2002年から10年間、イトーキで公共施設用の家具やオフィスチェアの開発に携わり、2013年の独立以降は生活用品を中心に手がけている秋山かおり。ここ最近の展覧会を見ていたなかで、存在感が際立ち、豊かな表現力を持つデザイナーとして注目していたひとりだ。新作も含めて、デザインに対する考えや取り組みについて聞いた。
一脚の椅子を自分の手でつくる
幼少期から絵を描くことや立体物に興味があり、1999年に千葉大学工学部デザイン工学科に入学。やがて椅子のデザインに関心を持ち、大学4年時にはイギリスの工房で約1週間、ウィンザーチェアを製作する講習を受けた。
「自分の手で実際に一脚つくってみたいと思いました。それによって物の仕組みへの理解が深まるだけでなく、デザイナーになったとき製造者とのコミュニケーションが、より取りやすくなるのではと考えたからです」と秋山氏は語る。工房では、カンナで座面を削るところから始まり、12本のスポークは職人お手製のジグを使って1本ずつ削り出した。そこで身をもって体験し学んだことは、大きな財産になったという。
卒業後、2002年にイトーキ入社。最初は商品開発部で病院や空港などの公共施設用家具をデザインした。2007年には新設されたデザイン・ブランディンググループに異動し、女性に配慮したオフィスチェア「cassico(カシコ)」の商品開発およびプロダクトデザイン、ブランディングに携わった。
cassico開発の契機となったのは、同社中央研究所の女性担当者が「男性と女性は体型や筋力、体質が異なるのに、同じ椅子を使用していいのだろうか?」という研究テーマを掲げたこと。その後、デザイン・ブランディンググループが核となり、業界初となる女性用オフィスチェアの開発がスタート。慶應義塾大学理工学部の山崎信寿教授や外部デザイナーとも協業した。
女性の骨盤形状を考えた座面設計をはじめ、座面の先端部をレバーで下げられるようにして大腿部への圧迫や脚のむくみを軽減する機能をもたせた。また、肌に直接触れるときのことを考えて柔らかいオリジナルの張地を開発し、アームは力をかけずに簡単に操作できる構造にするなど、女性が使いやすい工夫をさまざまに反映させた。2007年に発売されたcassicoは、今も同社のロングセラー商品だ。
色や素材の持つ力を効果的に活用する
2012年にイトーキを退社し、日本で知り合ったデザイナー、サミラ・ブーンのオランダスタジオに数カ月間、席を置いた。そこでダッチデザインの実験的なものづくりに刺激を受けたという。翌年には自身のデザインスタジオ「STUDIO BYCOLOR」を日本に立ち上げた。
スタジオのコンセプトは、「色や素材の持つ力を効果的に活用したクリエイションを生み出す」こと。活動の主軸には、色と素材がある。イトーキでは、イタリアのクリノ・カステリ氏が提案したデザイン概念「CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)」を早くから取り入れ、秋山氏自身もデザインするうえで常に意識してきたことが今につながっているそうだ。特に日本人は配色が苦手なため、デザイナーとして取り組むべき使命と感じ、現在は企業の色彩に関するコンサルティングも担っている。
独立後、最初に参加した展覧会が、素材の実験や制作過程を紹介するプロジェクト「Experimental Creations(エクスペリメンタル・クリエイションズ)」(2013年)だ。秋山氏はテーマにする素材を考えているときに、ウィンザーチェアのことを思い出した。「日本に持ち帰ったところ、湿度の違いからスポークが収縮して上手くささらなくなり、そのときに木は切った後も生き続けるのだと改めて感じました」。そんな木の生命力や強さをデザインで表現したいと考え、火で炙ったり、薬品に浸けたり、いろいろな実験を試みた。
試行錯誤のなかから生まれたのが、「INHERENT:PATTERN」だ。木を構成する主な組織から接着要素を除去し、道管を露わにすることで木が呼吸している様子を表現した。
素材の魅力を新たな形で生かし、引き出したい
