伝説のインテリアショップとモダンデザイン
(本のしりとり:インテリアショップ NIC編)

少々、前の話になるが、2019年3月23日に福岡に向かった。福岡のまちづくりのプロジェクト「FACT~Fukuoka Art Culture Talk」に関わっている、デザインジャーナリストの高橋美礼さんから、「3月31日をもって、福岡のランドマーク “福ビル”が建て直しのために閉館される。その前に、福ビルの歴史に欠かせない、“NIC”に関するトークイベントが行われる」という話を聞いたからだ。

▲福ビルで行われていた写真展。多くの人が、写真を見ながら、思い出を語っていた。

九州のインテリア好きの人は、福ビル内に1966年にオープンし、99年にその歴史に幕を閉じたインテリアショップ NICの名を、必ずと言っていいほど口に出す。全世界にファンを持つ陶芸家、鹿児島 睦氏も実は91年にNICに入社し、社員として働いていた。それ故にNICへの愛情も深く、ディレクターとしてこの企画を立ち上げたのだという。トークイベントの司会は、工芸店「工藝風向」店主、高木崇雄さん。福岡市民としてNICに親しんできた高木さんはNICのことを、d design travel誌福岡号、そして新潮社の工芸青花のブログに詳しく記している。

トークに列席されたのは、オープン直後から社員として関わられていた方から、85年入社の重要無形文化財“色絵磁器”保持者、人間国宝である第14代今泉今右衛門氏(氏のウェブサイトの略歴には“85年NIC入社”としっかりと記されている。人間国宝もこの時ばかりはいち社員に戻り、初代スタッフの話に興味深く耳を傾けていたのが印象深かった)。このメンバーが揃う機会を逃す手はない。

どうにか飛行機と宿を押さえ、渡福できることになり、司会を楽しみにしていると高木さんに伝えたところ、「日本デザインコミッティーでかつて、NICの展示会をしたことがあるらしい」という話が出た。高木さんの言葉の隅からは、トークの準備をしながら、思いの外、資料が残っておらず、もしかしたら、デザインコミッティーに写真などがあるのでは、という期待が感じられた。そこで、お節介焼きで事務局に問い合わせてみた。半日も経たずに“資料アリ”の返事をいただき、トークに具体的な画像が増えることとなった。その迅速な対応に、福岡側もびっくりだった(FACTの事務局に変わり、この場を借りて、日本デザインコミッティー事務局にお礼を述べたい)。

このトークに関しては、おそらく、主催者がまとめてくれると思うので、それを楽しみに待ちたいと思う。

NICという伝説の店があるときに行けなかったことを悔しく思いながらも、実際に働いていた方々の話は20年経っても生き生きとしており、ひじょうに興味深かった。帰宅後、NICのことをもっと知りたくなり、自分の蔵書を紐解いてみた。自分の小さなキャパの脳みそを補填するために、本だけはやたらと持っている。あたりをつけて、まず一冊、取り上げてみた。

本のタイトルは「グッドデザインのセールスマン」(梨谷祐夫 著、創林社刊)。

▲「グッドデザインのセールスマン」は絶版だが、すごく面白い本なので、デザインに興味のある人は、ぜひ、探し出して読んでほしい。

この本は昭和のデザインの歴史のいち側面を、実によく書き記した本で、私の愛読書でもある。昭和のデザイン史、特に北欧のデザインの歴史に欠くことのできない梨谷祐夫(さちお)の名前。インターネットで検索しても、この本のことぐらいしか出てこない。こういうとき、ネットの情報はまだまだだと思う。

私は90年代、当時フィンランドのガラスメーカーiittalaの代理店であった松屋商事株式会社(98年に解散)という百貨店の松屋の子会社に勤めていた。その関係で、会社に来た招待状の北欧家具見本市(日本で開催されたものであるが)に、上長代理で行くことがあった。会社の名刺の MATSUYA の部分は、百貨店と同じフォント。名刺を渡すと、北欧から来たメーカー担当者がMATSUYAに反応し、「NASHITANIは元気か?」と、必ず聞かれた。私が会社員の頃はすでに梨谷さんは松屋を退職され、フリーランスとして東武百貨店に関わられていた。東武百貨店で、ティモ・サルパネヴァ、ミケーレ・デルッキ、オーレ・パルスビーといった面々がコミッティのデザイントゥデイという売り場をつくることができたのは、梨谷さんの存在が大きい。私もiittalaの代理店として、サルパネヴァにちょっとだけ挨拶ができたのも梨谷さんのおかげだ。

▲本には、梨谷さんが宿泊した当時のコペンハーゲンのホテルロイヤルの写真が載っているが、これは筆者が1995年に泊まった時の写真。

この本のなかには、勝見 勝、剣持 勇、亀倉雄策など、昭和の日本のデザイン史に名を刻む巨匠と「売り場を持っている」ことを後ろ盾として、渡り歩いたエピソードが生き生きと描かれている。梨谷さんは「バイヤー」としての側面が大きいが、タイトルに「セールスマン」と冠し、文中にもたびたび「セールスマン」という言葉が出てくる。そこからは、「売り場を持っているからこそ使い手とつながっている誇り」を感じる。実際、MoMAのキュレーターに、「われわれは、実際に売り場でお客様が使うモノを売る。あなたたちのように、見た目だけでモノを選んだりしない」と言い切り、大げんかをした武勇伝も披露している。

