2016年度の東京ビジネスデザインアワードでテーマ賞を受賞した「きえすぎくん」は、東京・多摩産の間伐材を使った木製パネルホワイトボードだ。木材の表面に特殊な塗装を施し、専用ペンで文字や絵を描いたり、簡単に消すことができる。木がもたらす温かみ、なめらかな書き味と消し味がウリだ。しかし木は個体差があり、反りや伸縮といった特殊な性質をもつ。プロダクトの品質を安定させるためには、技術的な課題を乗り越える必要があった。
国産材を社会の役に立てたい
――細田木材工業の主な事業について教えてください。
細田悌治(細田木材工業) 昭和6年の創業以来、木製品の加工販売を行っています。「天の恵みである木材を社会のために役立てる」をモットーに、時代のニーズに合わせてさまざまな製品を扱ってきました。現在の主力は、内装材です。住宅、店舗、公共施設などに使う、ドア枠、窓枠、床の巾木、またカウンターテーブルなどの内部造作全般。エクステリア用のウッドデッキも製造しています。
近年の新しい取り組みは、不燃木材の製造です。これまで都心部では、消防法などの関係で公共建築への利用が難しくなっていた。しかし日本政府が国産材の使用を推進するために、公共建築物等の木材利用促進法を制定したので、一定の不燃処理をした木材であれば利用してもよいことになりました。当社では、昨年6月から自社工場に専用の設備を備えて製造から施工まで一貫して行っています。
――東京・多摩地域でとれる多摩産材の活用にも積極的です。
細田 木材を社会の役に立てたいと考えています。東京・多摩地域には終戦後に植林されて23区にも匹敵する森林がありますが、残念ながら輸入材に押され、また消防法により木を使わない建築が増えたため、これらの木材があまり使われなくなり、森林管理がうまくいかなくなった。そのため、東京の木材会社として、なんとか多摩産材に取り組めないかと考えていたのです。
小川 晃(細田木材工業) 多摩産材を使ったフローリングや羽目板などもつくってみましたが、競争相手が多い。リサーチのために多摩の森に行ってみたら、利用されずに放ったらかしになっている間伐材が大量にあったんです。間伐材は家具や建材など大きな製品には向かないけれど、小さいものであれば立派に使える。そこで取り外し可能な木製パネルシステム「スクエアウッズ多摩」をつくったところ、取引先である都民銀行の目にとまり、東京ビジネスデザインアワード(TBDA)というアワードがあることを教えてもらいました。多摩産材を知ってもらえるきっかけになるのではないかと思って参加しました。
最終審査のプレゼンで手応えを感じた
――加藤さんはなぜTBDAへ参加しようと思ったのですか。
加藤陽子(GKダイナミックス) GKダイナミックスは、主にモーターサイクルなどを手がけるデザインオフィスです。私は、そのなかでカラー、グラフィック、素材、仕上げなどのデザインを担当しています。当社では、普段の業務とは別にさまざまな自主研究活動を行っていて、そうした活動のひとつとして、コンペに参加してみたいと考えました。細田木材工業のテーマを選んだのは、木材という素材に興味をもったからです。私たちが普段扱っている材料は金属や樹脂が多いので、TBDAに取り組むなかで知見を得て、業務においてもうまい使い方を学べるのではないか、と。
――なぜ、ホワイトボードを提案したのですか。
加藤 木の力で何かできないかな、と考えていたとき、ふとオフィスのホワイトボードが目に入ったんです。日々ミーティングがありますが、疲れてくるとアイデアも出にくくなる。もし、目の前にある無機質なホワイトボードが木の板だったらもっとリラックスできるのに、という願望からスタートしました。
あと、細田木材のプロフィールを伺った際、加工から塗装まで一貫して行っていることが強みだと思いました。木製パネルのホワイトボードは同社の強みを活かせると考えたのです。
小川 ほかの案に比べて、「当社の技術を工夫して組み合わせれば、できそうだ」という実現性がありましたので、加藤さんの案に決定しました。
加藤 時間がないなかでプロトタイプをつくってもらい、最終審査のプレゼン会場に持ち込みました。皆さん最初は「木の板に直接書いていいの?」と躊躇していましたが、スムーズな書き味や消し味に驚いていましたね。
細田 皆さんの反応に大きな手応えを感じました。木材の一番いいところは、心地良さ。この商品はそれを全面に打ち出すことができるので、ぜひ引き続き商品化を進めていきたいと思いました。
何度も塗装を改良した
――商品化に向けて苦労したことは。
小川 なんといっても、塗装ですね。加藤さんから「木目のテクスチャを生かすため、薄くマットな塗装にしてほしい」というリクエストがあったのですが、マーカーのインクを弾くために厚めにウレタン系塗装を施すとピカピカに光ってしまうんですよ。
加藤 グループインタビューやアンケート調査をしたなかで、「光りすぎると反射して文字が見えない」「ツルツルだと木の質感が損なわれてもったいない」という意見があって、なるべく木の美しさをそのまま見せたいと思いました。
