デザインの価値を知るのは、デザイナーだけとは限らない。中でも、デザインとの強い結びつきを活かす「料理人」の考えには、学ぶところが多い。一皿の美食体験だけにとどまらず、シェフの感覚が強く反映される店舗、そこで過ごす時間に至るまで、あらゆる細部に彼らのデザインが宿る。
優れた料理人が持つデザインへの眼差しを知り、エッセンスを学ぶための最上の経験は、店へ行き、味わうことに他ならない。だが、そもそも「デザイン」と「料理」の関係性を考える素材が、まだこの空間には足らないかもしれない。
その呼び水となるべく、AXIS Web Magazineでは、各地で腕を奮う料理人へのインタビューと、彼らのスペシャリテを自宅でも楽しめるようにリアレンジしてもらったレシピを紹介する。併せて感じとることで、デザインへの思考を深めるひと時になるはずだ。
連載の第2回目となる今回は、東京・国領「ドンブラボー」の平雅一を訪ねた。
新宿駅から京王線に揺られて30分あまり。調布市国領という郊外の駅に、地元民だけでなく、グルメな舌を持つ人々が足繁く通うレストランがある。イタリアンをベースにした創作料理を提供する「Don Bravo(ドン ブラボー)」だ。都内の実力店だけでなく、本場イタリアの星付きレストランでも修行を重ねた平雅一が2012年に開いた。絶品のピッツアを呼び水に人気を高めてきたが、ここ数年で料理との向き合い方は変わっていったという。
「3年ほど前までは誰も思いつかないような、ゼロから新しいものを考えようとしていました。でも、実際にそういうものは一瞬の感動を呼ぶかもしれないけれど、長続きはしないと思うんです。昔は情報が不足していたから、偶然に生まれたり、失敗が幸運に転じたりして、たしかに新しいものが生まれる可能性があった。今のように新しい情報がいっぱいある時代では、むしろ受け継がれている郷土料理、幼少期からの食体験、それぞれの料理技術といった情報を得てからのほうが、最短距離で目的までたどり着けると考えました」
この話を聞いたとき、全く料理だけのこととは思えなかった。「料理」を他の分野に置き換えたとしても感ずるものがあるはずだ。
「寝る間も惜しんで財産となる情報を得る努力をする。情報を得てから作るのは恥ずかしくもなければ模倣でもない。その前提の先にセンスが出てきます。僕は天才ではないので、作りたいイメージに合うまで何度も試作をしながら深掘りしていきますね。ただ、見失ってはいけないのは『料理は絶対に美味しくなければならない』という本質です。普遍的なゴールを見失ってはいけない」と平雅一は言う。
今回、リアレンジに選んだのは「ブルスケッタ」だ。よく焼いたパンにトマトやモッツァレラチーズを乗せた、イタリアの食堂で親しまれる定番メニュー。日本でも馴染みのある一品だろう。
平雅一も自らこのメニューへ果敢に挑み、ドンブラボーでも新しい看板メニューに昇華しようと試行錯誤しているという。パン、トマト、チーズというある種の完成された組み合わせに、平雅一が加えたのは「鯖の干物」だった。日本古来の食材を、イタリアの伝承とかけわせる。旨味の強い鯖とトマトの酸味が合わさることで、食べる人の期待を裏切るふくよかな味わいが広がっていく。
「修行中は星付きのレストランの料理をカッコいいと感じていたけれど、日本で独立して料理に取り組むうち、改めてイタリアにわたってみると、その土地でずっと続いている食堂のブルスケッタみたいな一皿ほど深い感動があったんです。あぁ、やっぱり本質はここにあるんだ、と思いましたね」
平雅一にとって「デザインの役割」を聞いてみると、「何でもない場所や物に付加価値を与えること」と答えてくれた。今回のブルスケッタやドンブラボーというレストランにも通じる観点だった。
今回のリアレンジレシピでは、焼いたパンの代わりを揚げ衣のパン粉が務める。一見は作るのが難しく思えるが、肝心なのは「鯖の干物を揚げる」というパートだけだ。それゆえに、もし誰かと食卓を囲むのであれば、驚きを生む一皿となる。口内でブルスケッタのように調味されていく楽しさは、食べる人への安心感へと変わっていく。
「イタリア料理にはたしかな郷土性がありますが、スパゲッティーはどの国へ行っても食べられるほどの普遍的な力がある。それだけ、イタリア料理には万人に取り入れられる完成度があるのでしょう。その点こそ、今は見直さなければいけないんだと思っています。だからこそ、アレンジしてもしっかりと料理としてまとまっていく」
料理は作り手だけでなく、食べる側の知識や経験がベースになる感動もある。ブルスケッタという大衆料理が浸透したからこそ、平雅一のアイデアが光る。情報が行き届き、世界とつながる現代において、デザインが成すべき役割のひとつを思い起こさせる一品だった。
今回の料理「ブルスケッタ」
オリジナルレシピ:【鯖とトマトとパンのブルスケッタ】
・パンは丸型のセルクルリングで抜き、焼いておく。
・焼いた鯖の干物 ブラータチーズを重ねる
・トマト ホワイトバルサミコ バジリコで作ったケッカソースをかける。
・トマトパウダーを茶こしでふりかけて完成。
リアレンジレシピ:【鯖干物のカツレツとケッカソースのブルスケッタ】
・フルーツトマトをカットして塩をしておく。
・鯖の干物を薄力粉、卵、パン粉の順につける。
*市販の食パンやパン粉を軽くミキサーにかけておくと、野暮ったさがとれ、食材が際立つ
・180度の油で揚げる。
・揚げた鯖に塩を軽くふる。
・ブラータチーズ、ケッカソース、マヨネーズをかける。
・ハーブサラダをあしらって完成。
*香りが大事になるレシピなので、ぜひハーブサラダは用意したい。ちなみに、平シェフは茨城県神栖市「越田商店」の鯖の干物を愛用。こだわりたい方は、ECサイトでも販売しているのでトライしてはいかがだろう。
「レストランで使っているものを家で試してみるというのも楽しみの一つだと思います」
Don Bravo(ドン ブラボー)
- 場所
- 東京都調布市国領町3-6-43
- 営業時間
- ランチ 11:30-15:00(14:00LO)
ディナー 18:00-23:00(22:00LO)
水曜定休 - 詳細
- http://www.donbravo.net/