REPORT | プロダクト / 建築
2019.03.14 13:20
2019年3月16日より運行開始となる西武鉄道の新型特急車両001系「Laview(ラビュー)」。丸い先頭形状とリビングを思わせる大きな窓は、従来の車両開発の文脈では出てこなかったもので、まさに「今まで見たことがない」と話題になっている。鉄道の概念を覆す新型特急は、どのようにして生まれたのだろうか。新たな方向へと舵を切った西武鉄道、デザインと監修を担った妹島和世とそのチーム、数々の難題をクリアした製造の日立製作所、それぞれに話を伺った。まさに三者異なる領域からデザインの力を引き出したプロジェクトだ。
車両デザインを知らない視点を重視
西武鉄道でそのプロジェクトが始まったのは2015年のことだ。これまで運行していた10000系「ニューレッドアロー」が車両更新の時期を迎え、新型特急を開発する必要が生じたことがきっかけだった。折しも池袋線(池袋-飯能駅)が開業100周年を迎えたタイミングでもあり、次の100年に向け、単なる車両開発ではなく「今までにない新しい特急をつくりたい」と、フラッグシップトレインを目指すこととなった。新たに舵を切るタイミングが訪れたのである。
とは言え、プロジェクトのスタート時のメンバーは車両部車両課の3名のみ。通常の車両開発は、製造会社を入札などで指名し、そこから提案されたプランを採用して進めていく流れだが、今回は抜本的に異なるチャレンジとなる。今までにない、次代の西武ブランドを示唆するような新しい車両をつくるには、ユーザー目線に立った意見が必要になるのではという考えから、社内の鉄道車両にあまり詳しくない、管理部門などの男女6名を登用し、チームを組むこととした。
まず9名でさまざまなリサーチを行った。西武鉄道の特急に対するイメージ調査をはじめ、鉄道の現状を探るべく、他社の特急にも乗りに行った。その結果、出てきた答えが外部デザイナーを起用したい、それも車両デザインを手がけたことのない人がいいというものだった。
車両部の山下和彦は言う。「次の100年に向けて、新しい移動空間や価値観を生み出せるのはわれわれではない。それに長けた人材を登用すべきだと考えたのです」。
まず国内外のデザイナー、建築家を数十名ピックアップし、調査を開始した。結果的に建築家が選ばれたが、リストには工業デザイナーやグラフィックザイナーも含まれていた。車両デザインの未経験者ばかりが候補なので、実力のほどは量りにくい。本や作品を見るなどして情報を補い候補を絞った。そして、妹島和世に白羽の矢が立った。作品が未来を予見させ、女性スタッフを中心に高い支持を得たことが決め手だった。
公園のような車両にする
このプロジェクトで、妹島和世とともに設計デザインの中心的な役割を担ってきた妹島和世建築設計事務所の建築家である棚瀬純孝は、3年ほど前に西武から依頼を受けた際の驚きを今も覚えている。「僕たちは乗り物をデザインした経験がありません。でも依頼は『自由に考えてください』でした」。
では、コンセプトと形をどう定めていけばよいのか。プロジェクトチームと意見交換をしながら動き始めたが、やはり建築を考えるときと同様に、情報収集して分析し、そこからさまざまなアイデアを出して模型をつくっていった。実は車両製造にはさまざまな制約がある。レールや駅舎の形状から車両の長さや車幅、ドアなどの位置は定められ、安全性を担保するための法的な火災基準や構造基準があり、使用できる材料などにも限りがある。「僕らはそれらを知らなかった。最初は席数しか言われていなかったから、妹島と『車両の長さを短くして、車両の数を多くできないのかな』とも言っていたのです。まさに手探りでした」。
「自由」とともに告げられた要望が「西武らしさがほしい」。この路線は、池袋という都心から住宅地を抜け、飯能や秩父の山間へと続く。場所ごとの移り変わりが大きいのが特徴である。そこで特急の速さを示すようなデザインではなく、都市や自然の風景に溶け込むものにしたいと考えた。丸い先頭形状と大型窓ガラスを配置し、アルミの素材に塗装した車両は、どこか愛らしく親しみがもて、都市でも、住宅地でも、自然の中でも不思議と馴染む。