小川 ちょうどよい塗装方法を見つけて一度はよく消えるものができたのですが、再び同じようにつくったはずのものが消えないということもあった。品質が100%安定しなければ商品化はできず、頭を抱えていたとき、ちょうど吉田さんが入社してきたので、この課題に取り組んでもらったんです。
吉田道生(細田木材工業) いい方法がないかと考えながら文房具屋に行って、消し具付きマーカーを買いました。倉庫にさまざまな種類の塗装加工をしたプレートがたくさん置いてあって、片っ端から試し書きをしていきました。するとマットな質感でありながらよく消える塗装のプレートが見つかったので、塗装技術者の小川さんに何度も試作をして改良してもらいました。
小川 これでやっとできると思いました。でも8月の終わりになって、まだ完全に品質が安定していないことがわかった。9月に無印良品のイベントで「きえすぎくん」を展示販売することになっていたので、ショックでした。「一体何がダメなんだ」と必死に本を読んだり、塗料を分析して改良を重ね、なんとかギリギリ間に合わせることができました。
子どもたちにも人気の「きえすぎくん」
――現在、「きえすぎくん」はオーダーメイドで受注していますが、ユーザーの反応はいかがでしょう。
小川 2017年の10月に、東京おもちゃ美術館のイベントに出展をしたら、子どもたちがみんな喜んで書いてくれて、とても評判が良かった。まだ量産体制には入っていませんが、「これならいける」と手応えを感じています。
加藤 当初の提案はオフィスで使う想定でしたが、アンケート調査をしたときに「児童館など子ども向けの公共施設のニーズもあるだろう」という意見があったので、それを目の当たりにできて嬉しかったですね。ひじょうに展開性のある商品だと思います。
吉田 量産に向けた課題は、価格ですね。それと現状使っている杉は柔らかくて傷がつきやすいので、それも改良しないといけない。合板であれば価格も安く、杉より硬い。基本的には杉を使いながら、合板バージョンもつくって、ニーズに合わせていこうと思っています。
会社の技術開発にもつながった
――TBDAに参加し、商品化を行った感想を教えてください。
細田 今回一番感じたのは、中小企業はいい技術を持っているのに、デザインがないからいい商品が開発できない、ということでした。「きえすぎくん」は、加藤さんの提案がなければ、生まれませんでした。
小川 木の上に書いて消すなんて発想はまったくなかったので、今回改めて塗料のことを勉強したし、当社の技術開発にもつながったと思います。大変だったけれど、取り組んでいるときはとても楽しいものです。そしてうまくいったときには、おいしいお酒を飲むことができました(笑)。
吉田 昨今、建築でもプロダクトでも、木を使うという流れは確実にあると思います。日本ではまだ木材利用の規模が小さいですが、触れてもらうことで魅力を感じてもらって、その需要が増えてくるといいと思います。
加藤 最初は、木という素材や技術について知らないことばかりでした。でもプロジェクトを通じて木の魅力や自然の良さを認識することができ、今後のものづくりにも生かしていけたらと思います。私のメイン業務は工業製品ですが、工業製品だからこそ、温かみのあるものにしていきたい。TBDAは、そうした視野を広げてくれるとてもありがたい機会でした。
――2019年1月末には、「WOODコレクション(モクコレ)2019」(東京ビックサイト 2019年1月29日−30日)にも出展するそうですね。多くの人に「きえすぎくん」の書き味、消し味の良さを体験してもらえたらよいですね。今日は、ありがとうございました。(Photos by 西田香織)
きえすぎくん https://wood-kiba.com/woody-art-hosoda/kiesugikun/
細田木材工業株式会社 https://www.woody-art-hosoda.co.jp/
株式会社GKダイナミックス http://www.gk-design.co.jp/dynamics/
2018年度東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html
2018年度東京ビジネスデザインアワード
提案最終審査 – TOKYO DESIGN PRESENTATION –
- 日時
- 2019年1月31日(木) 14:00〜17:00(開場13:30)
- 会場
- 東京ミッドタウン・カンファレンス Room7
(東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー4F) - 定員
- 80名(先着順)
- 参加費
- 無料
- お申し込み
- ご連絡先(企業名、部署、役職、お名前)と出席人数を、メールにて東京ビジネスデザインアワード事務局までご連絡ください。