コクヨデザインアワード2018グランプリ「音色鉛筆」で遊ぶワークショップ
視覚に捉われないコミュニケーション

6月29日、東京・千駄ヶ谷のTHINK OF THINGSで、音によるコミュニケーションをテーマにしたイベント「音色鉛筆で遊ぶ—視覚にとらわれないコミュニケーション」が行われた。イベントを企画したのはコクヨ。コクヨデザインアワードのグランプリ作品「音色鉛筆で描く世界」を用いて、視覚に障害をもつ人と健常者がチームとなり、視覚情報に頼らずにコミュニケーションを楽しんだ。

一般の人が初めて「音色鉛筆」を使う機会

「音色鉛筆」はコクヨデザインアワード2018のグランプリ作品だ。鉛筆に羽のような樹脂製ホルダーを取り付けたもので、筆記音が大きく聞こえ、聴覚が拡張されたように感じる。作者の山崎タクマさんは、これを使って視覚に障害をもつ人とワークショップを行い、音を介したコミュニケーションを促す道具として提案し、審査員から高く評価された。

それから半年。今回のワークショップは、一般の人が音色鉛筆を使う初めての機会となる。コクヨはこの作品の商品化を目指しており、それを実現するためのフィードバックや気づきを得たいと考えている。今回はテーマを「視覚にとらわれないコミュニケーション」とし、音色鉛筆を使ったさまざまなプログラムを考案。作者の山崎さんやアワード審査員でアーティストの鈴木康広さんも加わり、内容のブラッシュアップを重ねた上で臨んだ。

Photos by Kaori Nishida

身の回りの音に意識を傾ける

「はじめまして。本日のゲストの山崎タクマといいます。身長は175センチ、体重は60キロ。今日は右肩に4つボタンのついた黒いシャツを着て、下はグレーのズボンを履いています」。さらに「顔は、ハンサムです」と付け加えると、会場から笑い声がおこった。

一風変わった自己紹介だが、それもそのはず、お互いの顔をほとんど認識できないほどに室内を暗くしてあるのだ。このワークショップでは、視覚情報に頼らずにコミュニケーションを行うことになっている。16人の参加者たちは、山崎さんと鈴木さんに倣って、まずは言葉だけで自己紹介をしあった。

その後、コクヨのファシリテーターの進行に従って、普段の生活や道具の音に対して意識的に耳を傾けてみることに。セロハンテープ、ホッチキス、ハサミといった異なる道具の音は比較的簡単に判別できるが、シャープペンシル、鉛筆、万年筆、ボールペンなどの筆記具に限定すると、極めて難しくなる。ただし何度も繰り返し聞けば、万年筆のかすかな金属音や鉛筆の芯が紙に擦れる音など、音を構成する要素を分析でき、答えがわかるようになるそうだ。

▲ワークショップ本番は部屋を暗くして行われた。

文字にはリズムがある

聴覚をウォーミングアップしたところで、いよいよ「音色鉛筆」が登場。まずは、鉛筆と音色鉛筆で実際に書き、音の違いを確かめてみた。すると鉛筆に比べて、音色鉛筆は羽の効果で筆音が格段に大きく聞こえる。羽の位置や向きによっても、聞こえ方は変わる。視覚障害をもつ参加者は、「私の生活において聞くことはとても重要だが、これまで鉛筆の音まで意識することはありませんでした。ちょっとしたことでこんなに大きく聞こえるなんて」と驚いていた。

続いて、チームに分かれてゲームを行う。出題者が音色鉛筆で画用紙の上に三角や四角などの図形を描き、残りの人がその音を聞いて描かれた図形が何かを当てるというもの。これは比較的わかりやすい。しかし次は難しい。出題者が一人目の参加者に向けて図形を描き、その音を聞き取って描いた図形を二人目に向かって描いて伝えていくという伝言ゲームだ。

ゲストの鈴木康広さんが参加するチームでは「ハート」が出題されたが、四番目の鈴木さんの答えは「矢印」になってしまった。「僕は矢印が好きなので、いったん思い込むと、自分に都合よく音を聞いてしまったのかもしれません」と鈴木さん。「また、出題者がほかの参加者とは違う書き順でハートを書いたため難しかった。記号や文字には時間軸やリズムがあるということを再認識できました」。

ワークショップの最後には、音色鉛筆で「音を奏でる」ことに挑戦した。一定のリズムに合わせて、チームごとに順番に三角形を描いていく。同じ図形を描く音がある程度まとまって聞こえると、「鉛筆の音=ノイズ」とは違う認識が生まれる。静けさのなかに響く、音楽でもなく、道具の音でもない、謎の生き物のような音。おそらく参加者全員が、不思議な感覚に包まれたことだろう。

▲「音色鉛筆」で音を奏でる。

改めて作品の魅力に気づいた

ワークショップを終えて、感想を求められた鈴木さんは、「アワードの審査で音色鉛筆のプロトタイプを初めて使ったときに感じた“耳を疑う”感じ。あのときと同じように今日も、自分の感覚が驚き、喜んだ。音も、描くことも、“振動”なのだと気付かされ、改めてこの作品の魅力を感じました」と答えた。一方、山崎さんは「この作品をつくってよかったのは、視覚障害をもつ人と仲良くなれたことでした。今日も、音色鉛筆を通じてたくさんの人と仲良くなれた。これからもどんな使い方がされていくのか楽しみです」と話した。

参加者からも「楽しかった」「よい経験になった」との感想が寄せられ、成功のうちに終了した今回のワークショップ。コクヨは今後も、こうしたワークショップを繰り返しながら、音色鉛筆を改良し、商品化に向けて検討していく。また、そのプロセスには作者の山崎さん、鈴木さんが加わり、どのような状態で世に出すか、ということも模索していくそうだ。End


コクヨデザインアワード2020は2019年7月19日(金)より作品募集開始。詳細はこちら