PROMOTION | アート / 展覧会 / 建築
2019.03.26 11:01
東京・京橋にあるAGC Studioでは、2019年3月12日(火)〜5月11日(土)まで「鏡と天秤—ミクスト・マテリアル・インスタレーション—」展を開催中だ。本展示では、今日の生活において非日常(ハレ)と日常(ケ)の境界が曖昧になりつつあることに着目。クリエーションパートナーに気鋭の若手建築家、砂山太一と浜田晶則を迎え、「Mirror(鏡)」と「Libra(天秤)」をそれぞれの作品コンセプトとし、作品を展示している。
両氏がどのように素材と向き合い、テーマを捉えたのか? 砂山太一にデジタルサイネージの新たな可能性について語ってもらった前回に続き、今回は「Libra」を手がけた浜田晶則と音響システムと音を担当した國本 怜に話を聞いた。
張力と重力の均衡が生み出す浮遊感
「Libra」は「天秤宮」を意味し、古代ローマでは重量単位として使われていた言葉でもある。浜田晶則が「Libra」と名づけたインスタレーション作品はまさに、重量をガラスと透明なフィルムの均衡によって可視化させた場となっている。
苔が敷き詰められた会場へ入ると目に飛び込んでくるのは、巨大なガラスのオブジェ。斜め45度に傾いた二対の大ガラスを、透明な薄いシートが引っ張るように支えている。AGCが原料から一貫生産している高機能フッ素樹脂ETFEフィルム「アフレックス®」を使用し、「撥水、撥油性の樹脂フィルムを生かす構造体を考案した」と浜田自身が解説してくれた。
「このフィルムは、張力をかけてピンと張った状態で構造として成立する素材です。張ると強くなるという性質のほかに、透明であるという点を活かしたいと考えました。
ここではシート状のフィルムの両端に、それぞれ97kgのガラスの塊を取り付け張力をかけることで、力の均衡が維持されながら一枚あたり182kgの大ガラスとガラスの塊を浮遊させています。重力の均衡、力の流れの仕組みが一見分かりにくいのですが、実際にそこに構造として成立している状態です。45度に傾けた大ガラスは、自立しているのか、あるいはフィルム素材の張力によって立たされているのか、そのような主体と客体の関係を考えさせる構造体です。
実際に僕らもいまここに立っているのか立たされているのか厳密には答えられないですよね。さらに、“膜”という薄くて弱い印象を受けるフィルムが、力のかけ方や関係によって自らの重さよりはるかに重いものを支え得るという状況をつくろうとしました」。
床に苔を敷き詰めたのは、室内に苔庭がある非日常的な環境と、屋外にいるような環境をつくり出す演出でもある。床の一部分にはフィルムとガラスの関係性を示す図面やコンセプトを表わすテキストと写真が組み込まれていたり、下から透明なシートを見上げるように座れるスペースがあったりと、鑑賞者が自由な姿勢で作品に向き合える場になっている。
「人間の身体感覚では、ここにあるものはテーブルでも屋根でもない。これは一体何だろう?と見て考えてもらえるように、機能としては何にもならないような大きさをイメージして設計しました。例えばここに座り、作品に対してものすごく人間が小さいというスケール感を想像してみると、このフィルムが屋根のように覆いかぶさっているようにも見えてきます。そういった、現実と非現実を行き来する思考が生まれる場をつくろうとしました」。
フィルム素材である「アフレックス®」は本来、テンションをかけた状態でスタジアムの屋根などに張ったり、太陽電池保護フィルムとして建物や乗り物の発電部を覆ったり、といった用途の多い素材だ。張力の均衡がとれた状態だと固く見えるが、実際には柔らかい。一般的なフィルムの使い方では、例えば空気を注入するなど、動力によってピンと張るが、ここでは機械を使わず、重力だけで動的な均衡が生み出されている。
“音”がガラスを振動させ、水の波紋を広げる
二対の大ガラスを支えるフィルムの上部からは、漏斗で水滴が垂らされている。
「小さな水滴同士が合体していくと自重が重くなり、フィルムとの間に生じている摩擦力に耐えきれず、中央の低い方向に向かって滑り落ちていきます。しかしフィルム上には光学ガラスの半球が五対配置されており、それが重りとなって小さな水たまりになります。さらにその水たまりが大きくなってまた低い方へと滑り落ちていく。光学ガラスの半球は、その時間をコントロールするためのものでもあり、水たまりの存在を気づかせる装置にもなっています」、と浜田はここでも力の均衡に焦点を当てている。
水は30秒に1回ほど、ゆっくりと漏斗から落ちる。最終的にはいちばん大きな水たまりとしてフィルムのいちばん沈んでいる部分にたまっていく。その中央部分には水の波紋が静かに広がる。その波紋を生み出しているのは、音による振動。この作品では音が重要な要素になっている。
大ガラスを振動させて水に波紋を広げる音と、会場に響き渡る水琴窟のような音の演出を手がけたのは、サウンドアーティストの國本 怜だ。
「音は天井から吊り下げたスピーカーと、大ガラスに接続したスピーカー、両方から鳴らしています。まず、吊り下げてあるスピーカーは、3Dプリンタで製作した12個のスピーカーユニットを組み込んだ特殊なもので、それぞれ違う音を出力することができ、立体的に音を再生することができます。そして、大ガラスの下に取り付けたふたつの振動スピーカーから再生される音による振動で水に波紋が生まれる仕組みです。すべての音は、実際に水の音を録音して加工しました。
そもそも水をモチーフにするアイデアは、浜田さんとのディスカッションから生まれました。水が気体や液体から固体へと変化する性質、また雨が降って川に流れて海へ注がれ、蒸発して空で雲になるという、水循環と呼ばれる現象、その均衡を表現しています。作品に使われているガラス自体も、液体と呼べる性質がありますよね。それも着想のひとつでした」、と話す國本は、独自の手法でこれらの音をつくり出している。
