萬古焼の展覧会が会期を延長して開催、
内田鋼一(陶芸家)がプロデュース。
コレクター所蔵の品が一堂に会す。

萬古焼をご存知だろうか。国産の土鍋の、実に7〜8割が三重県四日市市を中心とした窯元でつくられているが、この地でつくられた焼き物の名を萬古焼と呼ぶ。そして、煎茶を好む人にとっては、深いこげ茶が特徴の“紫泥(しでい)”の急須の産地でもある。酸素を十分に含んだ状態で焼く酸化焼成に対し、酸欠に近い状態で焼成する還元焼成。急須というと赤い土を酸化焼成で焼いた常滑焼が有名だが、お茶を飲むなら、鉄分を多く含んだ土を還元で焼いてつくられた萬古焼の紫泥急須で、という煎茶愛好家も多い。

土鍋と急須。そして磁器のように白いが、陶器の温かい柔らかさを併せ持ち、オーブンに入れられる半磁器の食器なども多くつくられる萬古焼。その多岐にわたるアイテムとテイストゆえ掴み所のない萬古焼の歴史を紐解き、魅力を探ることができる展覧会「萬古焼の粋」が三重県四日市市の「ばんこの里会館」で開かれている。

▲コレクター垂涎の的、というキューピーさん。「萬古」の刻印が底に押されている。

展示会のプロデューサーは陶芸家であり、「BANKO archive design museum」館長の内田鋼一氏。私が内田さんを初めて知ったのは、小田原のギャラリー菜の花だった。顔も、がたいも四角い感じがして「超合金のヒーロー」のように感じたのを覚えている。けだるい雰囲気で近寄り難かったが、ギリギリまで窯炊きをして、個展初日に、焼きたての作品を車でギャラリーに持ち込む、というハードな日々続いていると聞いた。

才能溢れ、方々から引っ張りだこの人気作家の内田さんだが、親分気質で面倒見が良く、1992年より作陶の拠点としている四日市の萬古焼に対する想いは強い。世界各国の古物を知る目利きでもある内田さんの目から見た萬古焼の魅力を紐解くべく、2015年に自ら館長を務め、開館したのが「BANKO archive design museum」という私設美術館だ。その内田さんをプロデューサーに迎えたBANKO 300th プロジェクトは萬古陶磁器振興協同組合連合会を母体とする実行委員会が主催し、プロジェクトのメインイベントとして展覧会「萬古焼の粋(いき)」が開催されている。

▲BANKO archive design museumとばんこの里会館は歩いて5分。併せて見たいが、定休日がずれているので、両方が空いている木曜・金曜・土曜・日曜をお勧めする。

昨年12月末にやっとのことで見に行けたのだが、2019年2月3日まで会期が延長されたと聞き、再び訪ねてみた。

三重県産の杉を使った印象的な会場構成は1階の導入部分から、3階のメイン会場まで続き、気持ち良い。階段を1段ずつ登りながら、急須の名品を堪能できる。

▲沼波弄山(ぬなみろうざん)がお出迎え。

会場には、沼波弄山(ぬなみろうざん)から始まり、歴史順に展示品が並ぶ。赤絵の茶器からスタートし、細工物、細かな絵、鮮やかな色。そのバラエティに富んだアイテムに萬古焼とはどんな焼き物を指すのだろうかと、戸惑う人も多いだろうが、歩くに従い「次は何が出てくるか」楽しみになってくる。明治に入り、趣味的なアイテムのハッチャケぶりが続く。大正期には、愛らしい頬杖をついたキューピーと骸骨のインク壺。見る人を楽しませると共に、萬古焼の職人の技術を“これでもか”、と見せびらかす。人を喜ばせようというサービス精神は技術を磨くこと、研究を重ねることにもつながる。ときには、研究熱心がすぎ“「萬古の業者に見られると真似される」と他の産地に警戒された”と自嘲する解説もあったが、真似をするにも技術がいるものだ。

萬古焼の土鍋がこれだけ全国に広まったのは、割れにくい土鍋の開発と、営業力の賜物だろう。「ペタライト」と呼ばれるアフリカ原産の膨張率の低い鉱物を入れて、割れにくくする技術はこの萬古で生まれた。特許ものの研究だったが、萬古を全国に知らしめるため、その技術を広く萬古の組合員に公開していき、今のシェアにつながった。

ものを売るには営業が必要だ。展覧会場には全国に広めるために欠かせなかった問屋の存在も知らしめるコーナーがあるのも、「産業である萬古焼」を意識してのことだ。

▲問屋の道具の展示はファサードにもある。

さて、この展示会。いわゆる美術館収蔵の萬古焼とは、並ぶアイテムがどうも違う。今回の「萬古焼の粋」の展示会に展示されたアイテムは、コレクターや窯元に私蔵されていた品々を内田鋼一さんとプロジェクトメンバーが一軒一軒、訪ね、探し、交渉したものだ。美術館や博物館に収蔵されているものなら、今後どこかで展示される可能性がある。だが、今後、これだけのコレクターの所有物を見る機会は滅多に訪れないだろう。

問屋や窯元から集められたものは、彼らの在庫だ。在庫は売って換金してしかるべきアイテムだから、展示会後、どこかに販売され、行方知れずになる可能性もある。これだけのバラエティに富んだ萬古焼が一堂に会し、見ることが出来るのは、後にも先にも今回だけかも知れない。貴重な機会を逃さないでほしい。

▲ 近鉄四日市駅の隣駅の川原町駅からばんこの里会館まではこんな雰囲気のある建物が要所要所に、見られる。

▲倉庫に私蔵というか死蔵されていて、この展示で初めて日の目を見たものもある。展覧会の全貌は図録に収録されているが、モノは実物は見てナンボ、だ。

また、BANKO 300th プロジェクトは2018年度では終わらないようだ。2018年は開祖・沼波弄山の生誕300年。弄山が開窯したのは弄山20歳の1738年と言われているため、20年がかりの壮大なプロジェクトを計画しているとか。今後も、BANKO 300th プロジェクトを定期的にチェックしていきたい。

▲会場の窓からは、萬古の地で採れた土の解説を、風景を見ながら読む、という趣向になっている。

前回のおまけ》

ENSO ANGOホテルのスパニッシュ・ブッフェ・La Rotondaのピンチョスの朝食。ダティルコンベーコンという「ナツメヤシの中にアーモンドを入れてベーコンで巻いた」ものは、ナッツ好きにはたまらなかったです。

萬古焼の粋
ー陶祖 沼波弄山から現在、未来に繋がる萬古焼ー

会期
2018年9月29日(土)~2019年2月3日(日)
※休館:月曜(祝日は開館)・年末年始(12月29日~1月3日)
10時~17時(入場は16時半まで)
会場
ばんこの里会館3階ホール
〒510-0035 三重県四日市市陶栄町4番8号
詳細
http://banko300.jpn.org/bankoyakinoiki