青森県八戸市の「館鼻岸壁市場」
日本一の朝市と評されるその魅力

▲青森・八戸の館鼻岸壁市場。東雲色に染まった空の下、目の前には海。壁のない空間は人の心の垣根も取り払う。一人客も家族連れも、地元民も観光客も、車椅子もベビーカーもゆったり進む。「久しぶり」と挨拶を交わし、人気商品を隣の客に「半分いる?」と声をかける。朝市は祝祭空間であり生活のひとこまでもある。

日の出までまだ2時間近くもあるというのに、マイカーが列をなし、交通整理の笛が肌寒い空気をひっきりなしに震わせる青森・八戸の「館鼻(たてはな)岸壁市場」の朝市には、生産者と消費者の新しい出会いがある。未明から活気に溢れる同市場を訪れ、その魅力を探った。

午前4時。まだ暗い漁港の岸壁は、もう人の気配に満ちている。次々にテントが設営され、名物のせんべい汁や馬鍋の店では、刻んだ具材が大鍋に投入されていく。長蛇の列の先は、唐揚げ店。2時台から開店を待つ人が並ぶ有名店だ。淹れたてのコーヒーの香りに誘われ、惣菜店からは「味見どう?」と声がかかる。

八戸市の館鼻岸壁朝市は、3月中旬から12月までの毎週日曜、日の出から9時まで開かれる。水平線に朝日が顔を出す頃、300店を超す出店はほぼ準備万端。烏賊、平目、鯖、蟹。りんご、洋梨、桃、地元の糠塚きゅうりに枝豆。初秋の食材は豊かで、普段見慣れた野菜も朝日の下でひときわ色濃く鮮やかに映る。しかも一山100円や200円とあれば、どれも手に取りたくなる。

▲漁港の一角に、L字型にテントが広がる。

商店街と漁港の朝市を統合し、今の朝市が始まって14年。「日本一の朝市」と評判だが、「それは来た人やメディアが語ること」と理事長の上村隆雄さん。八戸を離れた若者たちの、「久しぶりに帰省したら漁港が朝市で盛り上がっていた」というネットでの発信が呼び水となり、国内外のメディアが取り上げ、宣伝せずとも話題になった。出店者が切磋琢磨し、来る人を飽きさせない努力もあって、東日本大震災による休止も乗り越えて活況は続く。

▲布草履の飾りは外国人客が土産に求めていくという。

主な出店は水産物、農産物、その加工品、多彩な飲食。漁業や農業の人々が訪れるから、その道具や仕事着を扱う店もある。商店街の朝市時代から出店するお婆さんは、小さな手押し車に載るだけの商品を積んでやって来る。木工品や手芸品、山野草、鈴虫、金魚。思わぬものも並んでいる。常に数十人が出店待ちしている狭き門だが、特色ある商品を売ろうという気概のある若手の出店は、上村さんも後押しする。Uターンして農業を始めた一家の人参ジュース、代々のりんご農家が取り組むりんご酵母のパンなど、6次産業もその一例だ。自身も帰郷して農家を継いだ上村さんは、「青森県は日本の食糧庫」と胸を張る。ここにしかないものを売ってこそ、と出店者は青森県内と岩手県北部に限定している。

▲地元バンドの生演奏は自然に人を引き寄せる。

訪れる人もまた、7、8割は地元客。買う、食べる以外の楽しみを提供したいと、市内で40年以上営業する喫茶店が始めたライブ演奏には、昔の常連客が子どもや孫と顔を見せる。この日も制服姿の少年少女が身体をゆらして聴いていた。

7時頃には最高潮に見えた人波も、8時を回れば引いてゆき、テントは畳まれ、いつもの漁港に戻っていく。でもまだ9時、1日は始まったばかりだ。「朝市は1週間の終わりで始まり。ここは大人たちが活力を養う場所」と出店者のひとりは口にした。特別な時間を共有し、小さなリセットを経験した人々は、それぞれの日常を、今からスタートさせる。(文/成合明子 写真/五十嵐絢也)End

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デザイン誌「AXIS」 196号 特集「夜と朝」より転載。