東京・代々木上原「sio」のシェフ 鳥羽周作による
”とんかつ”のリアレンジ

デザインの価値を知るのは、デザイナーだけとは限らない。中でも、デザインとの強い結びつきを活かす「料理人」の考えには、学ぶところが多い。一皿の美食体験だけにとどまらず、シェフの感覚が強く反映される店舗、そこで過ごす時間に至るまで、あらゆる細部に彼らのデザインが宿る。

優れた料理人が持つデザインへの眼差しを知り、エッセンスを学ぶための最上の経験は、店へ行き、味わうことに他ならない。だが、そもそも「デザイン」と「料理」の関係性を考える素材が、まだこの空間には足らないかもしれない。

その呼び水となるべく、AXIS Web Magazineでは、各地で腕を奮う料理人へのインタビューと、彼らのスペシャリテを自宅でも楽しめるようにリアレンジしてもらったレシピを紹介する。併せて感じとることで、デザインへの思考を深めるひと時になるはずだ。
第3回は、東京・代々木上原「sio」の鳥羽周作を訪ねた。

料理人に至る異色の経歴、数々のメディアで発言する将来像、既存の料理業界へのカウンター……鳥羽周作の言葉や思考は、あらゆるところで今、求められている。彼に料理業界の未来を見る人も少なくない(初見であれば、ぜひその名でネット検索をしてみてほしい)。

時に「過激」とも捉えられる鳥羽周作の言動だが、足元はおろそかにしない。オーナーシェフを務める代々木上原「sio」は16席の予約は連日満員。店内BGMはDJの沖野修也が選曲を担当し、ロゴマークはgood design companyの水野学が手がけるなど、レストランらしからぬ気配りが随所に満ちる空間で、「sioという僕らを応援する意味を込めて“投資”してほしい」と、来店客には料理を超えた「体験」への価値を問うていく。

「近い将来、僕が料理を作ることは減らしたい。やりたいこと、やるべきことがまだまだたくさんあります。それに、sioは若い料理人が打席に立つ機会を増やしていきたいんです。だからこそ、“僕でなくてもつくれること”が重要です」

この連載は「レストラン各店のスペシャリテを自宅でも楽しめるようにリアレンジしてもらう」という趣旨がある。しかし、鳥羽周作はその趣旨にこう返した。「今日つくるスペシャリテの“とんかつ”は、sioのコースでスペシャリテとして提供しているものと一切変わりません」と。厳選はしていても食材は特別なものを仕入れているわけではないという。唯一のこだわりといえば「天然酵母パン粉」だそうだが、これもAmazonで買えてしまう。

▲ムソー 国産有機小麦粉使用天然酵母パン粉

シンプルに今回のレシピを書けば、「塩を強めに当てた厚切りの豚肉に衣をつけて揚げ、その後にオーブンで焼いて仕上げる」となる。たしかに口にすればとんかつなのだが、肉汁はあふれ、旨味は濃く表れる。マスタードシードと塩で食べる新鮮さにも楽しみがある。なぜ、この調理法になったのか。その過程を聞くと、鳥羽周作という料理人の自由なイマジネーションに触れられる。

▲今回のオリジナルレシピ兼リアレンジレシピ:「とんかつ」

「すべては『厚くて旨い肉を仕上げたい』というゴールありきの発想です。よそで食べる豚ロースは塩と肉汁が合わさっていない印象で、淡白で味が弱いからソースに頼る部分があった。僕はもっと肉汁が調和した旨味にしたかったんです。先に強めに塩をして、衣で油の旨味を出す意味でとんかつは良い調理法ですが、厚い肉を揚げるには火入れの技術が心もとない。そこへフレンチのアプローチを加えると、揚げとオーブンの併用ができたんです」

鳥羽周作にも修行時代はあるが、固定の料理スタイルは謳わない。肩書きは自分のクリエイションを狭めると考えているからだ。

「日本人の料理人が世界各地で修行をしてきて、いまは日本で料理をつくっている。日本人が日本でつくる現代の料理こそが日本料理。呼び名を付けるとしたら……ニューモダンジャパニーズなのか、まだ何かわかりませんけれど、そのアイデンティティこそが大切なんだと思います。そもそも『料理は美味しければいい』というのが本質。細かく料理をジャンル分けしたことで、逆に自由さが失われてクリエイションが貧しくなってしまった」

今回のとんかつに限らず、鳥羽周作には「ゴール」や「全体の文脈」を考えた上で、一つひとつの接点を捉えていく発想があるようだ。「デザインの価値」を問うた答えにも、それは表れている。

「デザインは、最終的に自分たちが表現したいものに繋がっていく、その入り口の一歩ですね。そこから入った後で、もっと深い思想に触れてもらうためにも初速で興味を惹かないといけない。料理だって汚い盛り付けや紙皿で出されたら、入り口にもならない。デザインというツールを通じて、その先にあるものが見えてくることにすごく価値があると思います」

sioを含め、鳥羽周作には「伝えたいもの」が先行してある。レストランも「想いを伝える場所」なのだ。その中で、受け取り手にアプローチする過程を選び取ることがデザインともいえる。言い換えれば、全体のコンテキストに沿って設計された、関係性の接点でもある。

「料理のコースを考えることは、構成のデザインなんだろうと思います。決して一皿ずつがぶつ切りの出会いになるのではなく、全部が伏線で繋がっている映画のような流れ。『ユージュアル・サスペクツ』とか『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』みたいな。そういう映画みたいなレストランを作りたいかもしれない。コース料理を考えるために、構成作家や脚本家に入ってもらって感情の全体設計をした上で、僕らが料理で応えるというのも考えているんですよ」

体験の価値を認め、「また来たい」と思えるレストランをつくる。それに対して対価が発生する。そのデザインこそがsioにとっても重要であるという。だからこそ、来店する前からデザインは始まっている。この記事が掲載される頃、鳥羽周作は全く違うことを話しているかもしれない。「あとは茶室ですね。あれは総合芸術ですから、それを加味したレストランを3年以内に作りたい」とも聞いたが、すでに考えは遥か先だろう。彼の考えを借りれば、それも一つの「デザイン」なのだ。End


今回の料理「とんかつ」

オリジナルレシピ/リアレンジレシピ:【とんかつ】

・オーブンを220℃に予熱しておく。
・豚ロース肉は常温に戻す。厚み5センチ、80〜100gほどの豚ロース肉に、塩を強めに当てる(塩をして置いておくと水分が出てしまうので、すぐ調理に移る)。
・薄力粉、卵、パン粉の順につけ、表面がきつね色になるまで油で揚げる。
・揚げた豚ロース肉を、オーブンへ5分入れ、裏返してもう5分火を入れる。
・オーブンへ入れている間に、レンコンを素揚げし、赤ワインビネガーとはちみつを合わせたソースに絡める。
・皿に、マスタードシード、ソースが絡んだ揚げレンコンを置き、半分に切り分けたとんかつを乗せる。肉の表面に塩少々を振って完成(切った場合にとんかつに赤身が残る場合は、オーブンへ入れ直して火を通す)。


sio(シオ)

場所
東京都渋谷区上原1-35-3
営業時間
ランチ 12:00〜15:00
ディナー 17:00〜22:30
水曜定休 + 不定休(ランチは土日祝のみ)*予約制
詳細
http://sio-yoyogiuehara.com/