2019年1月31日、東京ビジネスデザインアワード(TBDA)の最終審査および結果発表が東京ミッドタウンで行われた。TBDAの目的は、都内の中小企業とクリエイターの協働による新ビジネスの創出。まず企業から「お題」となる技術や素材を集め、それらに対する提案をデザイナーから募集する。7回目となる今回は126件の応募があり、そのうち企業とクリエイターのマッチングが成立した8チームが最終審査でプレゼンテーションを行った。
最優秀賞は、ビジネスプランのコンペの気迫
最優秀賞を受賞したのは、「『立体視・金属調印刷物』を唯一無二の素材にするための事業提案」。技光堂(板橋区)が開発した、透明樹脂素材に金属と見間違えるほどの高精細な印刷を施し、コンシューマ向けの腕時計事業、B to B向け事業、インターフェース事業などに展開するという内容だ。
タイトルに「事業提案」とあるように、最終審査のプレゼンではチーム代表の今井裕平さんが、具体的なプロダクトにはほとんど触れることなく、いかに市場に見込みがあるか、この事業を成功させるかについて、持ち時間の5分間徹底して審査員にアピールした。その気迫は、ビジネスプランのコンペさながら。今井さんは、「TBDAの主旨は中小企業が成功する事業を立ち上げること。なので、こちらも、いかにそれを想定し、実行可能かということを伝えたかった」と振り返る。
実は、今井さんは、長く経営コンサルティング業務に従事し、2016年度のTBDAで優秀賞を受賞したことをきっかけに独立。デザイン経営を軸に、中小企業の新しい商品・サービスの開発をサポートしている。ちなみに16年度に受賞した、水なしで肌にも貼れる特殊転写シールをつかったウェアラブルメモ「wemo(ウェモ)」は2017年に商品化を果たし、今や世界20カ国以上から引き合いがある人気商品に育っている。
今井さんは、今回受賞した提案について、「腕時計事業やインターフェース事業などをほぼ同時に展開しながら、うまくいったところから広げていく」と意気込みを語った。
メーカーも最初のインスピレーションをあきらめない
優秀賞2組には、「香りの魅力を楽しく学ぶプロダクトの提案」と「灯りと香りで想いを伝えるアロマキャンドルプロダクト」が受賞。奇しくも「香り」をテーマにした提案が並んだが、実は、これらの技術を提供するのは同じグループ会社だ。昭和22年創業のキャンドルメーカー東洋工業と、そこからアロマ・フレグランスの事業を分社化したGRASSE TOKYOである。
「香りの魅力を楽しく学ぶプロダクト」は、アロマオイルと顔料を混ぜた香りの絵の具。香りの仕組みや奥深さを学べる教材として、教育や介護などの領域へと香りの文化を広げる狙いだ。藤井省吾社長は、「香りの絵の具というコンセプトに魅力を感じたが、実現するのが本当に大変だった」と振り返る。「香りは油性で、顔料は水性なので混ざらない。一時は挫折して、油性のクレヨンに転向しかけた。けれど、やはり最初のインスピレーションをあきらめてはいけないと、今年に入って『やはり絵の具でいく』と舵を切り直した」。
一方、「灯りと香りで想いを伝えるアロマキャンドルプロダクト」は、薄型のアロマキャンドル付きメッセージカードで、アロマのリラックス効果と手書きの親しみやすさをかけ合わせた、ありそうでなかった商材。藤井社長はこちらのプロトタイプ開発も手がけた。「2組のクリエイターはそれぞれ特徴も好みも違う。でもマッチングした時点で双方のつくりたいものが明確に理解でき、クリエイター側も柔軟性に取り組んでくれたので、1ヶ月半という短い開発期間でも乗り切ることができた」と話した。
全テーマに応募し、3件のプロジェクトを手がけたクリエイターも
今回、優秀賞「香りの魅力を楽しく学ぶプロダクトの提案」を含む、3つのテーマ賞を受賞したクリエイターがいる。プランナーの清水 覚さんだ。今回初参加で、8つのテーマすべてに2〜3案ずつ応募したという。「以前から中小企業を応援したいという気持ちがあり、魅力的なアワードだと思った。全テーマに応募したのは、技術がどれもおもしろかったから」。3件のマッチングが決まったものの、ひとりでは難しいと判断し、プロジェクトごとにチームを立ち上げて提案の開発に取り組んだ。
香りの絵の具以外では、「手ぬぐいリノベーションプロジェクト」「新たな伝統工芸、金切子」を発表した。「もともと伝統工芸に興味があって、別のプロジェクトにも参加している。伝統工芸の価値を伝えるのが難しいことは知っているが、なんとかそこを正しくビジネスデザインできればと思った」と清水さん。「手ぬぐい」では、江戸から続く歴史と型紙のアーカイブを企業の資産ととらえて、それを生かす仕組みを提案。また「金切子」では、未来の伝統工芸を生み出すような意気込みで、高度な技術力を全面に押し出した商品提案を行った。
3件のプロジェクトに携わって、清水さんは「デザイナーのエゴでモノをつくってはダメだと感じた」と話す。「いくら造形が美しくても、いくらでどのように売られるかまで考えないと。実際にメーカーと組んでものづくりをし、世の中で何が受け入れられて、そのために必要なデザインは何か、といった広義なデザインについて学ばせてもらった」。3件の提案については、今後も商品化の実現に向けてプロジェクトを進めていくそうだ。
すべては成功する事業を立ち上げるために
結果発表の際、廣田尚子審査委員長が異例の報告をした。「審議で、最優秀賞をふたつにできないか、という議論をしていた。結果的に、現在のアワードの仕組みではふたつに授与することはできなかったが、『立体視・金属調印刷』と『香りの絵の具』の評価は、実はほぼ同等、僅差だった」。
廣田委員長によると、「立体視・金属調印刷の提案は、企業の印刷技術がそのままでは安い単価になりかねないところを、多面的にビジネス展開することで、B to CもB to B も同時に成長させていく大きな道筋を描いている。一方、香りの絵の具のビジネスモデルは前者とはまったく異なる。ほかにはない驚きと存在感の商品で、新しい市場を築いていくというものだ。まったく違うが、どちらも東京のポテンシャルをリアルに感じさせてくれる」。
ほかの審査員からも、「初回から審査しているが、今年は特にビジネス提案のレベルが高く、甲乙をつけがたかった」(日髙一樹/デザイン・知的財産権戦略コンサルタント)、「短期間でここまでやれるのかと驚いた。今後のメーカーのあり方のひとつの指針になるのでは」(澤田且成/ブランディングディレクター)、「デザイン業と製造業が未来を見据えた取り組みは全国を見ても類がない」(金谷 勉/クリエイティブディレクター)といった称賛の声が寄せられた。
今回、今井さんや清水さんのように、コンサルタントやプランナーがメインとなって受賞したことは(ただし、どちらもチームのなかにデザイナーはいる)、7年目を迎えたTBDAの方向性を決定づけたと言えるかもしれない。2度の受賞を果たした今井さんはTBDAの意義についてこう語る。「このアワードは勝って終わりではない。事業を立ち上げるために事務局も審査員も全力で支援してくれる。最終プレゼンの前に行われたワークショップでは、メーカーとクリエイターがきちんと契約を結ぶことが大事だと力説された。こんなアワードはほかにはない。ぜひほかの自治体でもやってもらいたい」。
TBDAは単なるデザインのコンペではなく、ビジネスデザインのコンペとして、揺るぎない一歩を踏み出したという印象だ。
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詳しい結果発表は東京ビジネスデザインアワードのホームページから。