2019年7月20日から中目黒のギャラリー・SMLで「20周年展」を開催する石川硝子工藝舎の石川昌浩さん。彼の展覧会は、いつも何かしらひと捻りある。カメラマンに写真を撮ってもらいオリジナル冊子をつくったり、音楽を自ら選んだり、洋服屋さんと組んでみたり、会場にオリジナルガチャガチャを置いてみたり……。今年の3月に私が倉敷で企画した展覧会も、石川さんが岡山市で開く個展と合同展のようなかたちとなったことが記憶に新しい。
淡々とグラスを並べるだけでも十分に魅力的なのに、打ち合わせで石川さんから出てくる面白いアイデアを実現すべく、ギャラリーオーナーたちはしなくてもいい全力投球をすることになる。そして一同「すごく疲れる」と言いながら、「でもとっても楽しい」とちょっと悔しそうに口にするのだ。
面白い企画をするから人気があるんじゃないか、とやっかむ人もいるかもしれないが、そんなことはない。作家のことなど気にしない知人が器店で何気なく石川さんのコップを、買うつもりもなく手に取ったらその触感が妙に気になり、棚に戻さず結局そのままレジに向かっていった。手に取ってみたくなり、持ってみると使ってみたくなるコップなのだ。
石川さんがつくる硝子については、展覧会で触って実感していただくとして、この石川昌浩とはどういう人なのか。
1975年東京都生まれ。高校は私服の男子校。通った場所は神谷町。「ここで、人格が形成された」と話す。楽しい高校時代を終え入学した倉敷芸術科学大学は奇しくも1期生。そこには“倉敷ガラス”の小谷眞三という、硝子界のレジェンドがいた。にも拘らず、本人曰く“慢性高2病”ゆえ、在学中にバーでバイトはするわ、DJはするわ、洋服屋ははじめるわ、店の改装は手伝うわ……と、話が盛り上がると何でもやりたくなる性格のため、4年間の大学生活のうち、通算通った日数は1年程度。恩師から「君は(どこかの硝子工房に就職はせず)ひとりでやりなさい」と言われ、同級の優等生を巻き込んで硝子工房を創業したそうだ。はじめたはいいが、劣等生の自分ではろくなものがつくれず、しばらく、石川さんはバイトで経営を助け、肝心の硝子製作は、同級生のアシスタントに回っていたらしい。今では多くの人を惹きつけ、後述するように“数量にもこだわる” 硝子吹き。20年で人は成長するのだ。
ところで、石川さんのコップの魅力はなんだろう。「いいコップとは?」と石川さんに尋ねてみると、「そうなんですよ。“上手いコップ”ではなく、“いいコップ”でありたい」と、返ってきた。「いいコップは“ぐっと入ってスッと伸びる”。恩師から言われているこの感じです」と。オノマトペ的なニュアンスが、石川硝子の真髄だ。「あと、(イギリスの陶芸家で民藝運動の同志であった)バーナード・リーチが言った“そのカップに唇つけて、幸せあるか”という言葉も、重要ですね」と。黄味がかった柔らかな透明の色合い、手吹きによるうねる表面、グラスを持った時の心地よい良い重心も“いいコップ”のポイントだ。使ってみて、また使いたくなるのは、無意識に“幸せ” が刷り込まれているからかもしれない。
さて、先に書いた3月の合同展は以前ご紹介した「くらしのギャラリー」。この荷ほどきに立ち会ったのだが、圧倒されたのはその数だ。開けても開けても終わらない。並びきれずに、どんどん積み重なっていく。石川硝子工藝舎は石川さんと職人で一緒につくっているとはいえ、梱包を解くだけででも疲れるほどの数をつくり上げ、梱包する彼のパワーは只者ではない。そこそこ長い付き合いだが、改めて圧倒された。サービス精神旺盛の石川さんにとって「楽しい展示会をする」以前に、数をつくり「ほしいと思っている人にちゃんと届けること」と、「“つなぎ手”と呼ばれる店は、自分に変わって個人客に品物を届けてくれる重要な存在。彼らに儲けてもらうことは大切なこと」。そのためにも彼は数をつくるのだ。
こんな風にパワフルに硝子を吹く石川さんの制作スタンスは独特だ。午前中に集中して硝子を吹く。午後は硝子の吹き場では石川硝子工藝舎の職人が吹き、自分は梱包などをする時間となる。「梱包は人に任せてもいいのではないか」と、思ってしまうが、ここが石川イズムの真髄。
「梱包も“つくる”大きな仕事だと思ってます。流通は僕にとって、とても大切な仕事。割れ物だし。いろんな人の手がつなぎあって取扱店に届くのだから、誰が触っても割れずにちゃんと届くように。あとは開梱したときに驚きと感動があるような梱包を心がけています。割れるからといって過剰な梱包もいけない。ちょうどいい按配を探してます。なので今はコップを吹くのと同じくらい楽しい」。
ものづくりは、つくって終わりではなく、お店に届く過程までもがものづくりであるという、彼の精神の表れでもある。「人間の集中力なんてそんな長くは続かない。4時間ぐらい、とにかく集中してつくりきる。そして、気持ちを切り替えて、大切な仕事である梱包をする。この切り替えも僕にとって重要なんです。だから、継続してつくれると思うんです」。目先の気になった仕事を片付けるため、だらだらと働く自分に、突き刺さる言葉だった。
最後に、今後のことを聞いてみた。
「今の毎日窯に向かっている環境には感謝しかありません。だから、それを続けたい」。日々、淡々と仕事ができることに感謝し、つなぎ手に感謝する。感謝と愛情が長じて、悪ノリに近いイベントになり、時にはギャラリーから「被害届」が届くこともあるという。「でもね、“被害者”は最終的に“共犯者”になるんですよ」と嬉しそうに笑うのだった。共犯者をつくり、たくさんの人を巻き込み、たくさん楽しみ、たくさん売る。そして「大人になるのが楽しみ」と思われるお手本になりたい。“慢性高2病”の石川さんはそう思っているそうだ。
《おまけ》
梱包の奥深さについて語っている、こちらの記事もどうぞ。
ちょっとしたことで上手くいく! 問屋の気づき(梱包術編)
ちょっとしたことで上手くいく! 問屋の気づき(梱包材編)
石川昌浩吹業二十周年
20th Anniversary Exhibition
- 会期
-
2019年7月20日(土)〜28日(日) 12:00~20:00
*土日祝11:00-
※石川さんの在廊予定日は7/20,21です。 - 会場
- SML 〒153-0042 目黒区青葉台1-15-1 AK-1ビル1F
- 詳細
- 公式ウェブサイトにて
- 日時
- 2019年7月20日(土) 17:00~
申し込み不要 - 会場
- SMLにて
トークショーのお知らせ
「石川硝子工藝舎 被害者の会」対談
くらしのギャラリー 仁科 聡×工藝 器と道具SML 宇野昇平
※飛び入り参加求む。