新たなデジタルサイネージの可能性を示す
「鏡と天秤—ミクスト・マテリアル・インスタレーション—」展
建築家 砂山太一インタビュー

▲インスタレーション「Mirror(鏡)」の中でインタビューに答える砂山太一。

東京・京橋にあるAGC Studioでは、2019年3月12日(火)〜5月11日(土)まで「鏡と天秤—ミクスト・マテリアル・インスタレーション—」展を開催中だ。本展示では、今日の生活において非日常(ハレ)と日常(ケ)の境界が曖昧になりつつあることに着目。クリエーションパートナーに気鋭の若手建築家、砂山太一と浜田晶則を迎え、「Mirror(鏡)」と「Libra(天秤)」をそれぞれの作品コンセプトとし、作品を展示している。

両氏がどのように素材と向き合い、テーマを捉えたのか? 第一弾となる本記事では、砂山太一にインタビュー。設営を終えた会場で話を聞いた。

リテラシーが希薄なデジタルサイネージへの問いかけ

砂山太一が手がけた「Mirror(鏡)」は、反射率65%のミラーの背後にディスプレイを配置したミラー型ディスプレイによる、インスタレーション作品だ。L字型に構成された鏡の壁に木の棒や板といった小さなオブジェが立てかけられ、鑑賞者の姿や会場の外を歩く人々が映り込み、映像が混ざり合って拡張された空間が生み出されている。

壁面の鏡面サイネージに使われているのは、AGCが開発した新素材をベースとした拡張ミラー型ディスプレイ「Augmented mirror(拡張ミラー)」。一般的には“マジックミラー”とも呼ばれる半透過のミラーの裏側にディスプレイが仕込まれていて、その光が鏡を透過して鏡の表面に映像が表示されると同時に、映像が表示されない部分は通常の鏡になるという仕組みだ。

この素材について砂山は、「メディアアートなどでは、マジックミラーとディスプレイを合わせた実験的な作品はよく見られますが、通常ミラーと同レベルの鏡像品質と視認性の高い表示品質を両立できている点で、従来のミラーディスプレイと違います」と語る。最大制作可能寸法は1800x1050mm。そのサイズに空間を合わせるというよりも、まず大きい平面をつくろうと考えたところからスタートしたと言う。

「鏡とディスプレイが1対1のものをつくるのではなく、大きい鏡面を空間いっぱいに広がるようにつくり、その背後に、部分的にディスプレイを配置してみよう、と。そのときに問題になったのは、鏡と鏡をつなぐ部分です。コーキング剤などで隙間を埋めると境目が目立ってしまうし、鑑賞者が、ここに鏡のつなぎ目があるなと気を取られてしまう。そこで、あえて鏡の前に縁をもってくることで、鏡面が連続する印象を持たせています」。

Photo by Akihide Mishima

さらにあえて、1枚のミラーの半分にダミーで柱を加えた。それが空間にリズム感をつける役割にもなっている。鏡の手前に置かれたオブジェを見たとき、その実態と鏡像の間に映像が動いていくような感覚になり、映像が急にリアリティを帯びてくる。壁面に縁があることで、映像が鏡と鑑賞者との間を通過しているような不思議さが体験できる。

「よく、向かい合わせに鏡を置くようなインテリアは、無限空間を見せるような演出に使われますね。でもこの作品では、空間の奥行きを見せることではなく、鏡を建築空間にどう使うかを追求しています。

特に近年、都市空間にはデジタルサイネージが多くなり、建築の中にサイネージが埋め込まれていることも稀ではなくなりました。とはいえ、そこに設計のリテラシーが整っているとは認識できません。僕自身は建築家として、建築物とサイネージの統合がうまくとれる状態が大切だと思っています。

そこでこの会場では、大きな壁の中にサイネージが自然に組み合っている空間を試みました。壁同士が向き合うと普通の合わせ鏡になってしまうので、L字型にした2つの壁を、少し方向を振り分けてあります。その中に映っているのがどこに存在するものなのか、一瞬、分からなくなりながらも、手前に置いた実体のあるオブジェとの親和性は、強く感じられるのではないでしょうか」。

リアルタイムで映し出される映像

拡張ミラーを使うと、どのようなデジタルサイネージが埋め込まれた建築物が可能なのか。その実験的なインスタレーションには、写し出す映像の内容も大きな意味を持つ。今回は、構造物とデジタルサイネージの一体化もひとつのテーマだったため、砂山自身が映像を手がけた。単なる演出的な映像ではなく、鏡面とモノとの関係性が大切だった。

「鏡面の手前に置いたオブジェは、自分が好きで集めたり、友人からもらったりしたもの。それらを持ち込んで、鏡に立てかけていきました。ほかには、設営時に出た余りの壁紙なども置いてあります。見慣れているけれどちょっと不思議な存在のもの、頭をちょっとザワザワとさせるようなきっかけになるようなものを選んだつもりです。

