見えないところ

年末に元気な男の子が生まれた。7年ぶりの赤ちゃんとの生活は新鮮で、抱き上げると壊れそうな体や、内側が透けるくらい薄く柔らかい肌に毎日感動している。子どもが生まれてからは、産後で無理のきかない奥さんに代わって、主夫業に勤しんでいる。掃除、洗濯、料理に家の中を行ったり来たりしながら、我ながらよく働いている。

普段は家事を任せきりなので、たまには良いところを見せようと、キッチンの目地の汚れを爪楊枝でほじり出し、水垢のついた蛇口の裏を乾いた布でごしごし磨く。冷蔵庫の上やエアコンのフィルターなど、直接目に入らない部分まで掃除がいき届くと、空気がピンと張りだすのがわかる。

ホテルの部屋が気持ちいいのは引き出しに何も入っていないからだと思う。引き出しの中が空なのか詰まっているのか、開ける前から知っている気がする。黒澤 明や小津安二郎は、映像に映ることのない引き出しやタンスの中にも、小道具を入れて撮影したのだそうだ。直接映らなくても、現場に流れる空気や役者の所作を通して、ちゃんと映像に映っている。デザインも裏側や内側など見えない部分まできちんと手を入れると、見える部分の印象が変わるから不思議だ。人はたくさんのことを同時に感じている。

神聖な空間に生まれ変わった我が家も、数日たつと普段の空気に戻ってしまった。見える部分に変化はなくても、ゴミ箱にゴミが溜まり、タンスの上にうっすらと埃が積もり、空気の質が変わっていく。汚れたら掃除するという山と谷をつくらずに、見えない所を日々淡々と小さく更新することが、気持ちの良い空気を保つ秘訣だと清掃員の知人から聞いた。さっきまで赤ちゃんのおでこにあった引っかき傷が、数時間後に消えている。赤ちゃんも内側から更新し続けているから神々しいのだ。