世界一のレストラン「ノーマ」を支える、
知られざるデンマークデザイン

▲建築家でありデザイナーでもあるデイヴィッド・トゥルストルプ。テーブルの上に広がるのは、この5月に完成したキャビネットメーカー、ガーデ・ヴェルスーのショールームのためのムードボード。

世界中の人を熱狂させるデンマーク・コペンハーゲンのレストラン「ノーマ」。2018年に場所を移して再オープンしたことは記憶に新しいが、ではそのインテリアデザインを手がけたのは誰か? またシェフが自宅で使うキッチンとはどのようなものなのか? 日本ではまだあまり知られていないデンマークデザインの今を現地取材を通じて紹介していく。

新生ノーマは11棟の建物の集合体。ビャルケ・インゲルス率いるBIGが11棟の建物を、インテリアデザインを建築家でありデザイナーのデイヴィッド・トゥルストルプ(David Thulstrup)が手がけた。トゥルストルプはジャン・ヌーヴェルピーター・マリノの下で経験を積み、10年ほど前に自身のスタジオをコペンハーゲンに開設。クライアントにはジョージ ジェンセンやHAYなどが名を連ね、デンマークのインテリアデザイン界を牽引する存在だ。

「ノーマではオーク材やレンガ、鉄、コンクリートなど、建物ごとにひとつの素材がテーマになっています。それぞれの建物が豊かな表情を持ちながら、集合体としてもまた異なる力強さを放っています」とトゥルストルプ。

▲床、壁、天井、すべてがオーク材に包まれた新生ノーマのダイニングルーム。「ARVチェア」は、デイヴィッド・トゥルストルプがノーマのためにデザインしたもの。Photo by Irina Boersma

場所の持つストーリーを語る

住宅の設計からホテルやショップといった商業施設のインテリアに加え、プロダクトデザインまでを手がけるトゥルストルプ。インテリアでは、その場所らしさ、素材の美しさが際立つように心がける。ミニマルでクリーンな北欧らしさに加えて、エレガントでコンテンポラリーな空間を得意とするのは、ピーター・マリノの下でシャネルのショールームを担当した経験が生きているのだろう。

「約10年のスタジオ運営のなかで、さまざまなプロジェクトを経験し、自分自身も成長したと感じています。どのプロジェクトでも、核となるのはマテリアル。シンプルな方法でそのものの美しさを引き出すこと。さらに最近はサスティナビリティを重視して、クライアントにそれをどう提案するかを強く意識するようになりました」。

その言葉を裏付けるように、スタジオの中央に置かれたシェルフには素材サンプルがぎっしりと詰まっている。「マテリアルライブラリーには約10トンのサンプルが詰まっていて、常に新しい組み合わせやテクニックについて考えています」と言う。

▲現在は約16のプロジェクトが進行中。ライブラリー横のテーブルにはプロジェクトごとにイメージや素材サンプルを集めたムードボードが並んでいた。Photo by Benjamin Lund for Muuto

▲種類別に分類された約10トンの素材サンプルがひしめくマテリアルライブラリー。Photos by Benjamin Lund for Muuto

「デザインで大切にしているのは、響き合う素材の組み合わせ、色使い、光。特に新しく設計する物件では、構造の一部である金属やコンクリートをあえて見せることで、装飾的な要素としての意味を持たせたい。家具やアートも目立つものではなく、空間に自然に溶け込むものを選んでいます」と語る。

そんな彼の最新作となるのが、2019年5月コペンハーゲンにオープンした、デンマークのキャビネットメーカーガーデ・ヴェルスー(Garde Hvalsøe)のショールームだ。このブランドもまた、ノーマと深い関わりがある。

▲元自動車工場を改装したガーデ・ヴェルスーの静かな佇まいのショールーム。Photo by Anders Hviid

キャビネットに見る、ガーデ・ヴェルスーのクラフツマンシップ

ガーデ・ヴェルスーは、1993年に大工だったソーレン・ガーデが立ち上げた比較的新しいブランド。当初はガーデ自ら一軒一軒のドアを叩いて営業し、やがて口コミで評判となった。カタログはなく、ゼロからデザインするオーダーメイド方式。創業時から変わらず、無駄を削ぎ落としたシンプルなキッチンやクローゼット、キャビネットをつくり続けている。デンマークの職人が最高の素材で手づくりするために高価だが、他の追随を許さないクオリティで世界中に顧客を持つという。

