街の多様性が表れたデザインの祭典
ロンドン・デザインフェスティバル 2018 レポート

世界有数のデザイン都市としてのロンドンを促進すべく2003年から始まったロンドン・デザインフェスティバル。今年も9月15日から23日までの9日間、400以上のイベントがロンドン各地で開催された。AXISではフェスティバル開催中のロンドンを取材、数多あるイベントの一部をここで紹介する。

ヴィクトリア&アルバート博物館 プロジェクト

今年、ロンドン・デザインフェスティバルとヴィクトリア&アルバート博物館(以下V&A)によるコラボレーションは10年を迎えた。毎年そのユニークなインスタレーションに注目が集まるなか、今年は7つの作品が披露された。

この「玉ねぎ農園」が展示されている部屋は、1425年以降の希少なタペストリーが展示されているために暗めに保たれた長く狭い展示室。デンマーク出身のデザイナー、ヘンリック・ヴィブスコフはその薄暗さから、この展示室で地下栽培を行うというアイデアを思い付いたそうだ。ファブリックでつくられた玉ねぎと葉のように繁る工業用ブラシとが組み合わさって作品を構成している。実際に作品に触ったり、トンネルのようになっている「農園」のなかを通ったりできるインタラクティブな展示で賑わっていた。

“Dazzled” Design by Pentagram

デザインスタジオ「ペンタグラム」が手がけたのはV&Aのクリエイティブスタジオの一室。足を踏み入れた瞬間、目眩のするようなグラフィックに包まれる。このグラフィックは第一次世界大戦中の英国の船舶に使用された、実験的なカモフラージュから着想を得て、彼らが再解釈し制作されたものだ。カモフラージュに潜んだ読めそうで読めない文字は、ウィルフリッド・ギブソンの詩「Suspense」を用いて抽象化したもの。身を置くだけで自分の身体が呑まれてしまう感覚に陥る空間だ。

“A Fountain for London” Design by Michael Anastassiades

「水飲み場を再びロンドンの街中に!」。19世紀半ばに広く都市部に普及したものの、ペットボトルの台頭によってすっかり姿を消した公共の水飲み場。しかし、プラスチックの大量生産・廃棄問題を抱える現代に再び公共の水飲み場が必要なのでは? そういった状況を受け、このプロジェクトではサウス・ケンジントン・エステートの主導でマイケル・アナスタシアデスによるデザインの新しい水飲み場を発表。ロンドン・デザインフェスティバルのディレクター、べン・エヴァンズ氏は「近い将来、ロンドンの街の至るところでこの美しい水飲み場が見られることでしょう」と展望を語った。

ランドマーク・プロジェクト

ランドマーク・プロジェクトは、ロンドンで有名で人々から愛されている場所(V&A、サウスバンクセンター、セントポール大聖堂、テートモダン、トラファルガー広場など)を舞台に2007年からスタートし、世界で活躍するデザイナー、アーティスト、建築家などとコラボレーションした作品を展示している。

“Alphabet” Design by Kellenberger-White

タイプフェイスを使ったプレイフルなアプローチで知られるKellenberger-Whiteは、ランドマークプロジェクトとして新しいアルファベットチェアを制作。会場になったのはロンドン中心部のフィンズベリー・アベニュー・スクエア。Kellenberger-Whiteは「これは遊び場でありながらアルファベットであり、公共の家具でありながら言葉を持ちます」と話す。その言葉の通り、来場者は26種類のカラフルなアルファベットの椅子から好きな言葉をつくったり、憩ったりできる。それぞれの椅子に使用されている色は、インターナショナルオレンジ(サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジに使用)からコーンフラワーブルー(ミドルスブラのトランスポーターブリッジの色)など、専門の塗料製造業者から選ばれた特別なカラーだ。

“MultiPly” Design by Waugh Thistleton Architects

V&Aの入り口に登場したランドマーク・プロジェクトはウォーシスルトン建築事務所とアラップによる迷路のようなパビリオン。世界的な人口増加による住宅の必要性と、気候変動対策の緊急性というふたつの大きな課題に対してソリューションを提示するもの。アメリカのチューリップウッドでつくられた再利用可能なクロスラミネート材(CLT)パネルシステムを構造に使用することで、モジュラーシステムと持続可能な建設資材の融合を実現した。V&Aを訪れた人々は思い思いに階段を登った結果、思いがけない場所に出てしまうこの建物を楽しんでいるようだった。

