五十嵐威暢氏のこれまでの50年間にわたるデザインとアートの活動を紹介する展覧会「札幌美術展 五十嵐威暢の世界」展が、10月6日(土)から札幌芸術の森美術館で開催される。グラフィックデザイナーとしての活動が25年、彫刻家に転身してからまもなく25年目を迎える。著書「あそぶ、つくる、くらす デザイナーを辞めて彫刻家になった」(ラトルズ刊)で取材させていただいてから10年が経った今、改めてものづくりに対する考えを伺った。
五十嵐氏は40歳のときに50歳になったら「次のことをしよう」と考え、10年かけて会社をたたみ、彫刻家になる道を選んだ。
1994年からロサンゼルスで10年間活動し、2004年に帰国して神奈川県・秋谷にアトリエを構え、また10年過ごした。いろいろな縁が重なり、現在は札幌に住まいを移し、出身地の滝川市の隣町、新十津川町の廃校となった小学校を改修して「かぜのび」と名付け、アトリエ兼ギャラリーとして2014年から創作活動を始めた。
新作に取り組んだ2年間
「いつか五十嵐氏の展覧会を開催したい」という美術館関係者の長年の思いから、2年前に今回の展覧会の話が決まったという。
本展では、これまでの50年間のデザインとアートの作品を両方紹介する。デザイナー時代の代表作は、誰もが知っているようなサントリーや明治乳業、カルピス、パルコなどのCI、世界的に注目されたアクソノメトリック(透視)図法による、ニューヨーク近代美術館のカレンダーをはじめとするアルファベット作品、電話機やカトラリーのようなプロダクトデザイン、サントリーホールのサイン計画など、平面グラフィックだけでなく立体物も多数手がけたことで知られ、その中から名作の数々が展示される。
アート作品については、2年という限られた準備期間の中ですべて新たに制作しなければならなかった。手がけたもののほとんどは、ロサンゼルスや日本各地に常設されたパブリックアートのため、会場に持ってくることができないからだ。
合板や鉄板に花や葉、月や星といった森羅万象の物をくり抜いた「こもれび」シリーズ、木片やテラコッタを積層させた「Horizontal Feeling」シリーズ、プロペラのような形の合板を絹弦でつないだ「Calligraphy」シリーズなど。今回の木製作品は「かぜのび」で、テラコッタは滋賀県の大塚オーミ陶業で、展覧会に合わせて美術館屋外に永久設置される鉄の作品は石狩市で、ほかに模型なども展示される。
1973年の初個展の際に発表した作品は、新たなかたちで制作したいと考えた。当時、五十嵐氏は29歳。デザイン活動の出発点となった思い入れの深い作品だという。
モチーフは、定規とコンパスを使って描いた初等幾何学の図形を組み合わせた動物。当時はアルミニウムやアクリルの板、布という多彩な素材に墨一色でシルクスクリーン印刷を施した作品を制作した。シルク印刷は、優れた技術と充実した設備で名高い埼玉県の熊沢印刷工芸に直談判したところ、常に新しいことに挑戦したいという考えをもつ熊沢嘉孝社長(現会長)が快く受けてくれたという。
今回、五十嵐氏は「こもれび」などでよく使用する合板に、墨ではなくシルク印刷で彩色した8点の作品をつくることを考えた。熊沢会長と45年振りに再会を果たし、またすぐに快諾してくれたという。合板は、1919年に国内初の合板製造を行い、木の可能性を追求し続けている北海道十勝に工場をもつニッタクスが製作。
2.2m角で厚みが18mm、重さは55kgという特大サイズを含めて計3種類の合板にシルク印刷で刷るという、両社にとって初めての試みとなった。その制作を間近で見せていただいたのだが、オフセット印刷とは異なるシルクスクリーン印刷ならではの存在感が際立ち、落ち着きのあるマットな仕上がりと合板の木目とのコンビネーションは、優しくかつ力強い美しさを放っていた。完成品は、ぜひ会場でご覧いただきたい。
北海道の仕事が考え方を変えた
10年前の著書の取材で伺ったときには、彫刻家に転身してからデザインに対して距離を置いているように感じられた。今回の展覧会ではデザイン作品も展示するという。何か心境の変化があったのだろうか。
「確かに頑なにデザインを避けてきたところがありました」と、五十嵐氏は語る。考え方が少しずつ変わっていったのは、生まれ故郷の北海道の仕事に携わるようになってからだという。
