第1回 建築家 工藤桃子

複雑さとのつきあい方

文・詩/大崎清夏 写真/岩本良介

詩人・大崎清夏が毎回ひとりの建築家の手がけた空間をその案内で訪ね、建築家との対話を通して空間に込められた想いを聞き取り、一篇の詩とエッセイを紡ぐシリーズ。

第1回は工藤桃子さんとともに「REVIVE KITCHEN THREE HIBIYA」(東京・日比谷)を訪ねます。大崎さんの心に浮かんだ、この空間に投影された記憶とは?

工藤桃子(くどう・ももこ)

東京生まれ、スイス育ち。2006年多摩美術大学環境デザイン学科卒。07年から11年まで松田平田設計勤務。13年に工学院大学大学院藤森研究室修士課程修了後、15年までDAIKEI MILLSデザインユニットとして活動。15年にMOMOKO KUDO ARCHITECTSを設立(現MMA inc.)。日本橋高島屋共有部IN THE GREEN/ SOLSO HOMEなどのショップデザインのほか、個人邸などの建築設計も手がけている。
http://momokokudo.com

川遊びの記憶を辿ると真っ先に浮かんでくるのは、川の流れの冷たさに浸した足の裏に感じる幾つもの丸い石。目で見るとあんなに丸いのに、素足で踏んだ途端にその丸みの含む複雑な突起や凹みが顕わになって足の裏に伝わり、その上に真っ直ぐ立つだけでも難しい。

人間の設計した空間は、そういう複雑さを取り去ることで快適さを担保してきたものと、私はずっと思いこんでいました。平らな床。頑丈な壁。けれども一方で、そういう複雑さと縁のない生活なんて、やっぱり考えられません。借り住まいを選ぶときに私が最も優先してきたのは「朝の窓から差しこむ光があること」「外の空気を少しでも身近に感じられるベランダもしくは庭があること」。建築とはきっと、どこまでもその複雑さとの闘いであり親和なのだろうと思います。

REVIVE KITCHEN THREE HIBIYAの店舗に入ると中央の大きなテーブルにざっくりと活けられた花がまず目を引いて、その奥には料理をつくる人たちの姿が見えます。店舗の内外やレストランの半個室、料理人たちの手元と客席を仕切るのは、ステンレス製のメッシュガラス。ステンレスとは思えない柔らかい布のような光沢をもつこの素材は、外からはやんわり中の様子が知られるほどの、中からは外をやんわり遮断して落ち着いて過ごせるほどの、絶妙なグレーの透過になっています。さまざまな場所に適用できて、あちらとこちらをほどよく仕切る機能的な素材。まるでお弁当箱の仕切りのバランにもお弁当箱そのものにもなる笹の葉みたいです。

中央テーブルの表面には、大理石でも御影石と呼ばれる花崗岩でもなく、川で拾ったさまざまな色や形の小石の断面がランダムに浮かびあがっています。日比谷の広場に面した大きな窓から自然光がレストランいっぱいに満ちると、テーブルの表面で緩やかに光がうねります。

marble

薄桃色や緑青や苔色の、それぞれがさまざまな成分でできた川石のテーブルは、例えば一面の大理石のテーブルとは違ってところどころ硬度が違うから、機械で均一に削っていくことは難しいと言います。最終的には職人の手で磨かれて仕上げられるから、完全な平面にはならずに揺らぎを帯びるそうです。

笹の葉みたいに使い勝手のいいメッシュガラスも、川石のテーブルに反射する光のやさしさも、この空間の設計を担った建築家の工藤桃子さんのアイデアから生まれたものです。けれどそれらはとてもさりげなく設えられているから、注目する人はそんなに多くないかもしれません。ほかにも店内は、どこか試験管を思わせる乳白色の手吹きガラスの照明や、ほどよい距離感で囲める丸テーブルや、竹の集積材を重ねた商品台によって美しくまとめ上げられているけれど、企まれた当然さで私たちの目に入ってくるのは、色とりどりのネイルカラーやスキンケア商品や食材瓶のほうです。

目の前に広い草原があったら、私たちはとっさに「何もない」と思うでしょう――そこに多種多様な草が生え、虫がいて、風が吹いていても。それでも私たちは草原で感じる心地よさを覚えているし、閉ざされた空間とは違う風の匂いや音、肌に触れる草の感触を覚えています。家具を運び込まれる前の家が「何もない家」に見えるように、この店舗から商品や食材を取り除けば私たちの目には「何もない店舗」が映るかもしれません。工藤さんが空間に取りいれた企みの複雑さは、草原で感じるのと限りなく近い種類の「何もなさ」として、じんわりと五感にはたらきかけてくるようでした。

レストランの窓際の丸テーブルに腰かけると、広場の上のぽっかりとした間の向こうに日比谷公園の緑が見えます。あ、鳩。映画を観に日比谷シャンテに来たことは何度もあるし、日比谷公園で過ごしたことだって何度もあるのに、映画館と日比谷公園がこんなに近くにあるなんて知らなかった。大きな窓が新しい視点をくれたおかげで、頭のなかのあっちの日比谷とこっちの日比谷が、私のなかで初めてひとつの街になったのでした。

川石をどうやってテーブルに埋めこむのか尋ねたとき、工藤さんはにやりと「撒くんです」と言って、思わず「楽しそう!」とのけぞった私に「現場は楽しいですよ!」といたずらっぽく笑いました。その瞬間私の脳裏には、きらきら光る川の流れに足を浸して真剣に自然の複雑さと遊ぶ、麦わら帽子の工藤さんの姿がよぎったのでした。


portrait

Photos by Ryosuke Iwamoto

REVIVE KITCHEN THREE HIBIYA

revive kitchen three hibiya
“MODERN SHOJIN ”をコンセプトに、コスメティックブランドの「THREE」が運営するレストラン。同ブランドのスキンケア理念にも共通する「地産地消」や「身土不二」という考え方のもと、日本の食材をふんだんに使用したベジタリアンメニューを揃え、グルテンフリーやビーガン対応のメニューも豊富に並ぶ。
レストラン 11:00~23:00(L.O.フード21:30、ドリンク22:00)
デリカテッセン 11:00~21:00
TEL:03-6831-4620
https://aoyama.threecosmetics.com/dining-hibiya/

大崎清夏(おおさき・さやか)

1982年神奈川県生まれ。詩人。詩集「指差すことができない」が第19回中原中也賞受賞。近著に詩集「新しい住みか」(青土社)、絵本「うみの いいもの たからもの」(山口マオ・絵/福音館書店)など。ダンサーや音楽家、美術家やバーのママなど、他ジャンルのアーティストとの協働作品を多く手がける。19年、第50回ロッテルダム国際詩祭に招聘。https://osakisayaka.com/