この本にNICが登場する。その章の名前は「グッドデザインコーナーが火をつけた3つのサークル」。3つとは松屋とNICそして、小田急ハルクのことだ。どうやら、地域一番店と組んで共同仕入れなどをしていた松屋は、福岡の一番店・岩田屋とも近しい関係だったし、NICのデザイン顧問だった柏崎栄助、小池岩太郎、浜口隆一のうち、浜口は日本デザインコミッティの立ち上げメンバーだ。そのつながりで、岩田屋は「NICという売り場をつくるので、グッドデザインコーナーの選定品の取引先、リソースを教えてほしい」と松屋に頼んできたらしい。当時の松屋社長である山中 鏆は承諾。その後、小田急ハルクがNICにリソースを要請したそうだ。

ハルクのオープン当初、リビング用品で全館埋め尽くされたハルクの成功を梨谷さんが山中社長に報告すると、「人の生活レベルアップしていくというのは、(松屋のグッドデザインコーナーや家具売り場を任せられている)君の仕事の拡大にもなるじゃないか」という懐の深い答えが返ってきた、という一文が書かれている。だがその後、NICは閉店、小田急ハルクも形態を変える。この本のこの章を読んだだけでは、「あぁ、でも結局NICはなくなっちゃったのだから……。やっぱり、リソースを人に求めていていたから続かなかったのだろう」と、かなり悲観的な気持ちになってしまうのだが、今回のトークショーを聞き、松屋から得た情報をもとに、NICに独自の発展があったことを知ることになったのだ。

▲左上から時計回りに、「風の街 福岡デザイン史点描」(武田義明 著)、「グッドデザインのセールスマン」で紹介されているホテルローヤル(ロイヤル)のページ。1960年にオープンした直後に泊まった様子。これを記事にした「デザインNo.25 1961」(美術出版社刊)、「d design travel福岡号」(D&DEPARTMENT PROJECT刊)で高木さんがNICに関して記したページ。

なにせ、NICの西鉄(N)と百貨店の岩田屋(I)がわざわざ会社(C=コーポレーション)を興したことは、百貨店の売り場のひとつであったグッドデザインコーナーとは決定的な違いがある。インテリアに関わることだけで、大勢の社員を抱える会社運営を30年以上続けたのだ。

先のトークの際に、登壇者のおひとり、井上芳明さん(68年入社)が会場で勧めてくださった本「風の街 福岡デザイン史点描」(武田義明 著、花乱社)を開くと、NICの“デザインを武器に、福岡という街、全体と関わっていく一面”が見えてくる。一般の購買者に見える部分はあくまでも福ビル内のショップだが、個人販売だけで福岡の一等地で店を成り立たつほど、世の中甘くはない。

この本に書かれているNICの組織図によると、販売以外に外商的な部署の記述がある。その部門が、“建設会社・設計事務所”、“ビル・事業物”、“住宅担当”と3つに分かれていおり、相当量の規模の仕事をこなしてきたことがわかる。クライアントにとって、高度経済成長期にオープンし、その後のバブル期の施工現場に一流品を提案できるほどの強力な仕入れ能力に長けたNICに仕事を依頼することは、大きな魅力であっただろう(トークの際、第14代今泉今右衛門が、NIC社員としてNICが施工した店のロゴデザインをした話が出てきた。なんとも羨ましい話だ)。

そして、その部門があったからこそ、ほかにはない仕入れができ、オリジナル品をつくり、他店とは違う楽しみ方をできる売り場を維持できたはずだ。販売だけではなく、ショップ内ギャラリーでは、日本デザインコミッティも協力し、定期的なデザイン展示会を開くなどのデザイン活動にも力を入れた。

だが、その仕入れ能力だけではなく、底辺には「セールス」へのプライドがあったことは、忘れてはいけない。梨谷さんが本のタイトルに「セールスマン」と書き入れ、NICのトークでは「人と人とのつながりがニックの生命である」にはじまる、社訓が配られた。

▲当日配布された資料。このトーク。ぜひ、第2回、3回、と続けてほしい。

昨今、ネットの普及もあり、値段の比較情報と人の口コミで、流通の動きが左右されているが、根底は「人が接客する」ということに尽きる。今後も、モノの背景に人アリ、であってほしい。もっと言えば、そう理解できる購買者が増えていくことを願うばかりだ。

言葉だけを検索しがちの今の時代。「本のしりとり」は、引用文献を漁ることにほかならないのだが、あえて本をめくるのは楽しいことだ。検索は単語のつなぎ合わせ。だが、本には流れがある。ページをめくることで、さまざまな事実に気づき、絡んでいた糸をほぐすことも、つながっていなかった糸がつながることもある。

このしりとり、また(不定期に)続けたい。

前回のおまけ》


▲(上)今回の記事のために、1995年の北欧巡りの写真を探していたら、当時たまたま訪れたデンマーク・ルイジアナ美術館での「今日の日本」展で巡回していた内田 繁さんの茶室の写真が出てきた。
(下)ENSO ANGOホテルの麩屋町通IIで茶室のひとつは見られる。