INTERVIEW | プロダクト / 建築
2018.11.08 16:29
建築設計と並行しながらテントをはじめとする山道具を制作・販売する「Mountain Gear Project」を展開する建築家ユニット「mikikurota」(三木真平・黒田美知子)。山道具の制作をはじめたきっかけや、二人の建築やものづくりに対する姿勢、そして近作の「豊島区の住宅」について話を聞いた。
Make Your Own Gear――自分のテントを自分でつくる
――設計の仕事と並行してテントをつくりはじめたきっかけをお聞かせください。
三木真平:登山が趣味だったのですが、設計事務所での修行時代はテントを買うお金もなかったので、自分用につくろうと考えたのがきっかけです。当時はウルトラ・ライト・ハイキングという登山において道具の軽量化を重視する考え方が日本に紹介されはじめた時期でした。
その流れでMYOG文化(Make Your Own Gearの略で道具の自作を推奨する動き)を知って、建築家なんだから自分でもやってみようと思ってはじめたのが2013年の「ステラリッジ・ゴースト」というプロジェクトです。
モンベルの「ステラリッジ」という価格的にも性能的にも優れた黄色いテントがあります。非常に人気のあるモデルです。ハイシーズンになると日本のテント場はその黄色いテントで埋め尽くされて、その均質な風景に少し残念な気持ちになります。そこで真っ白に漂白された「ステラリッジ」の幽霊をつくることにしました。
骨組みや縫製などディテールは流用して、素材を白い「タイベック」に変えて軽量化しながら、自分たちが必要とする大きさと形状を設計し直しています。自作の道具でもあり、作品でもあり、日本のテント場の風景への批評でもあるプロジェクトです。
Mountain Gear Project――作品としてのテントを販売する
――その後、山道具を制作・販売する「Mountain Gear Project」が始まりますが、なぜ手作りで、かつ販売をしようと思ったのでしょうか。
三木:建築は言葉と図面で現場の職人さんとコミュニケーションしながらつくるしかありませんが、テントであれば自分たちの手だけで制作が可能です。二人とも職人気質なところがあるので、自分たちの考えたディテールを自分たちの手で最後まで仕上げたいという思いがありました。
一つ試しにつくってみたところSNSで評判が良かったので、販売すれば新しい副業にもなるかもしれないし、それが宣伝になって本業の建築も盛り上がればいいかなと(笑)。
――販売用につくるにあたって苦労はありましたか。
三木:そうですね、市販品はかなり調べましたし、MYOGのwebサイトがとても参考になりました。ボンディングと呼ばれている接着で生地を貼り合わせる方法を採用していますが、いろんなメーカーから素材や接着剤を取り寄せて実験していきました。
黒田美知子:縫うことに関してはプロではないので、自分たちで新しい商品をつくるためにどんな手法があるかを考えたときに、ボンディングという手法が研究できそうなテーマとして見つかったということですね。
三木:生地に使っているキューベンファイバー(軽量繊維を樹脂でラミネートした防弾ベストにも使用される極薄で強靭な生地)も素材として面白いと感じました。山道具は基本的にスペック重視ですが、この素材は光沢もあるし、光を通すのでとても奇麗です。性能だけではない魅力があります。
これは建築や空間にもつながる要素です。安い生地ではないので量産向きではないですが、受注生産なら余分なスペックを削れば手に取りやすい金額に抑えられるのではないかと考えました。だからスペックには納得のうえで、美的な部分を気に入って買ってくれる人がほとんどですね。
実はつくりながら少しずつ仕様を変えているんですよ。ディテールやフォルムをその都度改良して、最新バージョンはSNSでお知らせするようにしています。それも大量生産ではない新しい面白さのひとつですね。一つひとつを作品としてつくることができる。
「豊島区の住宅」――ずれ合いが生みだす柔らかな空間
――近作の「豊島区の住宅」について教えてください。
三木:クライアント夫婦お二人のために設計をはじめた小さな住宅です。将来的に子どもと三人で住めるような家を望んでいましたが、設計中にお子さんが生まれたので、できるだけ空間を広く見せたいと思うようになりました。
敷地は住宅密集地で光が入りにくい場所なので、1階は中心にコアを置いた外に向かう回遊性のプランとしました。窓を四方に空けて、できるかぎり外側向いて生活できるような空間です。2階は逆に、住宅密集地を空にだけは開かれている条件と捉えて、空からの光を最大限取り込んだワンルームとして、そこをリビングとして考えています。
黒田:お施主さんからの要望としても、密集地なんだけど外を感じられる家にしたいというものがありました。それをベースに1階は窓側に居場所をつくり、2階は周りの視線を気にすることなく生活ができるような広くて明るい空間を考えて設計していました。
――明快な構成ですが、その構成が強く見えすぎないようなずらしが随所に効いています。
三木:つくりたい形態が湧き出てくるタイプではないので、まずは幾何学や構造から考えます。今回は線対称や点対称といった対になる状態をつくることからはじめて、少しずつずらしながら全体を構成していきました。
ずれとずれが連続していって、何が正しいのか、どこが起点なのか分からない状況をつくることで、強い幾何学を使っていても自然にとけ込む柔らかで心地よい空間ができるのではないかと考えています。
「顔」をつくる
三木:点や線が逆三角形に集まった図形を見ると顔に見えてしまうという脳の働きが人にはあると言われています。シュミラクラ現象と呼ばれる錯覚の一種なのですが、テントにしても建築にしても、ものをつくるときにはそうした「顔」を大事にしたいと考えています。
この住宅でも、1つの面に開口が2つずつあるように設計しました。本当に人間の顔に見えるかどうかではなくて、いかに建築としての顔をつくるかということです。それが内観に現れて、生活空間としてまとまりがつくれると、住宅としての愛着が生まれるのではないかと。
――外から見てもちょうどバルコニーが顔を出しているように見えますよね。
三木:そうなんです。建物は立体物なので、どの方向からも顔はあって欲しいと考えています。見ることができない面でも顔について考えていますね。見えるか見えないかにとらわれず、内観でも外観でも顔としてどうあるべきか、差別なく考えるようにしています。
黒田:設計段階では形を少しずつずらしてみたり、窓の位置を変えてみたり、1/100スケールの模型をたくさんつくって検討しました。もちろん内部の検討用には1/20や1/30スケールの模型もつくりましたが、この建物の魅力は1/100に詰まっている気がします。
三木:1/100スケールの模型として良いかどうかを判断基準にしていましたね。あまり拡大し過ぎず、中に入り込み過ぎず、引いた視点で検討を重ねていました。1/100の模型の形や開口の空き方はとても気に入っています。
――最後に今後の展望をお聞かせください。
三木:現在はリノベーションや新築のプロジェクトが進行中です。リノベーションは初めてなので思考錯誤しています。難しいのは、建築的な顔がないところですね。建築もテントもまだどこに着地するのか分かりませんが、むしろ着地点は決めずに、これまでと同じように両方とも進めていきたいと思っています。