12個のスピーカーから再生される音は、西洋音楽の一般的な音階やメロディー、リズム構造とは違う論理で構成されている。水琴窟のように音程を与え、音程に準じた周期で発音される水の音は、二対の大ガラスがいちばん振動しやすい音を調べて導き出したあるひとつの音程を基準に、雅楽の法則から「十」と呼ばれる和音として成立する音の集まりになっている。
「水をフィルムの上に置いて振動させるという浜田さんのビジョンを聞き、水に振動を与えて水面を揺らし、さまざまな波紋を生み出す“サイマティクス”という手法があると提案しました。その時点から、このインスタレーションにおける音の存在感がはっきりしたと思います。
斜めに設置したガラスは大きく、正確に震えさせるのが難しい構造なので、最も響きやすい音程を正確に調べ、再生する必要がありました。1ヘルツでも音程が違うと全く震えなくなったり、逆にガラスの長さや厚さを変えるとまた違う音程を探さなくてはならなかったり……。浜田さんとどの液体が適切かということも含めて試行錯誤を繰り返し、最終的に両側の大ガラスの下に1台ずつ計2台の振動スピーカーで精製水を振動させています。
アナログな手法で音を可視化する数少ない方法がサイマティクス。普通は、水を張ったボウルや砂を撒いた鉄板を振動させて波紋を見せるような方法が主流ですが、今回のインスタレーションでは、ガラスとフィルムという素材で作用させています。この視覚的な媒介がなければ単なるBGMと立体物に分かれてしまいます。
「今回のサウンドを國本くんに依頼したとき、構造体のイメージはでき上がっていましたが、どういう音かといった内容にまでは踏み込まず、まずコンセプトを伝えました」、と浜田は振り返る。
「その後で、國本くんから出てきた音が“まさにこれ!”というもので、もやもやと頭のなかで考えていたことが音で的確に表現されていました。物理的なスピーカーの設置方法や効果について解決すべき問題点はありましたが、コンセプトの意図は完璧に伝わっていたと思います。國本くんのサウンドを聴いたとき、水がポタンと落ちる音が雨を想像させ、振動で生じる波紋と合わさることによって相乗効果が生まれました。実を言うと、実際の水を漏斗で垂らすアイデアは國本くんのサウンドから着想を得たものです」。
内と外の曖昧さをつなぐ存在
作品では、フッ素樹脂フィルム「アフレックス®」の幅1.6メートル、0.15ミリ厚という素材そのままを作品に応用したが、ほかにも挑戦してみたいアイデアはいくつもあった、と浜田は言う。
「スタジアムなどで使用されているのは知っていたので、大規模な特殊建築物で利用されるイメージがありました。しかし今回の作品のように身体に近いスケールで室内に用いるのも素材の特性としてふさわしいのではないかと思います。会場の床に敷いた苔にも光が差すなど、フィルムの透明性の効果は再認識できましたし、かつ、薄くて強い新素材としての可能性も感じました。これからの生活空間がもう少し柔らかなものになり、暮らしにおける仕切りがもっと緩やかになる、そんな未来を想像させる素材です。硬い、重い、堅牢、といった従来の建材とは真逆で、柔らかく、透明、軽い、薄い。皮膚のように人間の身体感覚に近い素材として、小さな建築にも取り入れることができると思いました。
今回の大ガラスの両端に下げた97kgずつの荷重にも、フィルムは伸びてしまうことなく、しなやかな柔らかさを保っているのには驚きました。
会場内の照明はなるべく使わずに自然光を生かし、朝や昼、夕方の少し暗めの光の中で異なる表情を楽しむ体験ができることを意識しています。屋内にいても、屋外を感じさせる環境をつくり出す試みでもありました」。
フィルムの両端から錘として吊り下げられた透明な塊は高透過ガラスを積層してつくられており、小口面がラフカットされているので、光が当たるとまるで水の反射のような有機的な影を落とす。印象的な音は、閉ざされた空間で響くのではなく、会場外の街の喧騒音とも心地よく入り混じる。
その調和と均衡もインスタレーションの一部だ。薄い膜でオブラートに包むような柔らかさの表現によって、非日常(ハレ)と日常(ケ)が曖昧な社会をどう映しとるかという展覧会テーマが静かに伝わってくるようだ。
(Photos by Aki Kaibuchi)
○「Mirror」を手がけた砂山太一のインタビューはこちらから。
- 会期
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2019年3月12日(火)~2019年5月11日(土)
10:00〜18:00
※日曜日・月曜日・祝祭日 - 会場
- AGC Studio 東京都中央区京橋2-5-18 京橋創生館1・2階
- 入場料
- 無料
- ディレクション
- 中崎 隆司(建築ジャーナリスト、生活空間プロデューサー)
- ウェブサイト
- https://www.agcstudio.jp/event/3857
- 日時
- 2019年4月26日(金)
18:30~20:00 (受付18:00~) - 登壇者
- 砂山 太一氏(建築家・美術研究者)
鈴木 啓太氏(プロダクトデザイナー/株式会社PRODUCT DESIGN CENTER代表) - 定員
- 各回70名(事前申込・先着順)
- お申し込み
- こちらのページで受付中
ディスカッション 「2つの像を映す鏡」
AGC Studioにて「拡張する鏡」をテーマに、デジタルサイネージのプロダクトデザインやコンテンツなどについてディスカッションを行います。(参加無料)