室内は、特急に乗りたいというモチベーションに向き合い考えた。「鉄道は、知らない人同士が乗り、移動する公共的なもの。では、公園のようにできないか。公園は公の空間なのに、そこで本を読んだりして自分の場としてくつろげます。リビングルームのようにくつろげる、公園のような公共の空間をつくりたいというのを念頭にインテリアをデザインしたのです」。
コンセプトが見えてくるまでは、妹島は唸りながら格闘したという。ドローイングとして具体化するにはさらに時間を要し、1年余が過ぎたが、出てきた絵を見た西武鉄道車両部の牛塚勝也は、「驚きました。われわれの常識をはるかに超えていた。空を飛ぶんじゃないかと思った」と当時の衝撃を口にした。
これを実現させるには数々の課題があった。まずは先頭形状である。妹島の描いた真円をつくるには、アルミを球面状に削り出すしか術はない。新幹線は職人が手業の鈑金技術でつくり出すことが知られているが、こちらはデジタル技術で、アルミ材の5割を削っていかねばならない。この技術を得意としているのが日立製作所であった。また通常、広い開口部を持つ車両は骨組みなどで補強する構造だが、Laviewはアルミ中空押出形材を用いたダブルスキン構造である。少ない壁で強度を保つために、押出形材を部分的に厚くするなどして対応した。
風景に溶け込む外装の難しさ
日立製作所笠戸事業所車両システム設計部の植木直治は、「先頭形状の切削は、経験のある技術なので、不安はありませんでした。むしろそこに填めこむ丸いガラスがはたしてできるのか、R形状のガラスで視認性を確保できるのかが懸念材料でした」と語る。彼らにとってむしろ最大の難関は、「風景に溶け込む外観イメージ」。鏡面(バッチ仕上げ)で周囲の景色をはっきり映し出すのではなく、ふんわりと色彩が馴染むような車両をどうすれば実現できるのか。妹島は自身が手がけたルーヴル美術館ランス別館でアルミとガラスを用いながら、やわらかく景色を映し出す壁面を創出した経験があり、そのイメージに近づけるべく、こうすればできるのではないかと技術に対する提案も重ねた。
一見すると、アルミを磨いたようなニュアンスだが、それでは求められる表現を実現できない。ヘアライン仕上げやフィルムを貼ったりもしたが、どちらも妹島のイメージにそぐわず、日立製作所から塗装を提案した。デザインチームは山口県の笠戸事業所に何度も出向き、実際の車両に3種の塗装を施してテストしたが、妹島はその中間色であると指摘した。
車両ができ上がり、編成に並ぶ姿を見たとき、植木は「鉄道の今までのデザインや考え方の殻をひとつ破りました。図面で見たとき以上にすごいと感じた。総ガラス張りの建築のようで、今までの車両には存在しません。妹島さんの意図を感じました」と舌を巻く。日立製作所で植木とともに本プロジェクトを担った谷井靖典も、「今まで車両ってこんなものだろう、先頭形状はこんなものだろうと思っていましたが、今回の001系ができたことで、今後、他の鉄道事業者の考えも変わっていくのではないかと思います」と口を揃える。
西武鉄道の山下は「デザイナーは、曲げないところは曲げない。発想と熱意がすごいですね」と語る。近年人気を集める豪華な観光列車のような設備ではなく、シンプルな特急である。西武鉄道の牛塚は、「デザインって面白いですね、装飾的なものが何もないのもデザインですから。今回の仕事でデザイナーの力を感じました。鉄道にいろいろな創造性があることもわかりました」。
スピードを鉄道の価値として示したり、豪華な内装やサービスを売りにするのでもなく、周囲に馴染み、人々に親しまれ、乗ればリビングにいるようにくつろげるLaview。でも妹島がやりたかったことのすべてが発揮されているわけではなさそうだ。
「電車がしゃべったら、面白いでしょう? 文字が浮かんだり、声を発したり、コミュニケーションができるものにならないかと、考えているんです」と妹島は言う。今は技術的に不可能かもしれないが、妹島にはその続きがある。移動空間としての鉄道は、まだ、可能性を少し開いただけなのかもしれない。(文/石黒知子)
ーーデザイン誌「AXIS」198号より、転載。