「脱皮するインド」を象徴する、レクサス・デザインアワード・インディア

レクサスと言えば、日本を代表する高級車ブランドであり、日本ならでの美意識や品質の高さをアピールすることで、市場に足がかりを築いてきた。しかし、世界的には後発であるがゆえに、ブランド力ではまだメルセデスやBMWに及ばないところがある。

そこで、「レクサス・デザインアワード」を主催して世界から新しいクリエイティブな才能を発掘するとともに、ミラノデザインウィークへの出展などの文化活動を通じて、ハイエンドマーケットでの存在感を高めていることは、読者の皆さんもご存知の通りだ。

そのレクサスが、地球上で唯一、独自のデザインアワードを展開している国がある。だが、それは、欧米諸国でも中国でもない。意外に思われるかもしれないが、その国とはインドなのだ。

実はインドは、もうすぐ全人口が中国を抜き、2020年代の後半に中間層の購買力が、アメリカ、中国はもちろんEU全体のそれを上回ると予測されている。しかも、海外で成功したインド人投資家や実業家が資金を祖国の成長のために投入する一方で、ヨーロッパで飽和傾向にあるデザイナーたちが流入しつつあるなど、さまざまな好循環の真っ只中にある。

もちろん、まだ社会インフラ的には未整備なところも多く、貧富の差も激しいものの、国民の9割が個人認証にも使えるユニバーサルIDを持ち、スマートフォンの普及台数もアメリカを抜いて世界第2位に位置しており、モバイル系のフィンテックサービスやEコマースが急速に普及中。エンジニアもデザイナーも、活躍すべき領域が数多く存在する。

一方で、インドにおいて認知度の高い日本のブランドでは、合弁企業のマルチ・スズキとして圧倒的なシェアを誇り別格の感があるスズキ、および同社と提携してシェア拡大を目指すトヨタ、塾の公文式などがある。また、パナソニックがインド市場を新事業である医療プロジェクトの試金石として利用したり、ホンダや日産、ソニー、ニコン、キヤノンなども奮闘している。しかし、インド市場に対してより積極的な欧米中韓の企業に比べて存在感が薄いことも事実だ。

そのなかで、今回で2回目となる「レクサス・デザインアワード・インディア」は、インドの若手デザイナー育成を念頭に設けられており、デザインをキーワードにインドにおけるブランドを確立しようとするレクサスの動きは注目に値する。

一般向けの発表セレモニーに先行して行われたメディア向けの発表会において、13にも及ぶカテゴリーの中から、特に学生対象のスチューデントカテゴリーと、既存のテーマに捉われないオープンカテゴリーのみが採り上げられたことも、若者の自由な発想を応援する姿勢の表れと言えよう。

ここでも、その2つのカテゴリーに絞って優勝者と受賞作を紹介するが、すべてのファイナリストと作品については、こちらを参照されたい。

まず、スチューデントカテゴリーでは、「ユニキャスト」と呼ばれる医療用ギプスをデザインしたマヌ・プラサッド氏が優勝した。

ギプスは「ギプスなき所に整形外科なし」と言われるほど重要な装具だが、一般には石膏や特殊な樹脂をまぶした包帯を水との化学反応で硬化させて患部を固定し、完全に固まるまで前者では48時間程度、後者でも30分かかるうえ、使い捨てとなる。

これに対してユニキャストは、樹脂製のシェルを患者の腕に合わせてマジックテープで調整しながら装着する仕組み。ローコストで生産でき再利用も容易であることからインド以外でも幅広く普及しそうだ。

オープンカテゴリーでは、下水管の詰まりを除去するロボットの「クリーンラット」を開発したバンガロールの国立インド理科大学院のプロジェクトチーム(モント・マニ、ヨガンシュ・ナムデオ、ウジャル・ハフィラの各氏)が優勝した。

既存のパーツを組み合わせ、モバイルデバイスから、先端部のカメラの映像を見ながら操縦可能なクリーンラットは、現実の問題を解決するために求められる機能性を比較的安価に実現できるように考えられている。専用のコントローラー不要で、スマートフォンからドローン感覚で制御できるこのロボットも、さまざまな場所や国で活躍できるはずだ。

写真のなかで、青いシャツにジャケット姿で写っているレクサス・インディアのP. B. ベルゴパル社長は、レクサスがインドで固有のデザインアワードを主催する意義について、次のように語っている。

「依然として数多くの環境的、社会的な問題が存在しているのが、インドという国です。しかし、一方では数多くの才能ある人々が育っており、デザインという共通プラットフォームを用いて、それらの問題を解決していける可能性も秘めています。レクサスは、レスポンシブル・ラグジャリー(責任ある豪華さ)を標榜するブランドであり、ハイブリッドモデルを軸に、オーナーが環境に対して貢献できる製品を提供すると同時に、そうした問題解決にあたるデザイナーたちを支援することがブランドの価値を高めることにつながると信じているのです」。

今回の優勝作品は、一見すると地味に感じるかもしれないが、インドでは、デザインや技術は、社会改革につながり多様な人々に恩恵をもたらすべきものと考えられている。その価値が高く評価されたと言える。

今、日本の大多数の企業は、アジア市場をタイあたりまでと捉え、その先はインドを飛び越して、中東やヨーロッパに注目しているものと思われる。しかし、筆者としては、レクサスのようにインドのポテンシャルに着目し、より良い社会をともに築こうとする企業が後に続くことを大いに期待している。End