東京ビジネスデザインアワード(以下TBDA)は、東京都が主催し公益財団法人日本デザイン振興会が企画・運営をおこなう、都内のものづくり中小企業とデザイナーとの協業による新事業創出を目的としたデザインコンペ。
今回紹介するのは2016年度のTBDAで最優秀賞を受賞し、18年7月に販売を開始した、ペーパージュエリー「ikue」。受賞後すぐには商品開発が進まなかったが、「これをどうしても商品化したい」というデザイナーの熱意と、コンセプトに可能性を感じた製本会社が二人三脚で開発を敢行。一見紙には見えない素材感のギャップと、「製本技術から生まれた」という背景が人びとの注目を集め、滑り出しは好調だ。
新しいスキルや新しい人と出会いたい
――TANTのふたりがTBDAに参加しようと思ったきっかけを教えてください。
原田元輝(TANT) 私がプロダクトデザイン、横山がグラフィックデザインを担当しながら一緒にさまざまなクライアントワークをしてきたなかで、自分たちのオリジナルプロダクトをつくりたい、と思ったのがきっかけです。自分がデザインしたものを最初から最後まで責任感をもって面倒を見たい。またTBDAに参加することで、新しいスキルや新しい人と出会えるのではないか、というのが純粋な動機でした。
横山 徳(TANT) グラフィック専門の私にとってものづくりは新境地で、新たなノウハウを得るという意味でも、いい経験になるのかなと思いました。
――アワードでは、三方金という、書籍の天・地・前小口に金箔を貼る製本の技術に着目して、ペーパージュエリーを提案しました。その狙いは?
原田 三方金をプロダクトとグラフィックデザインをつなぐ中間的なモチーフとして捉えると、ふたりのスキルを生かした面白いものがつくれるのではないかと考えました。紙は文房具など日用品として使われることが多いですが、ジュエリーというアイテムに絞ることで、紙の魅力や可能性を表現したかった。
横山 ほかにもさまざまな案がありましたが、紙との距離感が最も遠いところでジュエリーを選びました。そのギャップから生じる衝撃を与えたかったんです。
――高い評価を得て最優秀賞に選ばれたわけですが、すぐに商品化は進みませんでした。
原田 紙のプロダクトとはいえ、コストも時間も人手もかかる。量産して、品質をコントロールするとなると、乗り越えなければいけないハードルはいくつもあり、アワードでマッチングしたメーカーではその体制をつくるのが難しいということでした。
――それでも商品化を諦めなかったのですか。
横山 「やめよう」とはならなかったです。むしろ、「これからどう進めようか」という感じでした。
原田 まず、製品化のために会社を立ち上げました。もちろん自己資金を出しますが、妥協しないためにお金が必要であれば借りたり、助成金も利用したい。メーカーに問い合わせをするにも、個人では信頼度が低い。無駄な時間を減らしたいと思ったので会社化しました。
それから、ひたすら工場を探して、プレゼンしに行きました。紙を加工する工場と、金を付ける工場、全部で10社は訪ねました。でもなかなかいい反応をもらえなくて。紙の特殊な加工で知られる福永紙工さんから「これができるのは篠原紙工さんしかいない」と紹介してもらい、「これが最後かもしれない」と思いながら面会を申し込みました。
ゼロからつくり方の仕組みを考える
――TANTから連絡があったとき、どう思いましたか。
篠原慶丞(篠原紙工) 普段からいろいろな問い合わせが多いのですが、とにかく会って話を聞きたいと思いました。うちは製本会社ですが、極論、紙や本でなくてもいいと思っているんです。僕は2代目で、本が好きというよりは、製本の技術が好きなんですよ。だから、この業界の発展のために何かできることはないか、といつも考えていて。
――アートディレクターと組んだり、紙や製本にまつわるサロン的な場をつくったり、さまざまな活動を展開していますよね。
篠原 製本業界ってずっと斜陽で、初代iPadが出た時には、僕も本当に「紙がなくなる」と思いました。それで、特殊な本や紙の文具など、いろいろなものを一生懸命やってきたんです。町を歩いていても、革の財布を見つけたら「紙でつくれないのかな」とか、ありとあらゆるものを紙でつくれないかと常に自問している。なので、「ペーパージュエリー」というアイデアが舞い込んできた時、直感的に「会ってみよう」と思ったんです。
――話を聞いて、すぐに商品化をはじめることになったのですか。