そのきっかけは、2000年に同窓会のために小学生のとき以来、44年振りに滝川を訪れたことだった。高齢化や少子化が進んで、閑散とした街になっていたことに愕然としたという。
同級生らとともにアート活動を通じて街の活性化を図りたいと考え、実家の石造倉庫を修復し活動拠点として、2003年にNPO法人「アートチャレンジ滝川(現:アートチャレンジ太郎吉蔵)」を設立。講演会やワークショップなど多彩なイベントを展開し、道内のホテルやレストラン、公園、保育園、病院、商業施設の彫刻の仕事など積極的に取り組むようになった。
「私にとって『環境』は、デザイナー時代から持ち続けている大事な視点で、日常の環境を豊かにしたいというのが、私が一番目指していることです。どうしたらもっと豊かに高められるか、どうすればそこに到達できるのか。北海道で仕事をするうちに、そういうデザイナーとしての環境に対する視点や考えをアートの世界に持ち込んだほうがいいのではと思うようになりました。そのなかで、アートで街づくりはできないけれど、人づくりはできると思いました。人と人がつながることで、新しい人間関係や環境が生まれる。人の心を動かす力があると感じています」。
改めて問う、デザインとアートの違い
彫刻家に転身してから多くの人に聞かれてきた、「五十嵐氏にとって、デザインとアートの違いとは何か」についても伺ってみた。
「どちらがいい悪いという考えは、昔からもっていません。ただし、ものづくりに対する姿勢は明らかに違って、デザインの世界はクライアントがいて多くの制約のなかでつくりますが、アートには縛りがなく、子どものように遊ぶように自由につくることができる。アートのものづくりで決定的に命取りになるのは、誰かの作品に似ているということ。それによって自分の存在理由が消えてしまうからです。一番大事なことは、オリジナリティ。いかに他人と違う作品をつくるかということをいつも考えています。ものづくりは生きることそのもの、自分の生き方につながっています。つまり、他人と違う生き方ができるかということを、常に自分のなかに突きつけられているとも言えます」。
著書のあとがきには、「ものづくりをもう一度考えてみたい」と書かれていた。その後、何か答えが見つかっただろうか。訊ねると、「以前よりもほんの少し目指すところに近づいたかなとは思うのですが……、まだ今も迷いのなかにいます」と言う。今、デザインとアートの活動がようやく同じ25年経つところで、五十嵐氏にとっての挑戦は「これから」なのかもしれない。
今回の展覧会は、「過去の活動も含めて、改めて自己紹介できたら」と、地元の北海道の人々に対する思いも大きいそうだ。この機会にぜひ札幌や滝川の街中にある五十嵐氏のパブリックアートも見ていただきたい。会期は、2018年10月6日(土)から11月25日(日)までだ。
「札幌美術展 五十嵐威暢の世界」展
デザイナーとしての原点である1973年の個展から、彫刻家としての現在までの仕事の変貌を示すグラフィック、プロダクト、彫刻、約150点が一堂に会する。
- 会期
- 2018年10月6日(土)~11月25日(日)※11月3日以降の月曜休館
- 会場
- 札幌芸術の森美術館
- 詳細
- https://artpark.or.jp/tenrankai-event/igarashitakenobu/
かぜのび 5月から10月までギャラリー・カフェ・ショップを営業。アトリエの見学もできる。
アートチャレンジ太郎吉蔵(A.C.T.) ホームページでは、講演会やワークショップのスケジュールも紹介している。
五十嵐威暢(いがらし・たけのぶ)/彫刻家。北海道滝川市生まれ。多摩美術大学卒業後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程修了。千葉大学、UCLAで教鞭をとったほか、多摩美術大学美術学部二部学科長及び第9代学長を務め、現在、同大学名誉教授。代表作はニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめ、世界40カ所以上の公立美術館に永久保存されている。外務大臣表彰、勝見勝賞、毎日デザイン賞特別賞、IFデザイン賞、グッドデザイン賞など受賞多数。ウェブでは作品の展示施設なども紹介する。展覧会に向けた活動を綴る制作ブログも更新中。