▲ガーデ・ヴェルスーのシグニチャーモデルであるキッチンは、高級床材メーカー「ディネセン」の6年ほど寝かせたオーク材を使用。キャビネット部分は水平方向に一枚の板を用いている。Photo by Anders Hviid

ガーデ・ヴェルスーのショールームは元自動車工場だった建物で、トゥルストルプは当時の面影を残しながらアットホームな雰囲気になるよう心がけたという。

「はじめに考えたのは、どのように元の建物を活かすか、ということ。等間隔に並ぶ柱が美しいと思い、それをそのまま残すことにしました。ショールームとしての実用性と機能性を考慮しながら、リズミカルに並ぶ柱を隔てて5つのキッチン、ワインセラーやワードローブなどを配置。インダストリアルな空間に木材の持つ温かみが加わることで、家のような居心地の良さを感じられると思います」とトゥルストルプ。

▲ショールームの中央には水色の大きなダイニングテーブル。ブルーは空間におけるキーカラーだ。Photo by Anders Hviid

▲長く暗い冬にも光を取り込む設計。カーテン越しのような柔らかい光になるよう計算されている。Photo by Anders Hviid

▲オーク、マホガニー、ダグラスなどの木材と、スチールやマーブルを組み合わせたシンプルなキッチン。Photos by Anders Hviid

▲キッチンのほかに、ワードローブコーナーも。多様な素材サンプルから、好みの組み合わせを選ぶことができる。Photos by Anders Hviid

また、トゥルストルプはコペンハーゲンに次ぐ大都市オーフスにあるガーデ・ヴェルスーのショールームデザインも担当した。2018年9月にノーマでも採用されている床材メーカーのディネセン(Dinesen)と共同でオープンしたこのショールームは、歴史あるアパートメントの装飾を生かしながら、プレイフルなデザインに仕上げている。

▲オーフスのガーデ・ヴェルスーのショールーム。ハンドペイントされたガラスの天井や木彫りの装飾といった歴史的な要素と、コンテンポラリーなインテリア、ビビッドカラーの組み合わせが目を引く。Photos by Irina Boersma

ノーマのシェフ、レネ・レゼピを支えるキッチン

実は、ノーマのシェフであるレネ・レゼピの自宅のキッチンが、このガーデ・ヴェルスーだという。レネと同じく料理人である妻ナディーヌととことん話し合いながら、こだわりのキッチンを完成させた。

「レネのキッチンを施工してしばらくすると、世界のベストレストランでノーマが1位に輝いたんです。われわれもとても誇らしい気持ちになりました」とガーデ・ヴェルスーのソーレン・ガーデは目を細める。

▲レネ・レゼピの自宅のキッチンは、壁一面の大きさ。ディネセンのオーク材を用いている。

▲引き出し内のトレイもカスタマイズ。キャビネットの天面と側面は同じ一枚板を用い、木目が続いているのもガーデ・ヴェルスーの特徴。

ノーマが移転改装する前の休業期間中は、世界各国から集まったシェフたちがこのキッチンで実験を重ねたという。そのうちのひとりが熱い鍋をオークの天板に置いてしまい、焼け跡が残るというハプニングがあったが、それも今はいい思い出としてそのままにしているのだそう。家族や友人との思い出とともに経年変化を重ねるキッチンやキャビネットは、世代を超えて受け継がれていくのだろう。

「われわれのキッチンは、多くのシェフたちにも選ばれています。良い素材を使い、手間を惜しまずにつくることの価値を彼らは知っています。ものづくりに携わる者同士としてわかり合えるのです」と、家具職人としてガーデ・ヴェルスーにやって来て、現在は経営を担うソーレン・オーゴーは語る。

デザイナーのディヴィッド・トルストルプやキャビネットメーカーのガーデ・ヴェルスー、床材のディネセン。ノーマには、まだ日本では知られざるデンマークインテリアデザインのキーワードが詰まっていた。すべての根底には、素材の良さ、自然との共生、丁寧な手仕事、そんなデンマークのスタンダードが流れている。End

▲ガーデ・ヴェルスー創業者ソーレン・ガーデ(左)の自宅でのワンシーン。現CEOのソーレン・オーゴー(右)と料理をする様子はまるで親子のよう。