「モノからコトの時代」と言われるようになり、近年はコトのデザインのほうが増えてきている。そのなかで青栁智士と谷本幹人によるデザインユニット、LUCY ALTER DESIGN(ルーシーオルターデザイン)は、モノからコトまで一貫して手がけ、さらにリアルな体験の場をつくり、立体的なデザインを追求している。
彼らのデザインを初めて知ったのは、2015年の第6回DESIGN TOKYO展だった。
貼り箱職人がつくる美しい紙製の「SHIKAKU」は、ティッシュの膨大な消費とともに廃棄されるボックスに疑問を投げかけ、レフィルという考えを提案する。会場の中で思わず目が奪われ立ち止まったほど、コンセプトに基づいてつくられたデザインの力強さと美しさが際立っていた。
IT企業でのプロジェクトチームから始まった
青栁は現在、39歳。美大で学び、卒業後はインテリアデザイナーとして働き始めたが、「これからのデザイナーはものづくりだけでなく、経営や人事、会計などのスキルを身につけることも必要」と考え、IT企業に転職した。現在28歳の谷本は、大学在学中にアメリカの親戚の家に滞在した際にWebやグラフィックデザインの面白さに出会った。独学で学んでIT企業のインターンとしてデザインの仕事を経験し、卒業後にデザイナーとしてではなく、事業を開発する総合職として青栁のいる会社へ入社した。
同社では、プロジェクトごとに独立採算制をとっていた。当時、複数の事業を管轄する役員だった青栁は、谷本の才能を買ってプロジェクトチームを結成した。
一般的にデザイナーは、クライアントが抱える課題の解決を求められることが多いが、それだけでなく彼らは自ら課題を探し、デザイナーならではの視点で社会のなかに埋もれ見過ごされているものをすくい上げ、解決に導くことを目指した。
「SHIKAKU」を発表し、デザイン賞を受賞。スマホを活用して映画館の雰囲気を味わえる装置「SOLO THEATER(ソロシアター)」は、クラウドファンディングの目標金額を大幅に超過して達成した。そして、「green brewing(グリーンブルーイング)」という日本茶のプロジェクトを立ち上げ、これをさらに発展させるために2017年に会社の株式を買い取りオーナー経営者として独立した。
日常で気軽に日本茶を楽しむために
日本茶のプロジェクト「green brewing」は、さまざまな社会的課題を考えるなかで、その市場に着目して生まれた。抹茶と比べて世界的にあまり知られていないことや、日本ではよく飲まれているが、ペットボトルのお茶と茶道という伝統文化に二極化していて中間がないこと、高齢化や後継者不足によって放棄農園が増えているという問題もあった。「パッケージのグラフィックデザインを変えるだけでは、市場が抱える問題解決にはならないと感じました」と谷本は言う。
彼らは日本茶の価値を見直しし、現代の価値観にアップデートした世界水準の日本茶ブランドをつくることを目標に掲げた。
まず茶葉について考えた。市場に多く出回っているのは、多様な種類を混ぜ合わせてつくったブレンドだ。価格や味を安定させるためだが、均質化を招き、個性を消すことにもつながる。生産者にとっては、自分がつくった茶葉がどこにどのように使われているのかわからないことも問題に感じたという。
そこで産地や生産者によって異なる味の個性や特徴、つくり手の想いを消費者に届けるために、単一農園の単一品種の日本茶ブランドとしてシングルオリジン煎茶「green brewing」をつくった。前職の事業開発経験で培ったノウハウをもとに企画からデザイン、販売戦略、在庫管理まで一貫して自分たちで手がけ、扱う茶葉はふたりが生産者のもとを訪れ、土を触り、話を聞き、味わうなかから選んでいる。
シングルオリジン煎茶「green brewing」を販売する直営店は、東京・三軒茶屋の日本茶カフェ「東京茶寮」、銀座と大阪の阪急うめだ本店の「煎茶堂東京」の3つがあり、多様な種類の中から飲み比べもできる。
「消費者の嗜好は、ますます細分化されてきています。そこで日本酒の利き酒やワインのテイスティングのように、日本茶も甘味や渋味、旨味、香りなど、自分の好みの味を見つける体験の場をつくりたいと考えました」と青栁は話す。
さらに家庭でも手軽に日本茶を楽しんでもらいたいという思いから、急須も開発した。谷本は、「若い人たちの間で日本茶があまり飲まれていない要因のひとつに、急須のデザインやサイズも関係していたのではないか」と感じた。