篠原 いいえ。実は、三方金は篠原紙工が持っている技術ではないので、自分たちでこの仕事を受けるつもりはありませんでした。美箔ワタナベという箔押しの会社がたまたま三方金の機械を入れたばかりだったので、TANTと引き合わせたんです。そうしたら担当者が、「これは篠原さんじゃないとダメだ」と。「工場が技術を持っているかどうかではなく、どういうつくり方をするべきか、ゼロから仕組みを考えないといけない。むしろ、篠原さんの本領を発揮するべきところではないのか」と言われて、僕も考え方が変わりました。美箔ワタナベも全面的に協力してくれることになり、うちが主導で取り組むことにしました。
――ペーパージュエリーについてはどう感じましたか。
篠原 ふたりはすでに製品にほぼ近いモックをもっていたんです。糊で紙を貼りつけてくるっと回しただけ。こいつらすごいな、と思いました。ふだん扱っている紙や技術を使って、ジュエリーという分野に足を突っ込む概念がなかった。やられた、という気持ち。これが製品化されて、実際に販売されて、それが5年、10年と続いていくさまを想像すると、ワクワクしましたね。そのワクワク感は、どんどん業界が厳しくなっていくなかで、ひとつの明るい未来であることには間違いないと思いました。
主要メンバーは分業せず、全領域を見る
――どのようにこの形をつくるのでしょう。
篠原 まず大きな紙をカットして、次に「丁合い」といって、TANTが設計した色の順番に重ねます。その後、この大きな紙のかたまりに「抜き」を入れて、そこに糊を塗布して「製本」してから「箔押し」の作業をします。実はこれ、本をつくるのと同じ機械、同じ工程でできているんです。最初は製本とは全く違うつくり方を試していたのですが、やればやるほどオーソドックスなやり方になって、気づくと通常の製本と同じことになっていました。
――大変だったところは。
篠原 糊を均等にきれいに塗ることと、箔押しする際の生産性の2点に集約されます。どちらも本をつくるための機械なので、こんな小さいものを加工する想定ではない。でも、さすがに機械の開発までは踏み込めないので、既存の機械でつくらないといけなかった。何度も試行錯誤しました。
原田 篠原さんもデザイナーみたいなアドバイスをしてくれる。デザイナー、つくる人、売る人、といった役割がはっきり分かれているというよりも、ひとつの会社のような感じで進めることができています。
篠原 主要メンバーは完全な分業化ではなくて、各自が得意とする軸足はちゃんと見ながらも、ほぼ全領域をオーバーラップしながら取り組んでいます。
出会えてよかった
――2018年前半は展示会に出展しました。
横山 2018年はじめのメゾン・エ・オブジェ・パリや、5月のIFFTに展示して注目していただきました。パリでは、あえてジュエリーとは違うブースに置かせてもらいました。展示も真っ黒な空間に紙が浮かんでいるなど、「紙には見えないギャップ」を生かしたビジュアルづくりを心がけました。
――7月から販売を開始しています。ジュエリーの評判は?
原田 とてもいいです。生産を待っていただいているお店や友人もいるので、より安定して生産し、ある程度の在庫を持った状態で売っていきたい。1年間いろいろな場所で訴求してみて、さまざまな客層からの評価や、ジュエリーの世界観ついても学んだので、今後さらにブラッシュアップした製品を出していこうと思っています。
横山 最初はソリッドな見た目に合わせて、すこし尖ったビジュアルで訴求していましたが、もっと実物に触れた時の驚きを伝えていきたいと思っています。紙の軽やかさや情緒的なイメージ、それから「もともと本からできている」というあたりを伝えられるよう、コミュニケーションも変化させていくつもりです。
――最後に、このコラボレーションについて感想を聞かせてください。
原田 篠原さんがいなければこのプロダクトは生まれなかった。とても感謝しています。一方で、篠原さんからは製品のことだけではなく、経営論も聞きますし、人生の勉強にもなっている。そのほうが大きいかもしれない。出会えてよかったです。
篠原 僕もすごく勉強になっています。ひとまわり以上も年下の彼らとは、当然、価値観や着眼点の違いもあります。でも、年代も環境も違うふたりを通して、僕らには見えなかった景色を垣間見ることができる。視野が広がりました。これをつくるところからコラボレーションは始まったけれど、人と人のつながり、信頼関係を構築できたのは大きな財産。これからももっと関係性を深めて、切磋琢磨しあい、成長しあっていきたいです。
――ありがとうございました。(Photos by 西田香織)
ikue http://ikue.work/
有限会社篠原紙工 http://www.s-shiko.co.jp/
株式会社TANT http://tant-inc.co.jp/
2018年度東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html