REPORT | コンペ情報
2019.02.07 19:43
1月下旬、コクヨデザインアワード2018の結果が発表された。ここ数年、同アワードでは、人間の暮らしや生き方の本質にせまるデザインを求めて、コンセプチュアルなテーマを掲げている。今回のテーマは、「BEYOND BOUNDARIES」。情報化が進み、人々の価値観も変化するなかで、国や地域、文化、性別、働き方など、さまざまな境界が取り払われようとしている。一方で、隠れていた境界が明るみになったり、別の新たな境界が生まれることもある。今回のアワードでは「社会や身の回りにある境界を見つけ、それをデザインによってどう乗り越えるかを考えてほしい」と問いかけた。
瞬時に決定。圧倒的なグランプリ
テーマの難易度は高いが、それにしっかり応えるレベルの高い作品が集まった。世界47カ国、1,289点(国内766点、海外523点)の応募作のなかから、頂点に輝いたのは「音色鉛筆で描く世界」(山崎タクマ)。最終審査会では「同アワード史上初めてでは」と囁かれるほどの速さで審査員全員の票を得て、グランプリに決まった。
圧倒的な評価の理由は、テーマ「BEYOND BOUNDARIES」に対する答えとして、新しい視点と強いコンセプトをもつ作品であったこと。「現在の文房具は視覚情報に頼った道具である」と考えた作者が、ペンに専用ホルダーを装着することで筆記時の摩擦音を抽出し、楽器のように書く楽しみを味わえる仕組みとアイテムを提案した。ワークショップで全盲者にプロトタイプを試してもらいながら、一緒につくり上げていったプロセスも、提案の説得力を増した。
受賞した山崎さんは次のように喜びを語った。「これは目の見えない人と一緒につくった製品。さまざまな課題が出て、毎日悩みながらつくったので、最後に評価してもらったことに感謝しています。一方で、世の中にはまだまだたくさんの課題があり、その多くを占めているのは、健常者が日々感じているのではない部分だと思う。この受賞がきっかけとなり、みんなで解決していく方向につながれば嬉しい」。
優秀賞は「すぐ商品化してほしい」ものばかり
続いて優秀賞には、「スマートなダブルクリップ」(豊福昭宏)、「白と黒で書くノート」(中田邦彦)、「Palletballet」(Soch)の3作品が選ばれた。
「スマートなダブルクリップ」は、作者が「クリップで留められた資料は読みにくい」と感じ、それが発明された100年前から変わらない形状を刷新しようと試みたもの。直角三角形のクリップは紙の角に沿うため、ページがめくりやすくなる。審査員たちから「今すぐに商品化してほしい」と声があがるほど、プレゼンテーションやモックアップを含めて総合的にクオリティの高い作品だった。
「白と黒で書くノート」は、灰色の紙に黒と白の文字を書くという新しいノートの使い方の提案だ。暗い色と明るい色の文字は同時に読みにくいという視覚の性質を利用して、大切な箇所を際立たせたり、光と影を描けるなど、ノートにはまだまだ新しい可能性があることを教えてくれる作品だった。
今回は523点の作品が海外から集まり、ファイナリストには4組の海外作者が入った。インドの学生ユニットSoch(ソチ)による「Palletballet」は、ろくろで木の玩具をつくる伝統技術を生かした子どものお絵かき道具。ローカルの手わざに向けたまなざしや、子どもが絵の具を飛び散らせながら、感覚に任せて描画する体験の楽しさ、カラフルで温かみあるモノとしてのたたずまいが、審査員を魅了した。
仕組みや感性が評価された作品も
受賞とはならなかったものの、印象的だったファイナリストをいくつか紹介したい。
「CY-BO」(阿部憲嗣)は、発泡樹脂のやわらかいピースで自由に造形できるモジュールシステムだ。オンラインショッピングの普及で大量に廃棄される梱包用の緩衝材に代わる方法を考えたという。荷物を受け取った人がピースを組み合わせ、小物から衣服、建築といった大きなものまでつくれる。雪のような形の美しさも評価された。
台湾のMingHsi Chou(ミン シー チョウ)による「BGM」は、録音・再生装置を組み込んだ音の絵ハガキ。ビジュアルでインスタントに体験を共有できるSNS時代において、あえて音声と手書きという手段を取り入れ、それを補う人間の想像力に主眼をおいた。
また、中国のShel Han(シャオ ハン)による「Cut-out T-shirt」は、布に施されたガイドラインに沿ってハサミを入れてカスタマイズするTシャツ。丁寧なつくり込みで、カットした造形の驚きと実際に着たくなる服としての魅力が両立している。どちらの作品も、繊細な感性で人間のふるまいや習慣をとらえ直し、アナログで一見手間のかかるコミュニケーションに価値を見出している。アート作品のような、エモーショナルなコンセプトが印象的だった。
審査員「とにかくレベルが高かった」
審査員たちは16回目のアワードについて、「例年以上に作品のレベルが高かった」と口をそろえた。当初、テーマ「BEYOND BOUNDARIES」については、審査員の間で「難しすぎるのでは」という議論もあったという。しかし、植原亮輔は「ふたを開けてみると、プレゼンやモックアップ含めてクオリティの高さに驚いた」。渡邉良重も「このテーマだったからこそできた作品が多かった。ただモノをつくるだけでなく、その先にある考え方をつくってくれた」と感想を語った。
今回、海外作品が全体の4割に達したことも、今後のコクヨデザインアワードを考える上で、ひとつのニュースとなった。6回目の審査となった鈴木康広は、「僕を含め、審査員たちが、コンセプトというよりも、造形そのものに潜んでいる魅力に釘付けになっていた。今までのアワードでは見られない新鮮なまなざしだった」と話す。川村真司も、「日本とは異なる背景でデザインを勉強し、異なる発想や着眼点から生まれてきたバラエティ豊かな作品が集まった。海外作品がもっと増えるとグローバルなデザインコンペとしておもしろくなっていくだろう」。
表彰式後のトークイベントでは、グランプリ受賞者の山崎タクマさんが「モノの提案ではなく、ひとつの考え方を増幅させることでこんなことが起きる、ということを伝えたかった。本当はモノをつくりたくなかった」とコメントした。それに対し、佐藤オオキが「今はデザインの概念が広がって、『体験がデザインである』ということが独り歩きしている。でも僕は、デザイナーが形をつくることから逃げてはいけないと思う。モノをつくることから目を背けないで」と、次世代のデザイナーを励ます場面もあった。
今回の結果を受けて、「(受賞作のクオリティ、海外応募の増加を含め)こんなにうまくいった、と実感をもった回ははじめて。次回、これを越えられるかどうか今は想像ができない」と話したコクヨの黒田英邦代表取締役社長。16年の試行錯誤を積み重ね、自らの殻を破りながら同アワードは確実に進化を遂げてきた。時代を映し、その先のデザインを見すえるアワードの問いかけに、デザイナーたちがレベルの高いクリエイションで応える。単なるコンペを超え、デザインを盛り上げていく活動として、これからも多くのデザイナーやつくり手たちを触発していくことだろう。
コクヨデザインアワード2018のホームページはこちら。