プロセスの改善や科学コミュニケーション、オープンリサーチへの取り組みなどを通して、「発見の進展」を促していきたいと考えています。
――雑誌や書籍の出版だけでなく、膨大な記事や書籍のデータベースを活用して、研究者が迅速に必要な文献にあたれるようなデジタルサービスも次々と打ち出しています。
今、科学界ではオープンサイエンスへの取り組みが進められています。研究者がデータを自身で保持しておくのではなく、世界に向けて公開し、データだけでなく研究プロセスの全てを共有しようという取り組みです。研究者がそれぞれの持つデータを公開することで、そのデータには世界中の人々がアクセスできるようになります。さまざまな人がそのデータを利用したり、検証したり、広めたりできれば、科学的研究のプロセスにおける透明性、公開性、効率性を確保することができ、その結果、大きな提携などが生まれて研究が進むわけです。
私たちは、今後もオープンサイエンスを促進するため、研究コミュニティーに対してより便利なツールやサービスを提供できるよう努力していきたいと考えています。
「Nature」で論文を発表するということ
――科学雑誌の掲載はどのようなプロセスで行われるのでしょう?
例えば、ある研究グループが日々の研究の成果をまとめるために論文を書いたとします。もちろん、それを自らのホームページなどで発表することもできますが、こうした方法では、その成果が学術的な記録として保存されることもなく、また人々の目に止まる機会も少ないかもしれません。英語の科学雑誌は、研究者が自分たちの成果を世界中の多くの人に向けて発表する上での選択肢の1つです。科学雑誌の中でも「Nature」には長い歴史があり、これまでにインパクトの大きな論文を数多く取り扱ってきました。このため多くの研究者の方々に「Nature」で論文を掲載することを選択肢の1つと考えていただいているのではないでしょうか。「Nature」編集部は、こうして世界中から集まった数多くの論文を専門家の意見も参考にしながら評価し、「掲載する価値がある」と判断した論文のみを掲載します。毎月約1,000本の論文が「Nature」に投稿されますが、そのうち掲載されるのは、約70本/月という狭き門となっています。
――最近ではどんな記事が話題になりましたか。
東京大学と米国スタンフォード大学の研究チームが先日、日用品としてよく使われる液体糊に含まれる成分を、造血幹細胞の培養液に応用できるという論文を発表して、国内外から多くの反響がありました。造血幹細胞は骨髄移植の際には欠かせない細胞なのですが、造血幹細胞を増殖させるための従来の培養液は高価で、研究や治療応用を行う上でネックとなっていたのです。しかし、液体糊の成分を使うことでそうしたコストを大幅に抑えられる可能性が示されました。科学雑誌へ掲載された成果は、すぐに実用化につながるわけではありませんが、こうして発表されることで論文に記述された内容が正しいかどうかの検証が促されたり、新たな議論が展開されたりして、科学は発展をしていきます。
和欧混植にイタリック。AXISフォントをフル活用
――そんなシュプリンガー・ネイチャーの日本支社では、日本語用コーポレートフォントとしてAXISフォントを採用しています。
以前から、ネイチャー・ジャパンのほうでAXISフォントを日本語のコーポレートフォントとして採用していました。実は、私の前任者がデザイン誌「AXIS」のファンで、誌面のためのフォントがつくられることを知ってからずっと発売を待っていたそうです。2004年頃から私たちのローカライズ用フォントとして使い続けており、私も基本的に使っています。
――主にどういった部分で使っているのでしょう?
「Nature」の中の日本語ページやマーケティングマテリアルのローカライズで使用しています。ローカライズでは、本国が制作したものをそのまま受け取るのではなく、日本のニーズを反映してお客様に伝えることを目指しています。例えば「Nature」の巻頭の5ページほどで、その号のカバーストーリーやニュースのトピック、論文の要約を日本語に翻訳して掲載しています。本文はすべて英語ですが、日本の研究者にとってその号のダイジェストをすぐに把握できることはとても大切だと考えています。
――AXISフォントの評価ポイントは?
AXISフォントは設計段階から横組みが考慮されていて、和文欧文の混植もきれいに見えます。「Nature」の日本語ページは文章に英語表記が多数出てきますが、AXISフォントであれば統一感が出て読みやすい。またフォントがニュートラルなので、メインのページで使っているクセのある英語フォントとも相性が良いのです。
もうひとつ重要なのは、科学雑誌の特徴としてイタリックを多用することです。「Nature」では文献名や学術名を原文表記し、日本語の文章のなかで欧文のイタリックにして強調します。AXISフォントのプロ版が発売されたときにイタリックが加わったのはとても大きなポイントで、それ以降はかなり活用しています。和欧で異なるフォントを当てていくよりも本文全体を通して同じフォントでイタリックに変換するほうが統一感も出ますし、効率的に作業できます。
AXISフォントはコンデンスや丸ゴシックなど次々と出していますよね。欧文フォントで丸みを帯びたサンセリフ体が流行しているといったトレンドをとらえて、いち早く製品に反映しているのはすごいと思います。
専門的な内容もさらに読みやすく
――ところで、今年から日本語ページがリニューアルされ、後半の論文の要約部分のみ別のフォントの明朝体を採用しています。
前半のカバーストーリーやニュースは軽い内容なので、AXISフォントのライトを使って、わかりやすい感じで目を通してもらう。しかし後半の論文要約は文章量も多くて難しい内容になるので、きちんと読み込んでもらえるように本文は明朝体にしてみました。フォントサイズも小さくなりがちなので、UDのフォントを選択しています。また、日本語のフォント研究ではないと思いますが、セリフ体とサンセリフ体で可読性は変わらないものの、理解度が異なるという研究結果もあるようなんです。
――科学雑誌でそこまでフォントにこだわっているとは知りませんでした。
「Nature」は週刊誌という出版サイクルで、前半にニュース記事がある構成のため、エディトリアルデザインやフォントにも配慮し、読みやすい誌面づくりにこだわっているほうだと思います。いわゆる学術界の資料のように、小さな文字がびっしり並んでいるのはやめようと。英文フォントも多少クセがあったり、おしゃれなものを使っているんです。
――研究者の論文や資料のデザインも変わるといいですね。
研究者の方々はどうしても、見た目よりも、言いたいことをすべて詰め込む感じになってしまうのかな、と個人的には思います。もちろんいちばん大切なのは内容ですが、伝え方という意味では少しもったいない気はします。例えば、AXISフォントのようにウエイトがたくさんあるフォントを使って、「ここは大きく、ここは太く」というレベル分けをするだけでも格段に読みやすくなります。その内容を見てくれるか、最後まで読んでくれるか、というところで、フォント選びもひとつのポイントではないかと思います。