市場にある急須の形は旧態依然としていて、大きさにばらつきがあり、どのくらいの茶葉を入れればいいのか、市販の日本茶のパッケージに書かれたレシピは曖昧だった。そこで思いきって1人分用の急須をつくることを考えた。ティースプーン1杯(4g)の茶葉を入れれば誰でもおいしく淹れられるように、容量は1杯分の120ミリリットルとした。素材には、耐熱性、靭性(強度)、透明度に優れるトライタンを採用し、特殊技術によって極端に厚く成形することで、持っても熱くない断熱性を持たせ、現代の生活空間にも合うシンプルなデザインと洗いやすい形状にした。
日本茶のプロジェクトからの広がり
シングルオリジン煎茶「green brewing」「煎茶堂東京」「透明急須」は、デザイン賞を受賞。それらのコンセプトに共感したさまざまな企業から声がかかり、コンセプトをはじめ、内装や器のデザイン、オペレーションや事業計画に至るまで全体のディレクションを彼らが手がけた店舗が2018年に2つオープンした。
ひとつは、京都に構えたチョーヤ梅酒の梅体験専門店「蝶矢」。「一粒からつくれる、こだわりの一杯」をコンセプトに、数種類の梅と砂糖、酒の組み合わせを考えて梅酒や梅シロップづくりの体験が楽しめる。もうひとつは静岡市の中心地に開店した製茶問屋「丸善製茶」のティージェラートカフェ「MARUZEN Tea Roastery(マルゼン ティー ロースタリー)」。焙煎する様子や香りを楽しみながら、温度別に焙煎してつくられたジェラートと日本茶を味わえるという、いずれも体験の場としての店舗である。
事業立ち上げから2年間で国内に5店舗が誕生した。直営店は今後、海外展開も視野に入れているという。
目標に掲げた世界水準の日本茶ブランドについては「まだ道半ば」というが、青栁は「生産者の方々と一緒にチームを組んで歩を進めているという思いでいます」と語る。「透明急須を使ってくださったり、大勢で一緒にお店に来られたり、自分のところでつくった茶葉で淹れたお茶を目の前でお客さんが飲むのを見る体験などを通して、今まで以上に協力してくださる生産者の方が増えていて、今、いろいろなプロジェクトの話が上がっているところです」。
谷本は言う。「プレイヤーがたくさんいる開墾された土地ではなく、僕らはブルー・オーシャンの中で開拓していきたいと考えています。市場規模は小さくても文化的素地があり、やり方や視点を変えることで新しい価値を生み出すことができる。そういう市場が他にもまだたくさんあると思います」。
社会とのつながりを大事にしながら、モノからコト、場までと、独自のアプローチで意欲的に挑む彼らの活動に今後も注目していきたい。
青栁智士(あおやぎ・さとし)(左)/LUCY ALTER DESIGN 代表取締役兼クリエイティブディレクター。1979年神奈川県生まれ。2002年武蔵野美術大学卒業。VOYAGE GROUP取締役を経て、LUCY ALTER DESIGNを設立。
谷本幹人(たにもと・みきと)/LUCY ALTER DESIGN 取締役兼クリエイティブディレクター。1990年神奈川県生まれ。2013年慶應大学法学部卒業。VOYAGE GROUPで新規事業開発室室長を経て、LUCY ALTER DESIGNを設立。
LUCY ALTER DESIGN(ルーシーオルターデザイン)/デザインメーカー。青栁智士と谷本幹人によるデザインユニットとして2015年に創業し、「make experience(エクスペリエンスメーカー)」として活動を展開。企画・コンセプト、プロダクト、空間、グラフィック、Web、総合的なディレクション、デザインプロデュースなど、幅広く手がける。社名の由来は、人類の祖先といわれているホモ・サピエンスの「ルーシー」と「オルター(変化させる)」の造語であり、逆から読むと「足るを知る」という意味をかけ合わせている。受賞歴として、銀座の「煎茶堂東京」、京都の「蝶矢」、静岡の「Maruzen Tea Roastery」は、日本空間デザイン協会主催のJCDデザインアワードを受賞。「蝶矢」と「Maruzen Tea Roastery」は、日本商環境デザイン協会主催のJCD Design AwardのBEST100を受賞。「シングルオリジン煎茶」と「透明急須」は、グッドデザイン賞を受賞。「透明急須」はレッド・ドット・デザイン賞を受賞。