INSIGHT | アート / カルチャー / 建築
2019.03.20 11:42
2018年のターナー賞にノミネートされたForensic Architecture(フォレンジック・アーキテクチャー)は、ロンドンのゴールドスミス・カレッジを拠点にする人権をテーマにしたリサーチエージェンシー。建築家、アーティスト、映像作家、ジャーナリスト、ソフトウエアエンジニア、弁護士といった15名ほどで構成される。同校は2000年代にダミアン・ハーストやスティーヴ・マックイーンといったスター芸術家を輩出したが、彼らの活動は真逆。アート特有の自己表現をそぎ落とし、建築模型や映像を証拠に真実を解き明かしていく。
フィクションだけがアートじゃない
2018年のターナー賞のラインナップは、時代を反映してか、絵画や彫刻はなく、すべてが映像作品だった。足早にではなく、じっくりと鑑賞することが求められる作品が並ぶなか、最も異彩を放っていたのがフォレンジック・アーキテクチャーの「引き裂かれた1秒の間」(17年)と「グラウンド・トゥルース」(18年)だ。
前者は、パレスチナの遊牧民とイスラエル警察の衝突で起きた死傷事件の真実を、警察が一般公開した赤外線映像と活動家が撮影したビデオをもとに、フォレンジック・アーキテクチャーが追究したもの。当初、イスラエル政府は警察側の正当防衛を主張していたが、双方の映像を解析するなかで、警察が警告なしに発砲したことが判明。フォレンジック・アーキテクチャーがこの事実をネットで発表すると、防衛相は警察の誤報道を認め、謝罪するに至った。にもかかわらず、フェイクニュースではないと主張する首相から、彼らは名指しで批判されている。
後者のグラウンド・トゥルースは、イスラエル政府より不法占拠を問われ、土地を追われただけでなく、その生きた痕跡さえ消されかけているネゲブ砂漠の遊牧民ベドウィンがテーマだ。この地域は、イスラエルとアメリカによって衛星画像に規制がかかるが、彼らはベドウィンの歴史アーカイブの制作を手伝い、その正当性を訴える。
どちらも重いテーマの告発的なドキュメンタリー展示だったが、テート・ブリテンの観客の反応は上々。映像に見入るだけでなく、多くの人が熱心に解説文を読んでいた。
「とても重要な事象が展示によって矮小化される危険性はありますが、展覧会は私たちにとってひじょうに大切な場。アートとはフィクションだけではないことを知ってもらいたいのです」と語るのは、フォレンジック・アーキテクチャーの創設者であり建築家のエヤル・ワイツマン教授。展覧会ではイスラエル出身の彼が自国政府を批判したことに、観客は驚きとともに称賛を贈ったのだ。
データから考察する昨日の考古学
フォレンジック・アーキテクチャーを直訳すると「法廷建築」。彼らはアムネスティ・インターナショナルや赤十字、国連といった団体から武力紛争や人権侵害に関する裁判での空間的な証拠の制作を依頼されている。ワイツマンは自分たちの活動を「フィールズ」「ラボ」「フォーラム」の3つのレイヤーに分けて説明する。
「フィールズとは、実際に犯罪が起きたシーンを指します。考古学者さながらに犯罪を調査しますが、現場へ行けない場合には、できる限りのデータを集めます。続いて、多様性に富んだチームと集めたデータを協議するのが、ラボ。最終フェーズのフォーラムとは、プレゼンテーションのことです。法廷や国会に提出する証拠書類の作成と、一般の観客を相手にする展覧会が含まれます」(ワイツマン)。
法廷での空間的な証拠は関係者しか見ることはできないが、映像ならネットを通じて多くの人々に事実を拡散することができる。さらに展覧会に出展することで、フィジカルな議論やワークショップのプラットフォームができ上がるという考えだ。テート・ブリテンで展示された発砲現場の再現模型は、人々の記憶に残る模型の利点を伝えていた。
「建築家やアーティスト、映像作家が持つ基本的なテクニックは、アート以外にも役立ちます。その際、誰もが持つラップトップコンピュータのソフトウエアが、国家と政府の虚実に立ち向かうための強力なツールになり得るのです。すべてのカメラは、両極の立場から記録されています。つまり、記録を収めている人のレンズやロケーション、動きを通じて撮影される。その映像をもとにした建築こそが、最も重要な視覚的なデバイスとなるのです」(ワイツマン)。
ワイツマンの言葉を補足するために、彼らの小さなプロジェクトと言える「ダマスカス近郊の街、ドュマのケミカルガス攻撃」を挙げたい。18年4月、シリア国営メディアは政府軍がドュマに化学兵器を投下したという疑惑を否定し、反乱軍の仕業と報道した。しかし、不審に思ったニューヨーク・タイムズ紙から依頼されてフォレンジック・アーキテクチャーが調査。最初に撮影を許されたロシア人レポーターの映像をもとに、ブレンダーというフリーソフトを用いて、破壊された建物の残骸と現場に残された円筒弾の関連性を分析した。それにより空爆が政府軍によるものと断定しただけでなく、TVレポートからわずかに漏れる音を拾い、それがクロリンガスであることも証明したのだ。
廃墟と化した建築を証拠に真実を探る。これこそがワイツマンの言う、建築の視覚的なデバイス性なのだろう。「廃墟から真実を探る、まさに現代の考古学のようですね」と尋ねると、「私はこの活動を『昨日の考古学』と呼んでいます」とワイツマンは語った。
身近な街にも潜む人権問題
ワイツマンは、ロンドンのAAスクールで建築を学んだ若い頃より、歴史やアーカイブを通じて真実を追究することに興味があったと言う。彼の考える考古学とは、たった今、起こった事象を探るためのもの。それを紐解くアーカイブは遺跡や古文書ではなく、データや人々から送られてくるソーシャルメディアだ。
また、研究テーマは一貫して建築と暴力の関連性にあると言う。「人権問題と聞くと、多くの人はシリアやアフリカのこととしか思わないでしょうが、実はどこの街にも潜んでいることを忘れてはいけない」(ワイツマン)。それは最新プロジェクト「グレンフェル・タワー火災」を見れば明らかだ。
18年、ロンドン西部の高層公営住宅(通称タワーブロック)のグレンフェル・タワーから火災が発生。短時間で燃え広がり約70名が亡くなった。改修工事の際に耐火性の低い安価な素材の外壁が用いられていたことがわかり、地元自治体に対して抗議デモが起こるなど社会問題に発展しているが、依然として責任の所在や真相は謎に包まれたままだ。
建築が凶器と化したこの事件の被害者の多くは、低所得の社会的弱者や移民だったことをワイツマンは指摘する。「火災の様子を撮影した人たちから映像を募り、1,000を超える数をマッピングすることで、人々の側のストーリーをつくっていきたい」とシンポジウムで語った言葉は力強く映った。
フォレンジック・アーキテクチャーはターナー賞の受賞こそ逃したが、近年その活動に対する世界的注目度はひじょうに高い。彼らのプロジェクトは中東のみならず、メキシコ、インドネシア、欧州にまで及んでいるからだ。ワイツマンはニューヨークのメトロポリタン美術館やドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムにも講演に招かれる。
政治的なことに積極的に関わりたい人は少ないが、異常気象や国際間の緊張、社会経済不安が募る現在、誰もが災害や事故、犯罪に巻き込まれる可能性を否定できない。そのとき、何が信じられるのか。真実を追究する建築家が注目を集める時代に私たちは生きている。
ーーデザイン誌「AXIS」198号より、転載。