前回予告した通り、京都に新しく出来たホテルENSO ANGOに泊まってきた。
京都は街並みが好きで、学生時代は青春18きっぷを使って、それ以降も定期的に訪ねていたので、ある程度の地理感覚はある。ENSO ANGOは「5棟の分散型ホテル」を謳っている。麩屋町通、富小路通、大和大路通といった聞きなれた名前の通りに、ポツンポツンと建ち、全部でひとつのホテル、という考え方だそう。全体の統括はインテリアデザイナー故内田 繁さんが創設し、数々のホテルや商業空間を手がけてきた内田デザイン研究所。5棟をそれぞれ、著名なアーティストが担当しているが、今回は多治見・ギャルリももぐさの安藤雅信さんが担当された「麩屋町通Ⅰ」を予約。事前に見どころを尋ねるべく、お時間を頂き、伺った。
一見、接点のない内田さんと安藤さんだが、内田さんが岐阜県主催の織部賞(1997年・第1回の織部賞グランプリはエットレ・ソットサス!)で岐阜を廻られた際、ももぐさを訪ねた(ももぐさの開廊が1998年なので、第2回以降のことのよう)。安藤さんが譲る気のない土岐の陶芸家・伊藤慶二さんの一輪挿しを、茶入に見立てて使っていたところ、内田さんがそれを気に入り、どうしても、と言われ、お譲りしたのが最初の出会いだったと言う。宴会で席を共にした際は、内田さんと直接話をするチャンスを逃すまい、と内田さんが提唱された“「弱さ」のデザイン”(ネットで内田さんのインタビューなどが拾えるので、興味のある方は調べると面白いです)に関して尋ね、それに熱心に答えてくださったことは、今でも忘れられない思い出なのだそう。「業界は違うが、内田さんと同じところに思想の基本がある気がする」という安藤さんの言葉に、内田デザイン研究所が、今回の一棟を安藤さんに依頼したことに合点がいった。
今回のENSO ANGOでの仕事は、安藤さんの活動の転換期を決め、そして今の行動の糧となっている“茶道”の考えを随所に散りばめている。特にこだわったのは茶道でいう「結界」。場が変わるごとに床材を変え、その結界となる場所には御影石を敷いた。陰影を意識して、フロントからラウンジに抜ける廊下はできるだけ暗くしてもらうよう指示。その廊下には自作のタイルを嵌め込んだ。
ラウンジに面した中庭は、遠くに山を見るように盛り上げ、サワフタギ(沢蓋木)という落葉樹を植え、根元には安藤さんの彫刻がやはり結界として置かれている。そういえば、2017年に元麻布のKaiKai KiKi Galleryで行われた村上隆さんと安藤さんのトークショーで、村上さんが自分のなかでは消化できない「庭」を、安藤さんはももぐさで、やすやすとつくり上げていることに対して畏敬の念に似たような感想を述べていたことを思い出した。
「5棟でひとつのホテル」のENSO ANGOには各棟に雰囲気の違うラウンジや、棟によっては茶室やキッチンがあり、どの棟に泊まっているかに関わらず、各施設を利用できる。正直、自分の泊まっていない棟に入るのは勇気がいったが、入ってみると泊まり客かどうかのチェックはなく、実にクールな応対だ。程よい距離感で、こちらが困ったときはホテルマンたるサービスをしっかりしてくれる。
安藤さんは「この“干渉しすぎないこと”が、今の時代に合っているんじゃないか」、と言っていたが、まさにそうだ。妻である明子さんのデザインした制服は、従来のかしこまった制服とは一線を画し、緊張感をほぐすのに一役買っている。一泊だけの宿泊だったが、だんだん、楽しむコツが掴めてきて、「離れ」に向かう感覚で、他の棟の扉を開け、内田さんの茶室や、日比野克彦さんのアート作品、アトリエ・オイのインスタレーションを楽しんだ後「麩屋町通Ⅰ」に戻り、ラウンジで中庭を見ながらサービスのべジタブルチップスをつまみに、ワインを飲み、夜の庭を楽しんだ。
一泊とは思えないほどの、充実の宿泊だった。今、「BE OUR FRIENDS(BOF)」というキャンペーン中と聞き、思わず、次はどの棟に泊まろうかと、スケジュールとにらめっこしてしまったのだった。
《前回のおまけ》