実際にオブジェを置いてみると、映像とオブジェの対義関係が生まれ、さらにそれらが斜めに映り込むことで4つの点対称からなる立体が浮かび上がります。例えば、1枚の板を立てかけると、鏡に写りこんで三角形に見える。じゃあ、そこに投影する映像はどんなものがよいだろう?と考えていきました。奥行き感よりも、極めて薄く感じられるようなイメージの映像です。すべての映像が録画の再生ではなく、リアルタイムにパソコンで計算させながら、その場で映し出しています。床の上に置いたオブジェも、鑑賞者も、リアルタイムでそこに存在しているのと同様に、映像も常にその場で更新されているほうが、作品の考え方として自然です。だから、録画したものよりは、今そこにあるものとして考えました」。

再生映像をループするのではない手法を選んだことで、手前に立てかけたオブジェと映された鏡像の間にレイヤーとしての映像が入り込み、実物の接点がより強く表現できた。

映像にはグラフィックもある。ドット柄や色のグラデーションが少しずつ変化しながら絶えず動く映像は、建築物に対する装飾的な状態のデジタルサイネージへの試みからつくられている。

木の棒を置いた鏡には、棒の先から煙が立ち上る映像が流れ、木の枝を置いた鏡には、小さな焚き火にキノコが落ちてくる映像が映される。こうした少しの遊び心のある仕掛けが、空間全体を生き生きと動かしているようだ。

「この作品には、手をかざしたら映像が動くというような、メディアアートのインタラクション性は全くありません。でも、鏡という物質が備えている原初的なインタラクティビティに立ち戻った、実物を介するインタラクションの作品です」と砂山が手応えを得たとおり、鑑賞者が身につけている服の色や柄、歩き回る動きが鏡に映り、映像と干渉する様子も作品の一部として楽しめるインスタレーションになっている。

虚実が入り混じるなかに価値を見出す

オブジェと鏡像の間や、構造体の中を映像がすり抜けているかに見えるインスタレーションは、非日常(ハレ)と日常(ケ)が曖昧な社会をどう映しとるかという展覧会テーマそのものを表現している。

「現代の私たちの暮らしを、常に何らかのネットワークにつながれている状態から捉えてみると、非日常と日常を、きっぱりとは切り離せないものですよね。非常にドメスティックなことと、非常にパブリックなことが渾然一体となっている日常を過ごしています。その点を受けて、作品では、鏡なのか映像なのか、実像なのか虚像なのかわかりづらい状態をつくり出しました。虚像だから認めないのではなく、虚実が入り混じる状態であっても、それを肯定的に捉える側面に、今の社会や文化の価値があるのではないかと考えたからです」。

そうした曖昧な境界線を緩やかに受け入れることが、現在のデジタルサイネージに新たな可能性を生むのではないか、と砂山は続ける。

「デジタルサイネージは現在、地下鉄構内のように限られたスペースの場所、通行人が多い場所では効果が高いために広告として使用されるケースが圧倒的に多いです。でも、ミラー型ディスプレイをうまく活用できれば、鏡が生む奥行き感との相乗効果が生まれる。情報の伝達に限定せず、もっとグラフィカルな意匠の再生装置として活用できるのではないでしょうか。

今はただ、建築に後からディスプレイを取り付けるといった施工が主流で、建築が育んできた美意識のようなものが、うまく情報化社会とリンクしきれていない。デジタルサイネージに代表されるような21世紀以降の情報文化に対して、新しいデザイン文法が必要です。

ほかのアーティストにも、拡張ミラーを使った実験や表現に挑戦してほしいと思いますね。さまざまな試みを経て、デジタルサイネージのリテラシーが整っていくかもしれませんから。誰かの決定を踏襲できるものではなく、多くの建築家やアーティスト、デザイナーが実際に使った体験から、より良いリテラシーは生まれてくるものだと考えています」。

大通りに面した展覧会場では、自然光の干渉やガラス越しに感じる通行人の気配も、作品を成立させる要素となる。一方的な情報を発信するディスプレイの乱立とは全く違う、デジタルサイネージの新しいあり方をイメージさせる作品を、その場で体験してみてほしい。

また、2019年4月26日(金)には砂山太一と鈴木啓太(PRODUCT DESIGN CENTER)両氏によるトークイベント「2つの像を映す鏡」の開催も予定されている。展示と併せて訪れてみてはいかがだろうか。
(Photos by Aki Kaibuchi)End

○「Libra」を手がけた浜田晶則のインタビューはこちらから。

会期
2019年3月12日(火)~2019年5月11日(土)
10:00〜18:00
※日曜日・月曜日・祝祭日
会場
AGC Studio 東京都中央区京橋2-5-18 京橋創生館1・2階
入場料
無料
ディレクション
中崎 隆司(建築ジャーナリスト、生活空間プロデューサー)
ウェブサイト
https://www.agcstudio.jp/event/3857

ディスカッション 「2つの像を映す鏡」
AGC Studioにて「拡張する鏡」をテーマに、デジタルサイネージのプロダクトデザインやコンテンツなどについてディスカッションを行います。(参加無料)

日時
2019年4月26日(金)
18:30~20:00 (受付18:00~)
登壇者
砂山 太一氏(建築家・美術研究者)
鈴木 啓太氏(プロダクトデザイナー/株式会社PRODUCT DESIGN CENTER代表)
定員
各回70名(事前申込・先着順)
お申し込み
こちらのページで受付中