フランス南部にあるアンティーブを訪れる機会があり、街が美しく印象的だったので今回はその様子をお伝えしたいと思います。
アンティーブは、ニースとカンヌの間に位置し、港町として栄えた小さな街です。天気の良い日は遠くに雪をかぶるアルプスの山々が姿を見渡せるそうで、温暖な港町にいながらも雪山を見ることができる素晴らしいロケーションです。その美しさゆえ多くの画家が移り住み、ピカソが数か月間アトリエを構えていたグリマルディ城は、現在ピカソ美術館 (Musée Picasso) となっています。
コート・ダジュールの青く美しい海と心地よい風のなか、気ままな街歩きがスタートしました。
その日は朝から曇り空でしたが、昼前には雲間から陽が差し始めました。美しい海辺の景色に癒されながらも、旧市街の雰囲気が気になります。一体何に惹かれるのか? 深く考えず進んでいくと、いつの間にか細い路地に入り込んでいました。
その路地では気の向くままにカメラのレンズを向けました。オブジェみたいなサボテン、グラフィカルな柵、小窓に置かれた植木や愛らしい花。さらには、色とりどりの窓、扉や窓の合間を塗り分けた壁、タイルや石がはめ込まれた壁。剥がれた壁は塗り重ねの面影を感じ、なんだか画家のパレットのようです。家の壁を大きなキャンパス代わりにしているの?と思うほど、次から次へと味わいある壁が出迎えてくれました。
私には建物の壁が美術でいうマチエール(絵の具その他の描画材料のもたらす材質的効果や絵肌)に思えてくるようでした。塗り重ねてぽってりした厚み、剥がれたままで下地が見える表面の質感、雨が流れた跡は滲みとなり、所々にある塗りムラは味わいとなり……。それらが路地の中で呼応して、街の表情のひとつになっています。ヨーロッパの文化は足し算的、日本は引き算的と言われることがありますが、壁の表面を見ているとその感覚が建築物にも現れているように思えました。
一方で、「さまざまな建物や色が集まっているのに、街の印象が散漫していないのはなぜだろう?」という疑問が浮かびました。色のルールを決めているのかと思うほど周囲一帯は調和しているのです。
観察してみると、壁や窓枠はカラフルですが、パステルカラーでトーンが少し抑えられています。さらに、所々現れる鮮やかな扉の色がアクセントカラーとなっていることで、まるで絵のなかにいるかのような心地よさと楽しい感覚に包まれました。写真を見返すと、今でも美しい絵画的な街の印象が頭の中に広がります。
知らない街の路地を行ったり来たりの街歩き。左右に別れた道をどちらに進むべきか悩んでも、そこに正解はありません。次々と現れる魅力的な壁を追って気持ちの赴くままに歩くことの自由さにとてもワクワクしていました。路地に引き込まれた理由はここにありました。
初めて訪れる場所では、見たことのない発見や驚きにたくさん出会えます。次はどこに足を運ぼうか、そこにある壁にはどんな表情やストーリーがあるのか。どこかの国のとある路地で、また夢中にシャッターを切っているかもしれません。