“Please Feed the Lions” Design by Es Devlin

トラファルガー広場を舞台にエス・デヴリンが手がけたのは、詩とプロジェクションマッピングを組み合わせたインスタレーション。グーグルとの1年間に及ぶコラボレーションによって完成した。トラファルガー広場にある4つの記念碑的なライオンは過去150年間にわたり鎮座しているものだが、今回のプロジェクトでは「第5の蛍光レッドの詩を詠むライオン」が新たに出現。これは言葉を食べるライオンで、セットされたモニターに「言葉」を入力するとその言葉が詩となりネルソンの円柱にその詩が映し出されるというもの。

“Time for Tea” Design by Scholten & Baijings

ショルテン&バーイングスは歴史あるフォートナム&メイソン店舗で世界各地のメーカーがデザインした80以上のプロダクトを用いて人々をユニークなお茶会に誘うインスタレーションを行った。展示されたのはイタリアの大理石メーカー、ルース・ディ・カララによる床やテーブル、マハラムのカーテンやとカリモク・ニュー・スタンダードの家具、1616/ARITA JAPANの器など。フォートナム&メイソンのシグネチャーカラーであるオーデニール(ナイル水色)に調和するスタイリングが美しい。期間中、ダンサーによるライブパフォーマンスも1日に複数回行われ、人々を魅了した。

ロンドン・デザインビエンナーレ

2016年に初開催し、今回第2回目を迎えたロンドン・デザインビエンナーレ。会場は、テムズ川を望む歴史ある建築物のサマセット・ハウス。ビエンナーレもデザインフェスティバルの一部を成している。2018年9月4日(火)から9月23日(日)までの開催期間に40以上の国や都市、地域から作品が集った。今回のテーマは「Emotional States(感情のあり様)」。持続可能性、移民、環境汚染、エネルギー、都市、社会的平等といった、重要な問題や思想についてそれぞれの国の視点で取り上げている。

▲イタリアの展示。撮影した樹々の写真からさらに1:100のスケールで再描画していったもの。虫眼鏡で見なければ細部まで確認できない、細かな描写に驚かされる。

▲アメリカの展示。顔の筋肉の動きをトラッキングして識別し、同じような感情(筋肉の動き)をしていた人の顔と自分の顔が組み合わさった肖像画が作成される。顔認証の脆さを問題提起するもの。

▲イスラエルの展示。展示室に4人のクリエイターが常駐し、制作のプロセス、ディスカッション、スケッチなどが公開された。彼らの作品にはアイデンティティ、文化、社会問題が浮き彫りになっている。

▲カタールの展示。伝統的なカタール建築を想起させるドームからはそれぞれ異なる香りが噴出される。急速に変化するドーハのような都市の生活に潜むノスタルジーが作品テーマ。

▲オーストラリアの展示。作品は150本の光ファイバーから成る線状のライトはそれぞれが異なる色をしていて、愛の形が十人十色であることを示している。オーストラリアでは2017年に同性間の結婚が合法化された。

ロンドンならではの多様性に富んだ魅力

ビエンナーレの開催期間も合わせると約1カ月もの間、ロンドンでは実にさまざまなデザインの展示・イベントが行われた。世界的に活躍するデザイナーの展示が一堂に会することが大きな魅力ではあるが、実際に見て感じるのはロンドンという街の多様性がフェスティバルのプログラムにも反映されているということだ。

特にビエンナーレがあることで顕著になった世界に対して開かれたロンドンの姿勢は、デザインを切り口に人々が世界の問題に耳を傾ける機会を提供し、そういった土壌でこそ新たな文化が育まれていく可能性を大いに感じさせた。ロンドン・デザインフェスティバルは変化していく街や世界情勢にデザインが呼応していく姿を、これからも世界の先陣を切って示してくれることだろう。End(Photos by Katherine Fawssett)