INTERVIEW | プロダクト
2019.06.21 08:30
柳田國男は日本人の世界観は“ハレとケ”の感覚に根ざしていると指摘した。この枠組みにならえば、観光列車はハレ、通勤電車はケということになる。ファッションから日用品まで、すなわちハレとケのデザインを自在に往還するプロダクトデザイナーの鈴木啓太は、新しい感性を持って、通勤電車をアップデートした。
100年後を見据えた「醸成するデザイン」
2017年12月、相鉄グループは100周年を迎えた。それに併せて始まったのが、相鉄デザインブランドアッププロジェクトだ。ブランドイメージと認知度の向上を目的に、19年以降に予定されている都心への相互直通運転を見据えた取り組みである。グッドデザインカンパニーの水野 学と丹青社の洪 恒夫がアートディレクションを手がけ、「安全×安心×エレガント」というコンセプトのもと、駅や車両、スタッフの制服など、順次刷新を行ってきた。
車両を担当したのはプロダクトデザイナーの鈴木啓太。9000系のリニューアル(17年)に始まり、新型車両である20000系(18年)や12000系(19年)のデザインを統括した。議論を重ねるなか、浮かび上がってきたキーワードは「醸成するデザイン」。鈴木はこう語る。
「横浜の土地柄をイメージさせたくて車両の外装は“ヨコハマネイビーブルー”で統一しています。通勤電車という性質上、毎日利用しても、飽きがこないものにしたかった。定番色の強みです」。
その色合いから感じとれるものは実直さや堅実さ。時代の表情がめまぐるしく移り変わるなか、仕立ての良いジャケットが永遠の定番品であるのと同じく、「目先のトレンドに左右されない」姿勢をデザインで打ち出した。
ジャケットが上質な素材と丁寧な採寸、そして目の行き届いた仕立てによって完成するように、鈴木のデザインも身体性に基づくアプローチを重視している。これはプロダクトデザイナーとしての視線と深く関係している。そのことを明確に示すのが、つり革のデザインである。
機能美を追求した“つり革の原形”
9000系のリニューアルにあたり、鈴木が注目したのがつり革だった。利用客が日常的に接する、実際に身体が触れる部分だからだ。つり革は車両と人間を結びつけるインターフェースである。その機能が発揮できる形を探った結果、たどり着いたのが曲線を連続的に変化させたフォルムだ。一見すると何の変哲もないが、実は曲線の美しさとともに、つり革として必要な機能もきちんと備えていることがわかる。かつて深澤直人は「デザインの原形は作者が探し出した必然である」と喝破したが、その伝で言うと、これは“つり革の原形”である。
「つり革のリニューアルを提案したときは相模鉄道の方々も驚いていました。当たり前に存在しているものだから、それほど意識にのぼらなかったのかもしれません。けれども利用客からすると、座る場合はシート、立つ場合はつり革を握るわけです。体に触れるという意味では、いちばん身近なもの。電車全体から見ると、ディテールでしかないと思われがちですが、僕の考えでは、むしろ細部から精度を上げていく必要があった。そうしたアプローチの積み重ねが、通勤電車という空間をアップデートしていくからです」。
神は細部に宿る。リニューアルや新車両のデザインを通して、鈴木は座席の形態やシート、それにともなう袖仕切りなどでも心地よさを追求した。また、昼夜で色温度を変化させる照明システムを導入し、朝から昼にかけては自然光に近い光が、夜になると電球色の落ち着いた光が体感できるようにもなった。耐久性が求められる実用一辺倒の世界に「住環境における快適さ」のようなやわらかい視線を持ち込んだとも言える。一貫しているのは、毎日使うものだからこそ、上質なものでなければならないという信念だ。もはや上質なものでなければ人々は満足しない。
「いちばんわかりやすいのが iPhone。プロダクトとして洗練されているうえ、仕事上もある程度のことがこなせるようになった。美的なものと機能的なものがきっちり結びついているわけです。それが日用品になったということは、通勤電車も同じ土俵で戦わなければならない時代になったということを意味しています」。
説得のための言葉、共有のための模型
鈴木が重視するのは言葉と模型である。自身のデザインプロセスにとって大事であることはもちろん、何よりクライアントを説得するための武器でもある。
「わかりやすい言葉で方向性を定めていきます。どんな目的で、どんな機能を持ったものが必要なのかといったような事柄ですね。それを理解してもらったうえで、デザイン案を提示します。このとき図面だけでなく、必ず模型を製作します。着地点をしっかりイメージしてもらうためです」。
特筆すべきは、従来のやり方と平行して、3Dプリンターを駆使していること。パーソナル・ファブリケーションの突破口として注目されてきた革命的なツールだが、鈴木は少人数のチームで(つまりパーソナルな規模で)3Dプリンターを活用すると同時に、その成果を多くの専門家が関わる公共交通機関のデザインに(つまりパブリックな造形物に)組み込んだのだ。陶工がろくろや登り窯を使うように、鈴木は3Dプリンターを用いて、自身の考えをより正確な形にしていく。ただし道具は変わっても、それらが手わざの延長線上にあることは変わらない。
「プロトタイプをいくつもつくってみて、比較・検討することが大事ですからね。ああでもないこうでもないと試行錯誤していくうちに、次第に着地点が見えてくる。プロダクトでは1mm単位での調整が重要ですが、この精確さを求める視線は車両デザインにも生かされています」。
精緻な検証を車両というスケールにまで広げていくにあたり、20000系の車両内部のデザインではまず1/12模型を製作。最終的には事務所の一角に原寸大模型を構えることで、乗客の動きや光源の配置などを細かく精査した。新車両である20000系の特徴は正面の“顔”だが、例えば前照灯の機能を持つ“目”も同様に原寸大模型をつくったという。
「通勤電車は“日用品”です。だからこそ、まだ可能性が眠っている。例えば今後は、パブリックゾーンである車内に、プライベートスペースを感じさせる工夫が必要になるかもしれない。それは乗客の“距離感”を設計することにもつながります。100年後に向けて、デザインすべき領域は無数にあると思っています」。
本記事はデザイン誌「AXIS」198号「鉄道みらい」(2019年4月号)からの転載です。