2015年に手がけた「霧漆(きりうるし)」では、株式会社カブクとstudio仕組との共同プロジェクトとして、先端技術と伝統工芸の新たな出会いを求めて取り組んだ。谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」で「日本の漆器の美しさは、そう云うぼんやりした薄明りの中に置いてこそ、始めてほんとうに発揮される」と書いているが、明るい現代の空間でも漆本体の魅力が感じられるものを目指した。透明なアクリルを3Dプリンタで積層し、その痕があたかも木目が透けたように感じられたことから、塗装膜で覆わずにあえて露出させている。内側だけに塗った漆の色が外側にほんのりとこぼれるのも特徴だ。
自然素材だけでなく、近年環境への対応が急速に求められているプラスチックなどの樹脂素材に対しても、「テンポラリーな素材としてだけではない、恒久的な魅力を引き出したい」という。
2017年には、CMFデザインの展示「CMF SENSE TOKYO」(FEEL GOOD CREATION企画)に外部デザイナーとして参加し、新素材の高意匠性ポリカーボネート樹脂(三菱エンジニアリングプラスチックス製)を用いた「KONOHA」をデザイン。ポリカーボネートは耐久性の優れた素材だが、美観が伴わず外観部材として使用する際には塗装が必要だった。新たに開発されたこの素材は、光輝材であるパールやラメなどを原着で成型することに世界で初めて成功。自動車や家電業界など、多様なものづくりの現場で活用が期待され、秋山氏も今後、世の中を大きく変えるものとして注目している。
日本の古き良き風習を取り入れる
2019年の今年は、静岡の松葉畳店とともに開発した「TATTE(タッテ)」を発表。秋山氏は日頃から華道に親しみ、子育てをするうえでも和室の魅力を改めて感じていたなか、新商品開発プロジェクト「つなぐデザインしずおか」(静岡産業振興協会主催)に松葉畳店が参加することを知り、応募したのがきっかけだった。
畳のない家が増え、張り替えの需要も減っているなかで、い草農家や畳店の未来にも思いを巡らせた。松葉畳店の伊藤夫妻との打ち合わせ時に一緒にしめ縄をつくる機会を得て、毎年つくって飾るという日本の古き良き風習を取り入れられないかと考えた。日々の暮らしのなかでい草を身近に感じ楽しめる器として、また、定期的に差し替え、街の畳店でい草を購入するという新しい需要をつくり、畳店とその地域の人々と交流を図るきっかけにつながることも念頭においてデザインしたのが「TATTE」である。2019年2月のギフトショーに続いて、7月のインテリアライフスタイル展NEXTに出展予定だ。
「会社勤務から海外生活、独立を経て、多彩な素材に触れる機会をいただいたので、その経験をもとに従来とは異なる素材の使い方で新たなジャンルのプロダクトをデザインしたいと考えています。世界中に多様な物があふれるなかでも、新しい切り口があれば、まだまだデザインでできること、やらなければいけないことがあると思っています」。
2018年には、香港のクリエイティブ施設「PMQ」で素材をテーマにしたデザイン展「MATERIAL IN TIME」のプロデュースに挑戦し、2019年12月には「金属」をテーマにした第2回の開催を予定している。色と素材の新たな魅力を引き出した、生活を豊かにする美しいデザインを今後も見せてくれることだろう。さらなる活躍に期待したい。
秋山かおり/デザイナー、STUDIO BYCOLOR代表。2002年千葉大学工学部デザイン工学科を卒業後、オフィス家具メーカーのイトーキに勤務。オランダのデザイン事務所STUDIO Samira Boonで経験を積んだ後、2013年、色や素材の持つ力を効果的に活用するクリエイションを生み出すデザイン事務所STUDIO BYCOLORを設立。DESIGN PLUS賞(ドイツ)、Design Intelligence Award Top100(中国)、DFAアジアデザイン賞(香港)、グッドデザイン賞受賞、富山プロダクトデザイン賞入選、インテリアライフスタイル展TALENTS YoungDesignerAward2015受賞のほか、ミラノサローネやアンビエンテなど国内外の展示会に出展。2018年からは香港のデザイン展「MATERIAL IN TIME」で企画を担当。2016年より法政大学デザイン工学部システムデザイン学科兼任講師、2018年より千葉大学工学部デザイン学科非常勤講師を務める。
http://studiobycolor.com/