少し前に、アマゾンが医療分野に進出というニュースが世間を騒がせた。きっかけはピルパック(PillPack)というオンライン薬局のスタートアップがアマゾンの傘下に入ったというニュースなのだが、アメリカの大手薬局各社の株価は1日で1兆円下がったというから、このニュースがいかに大きな衝撃をもって市場に受け入れられたかが想像できる。ピルパックはネットで処方箋を受け付け、薬を1回分ずつ、服薬日時を表記した袋に小分けにして配送してくれるサービスである。アメリカ人の10%が毎日5錠以上の薬を服用しており、飲み忘れや飲み間違いが原因で、毎年多くの人々が命を落としている事実を考えると、シンプルだが意義深いサービスである。
実はピルパックは、僕が米国のIDEOにいたときに立ち上げに関わった会社で、日本で独立してからもプロダクトデザインに引き続き関わっている。創業者のT・J・パーカーは、アメリカ東部の片田舎にある薬局の2代目で、小さいときから顧客のおばあさんたちの家を回って、薬を小分けにしてあげていたのだそうだ。おばあさんたちの喜ぶ顔が、起業の原動力となった。薬科大学時代は隣接する美大に潜り込んで服のパターンづくりの勉強もしていたらしく、デザインへの勘は驚くほど鋭い。彼との仕事は早い。余計な説明をしなくても、すぐにデザインを理解してくれるから、プレゼンらしいプレゼンをしたことがない。
ピルパックはサービスの会社だが、ディスペンサーやパッケージなどプロダクト開発にも多くの時間と労力を注いでいる。チームで時間をかけて開発したパッケージシステムは、昨年ニューヨークのクーパーヒューイット・スミソニアン・デザインミュージアムに永久収蔵されることとなった。プロダクト開発に力を入れるのは、新しいコンセプトにはそれを表象する実体が必要なことを、デザイン好きのトップは直感的に見抜いているからなのだろう。昔から複雑な概念や抽象的なアイデアは、具体的な物とセットで存在してきた。愛情を指輪に仮託したり、十字架や仏像が人智を超えた存在を直覚する手助けをしたりと、古今東西、枚挙にいとまがない。「腑に落ちる」「把握する」「呑み込む」など深い認知を示す言葉はどれも身体の言葉だ。身体を通すとバラバラだった理解が一気に統合されるのだろう。今、配送箱の開封方法の試作を何度も重ねている。些細なことのようだが、それはディテールではないのだ。
ピルパックは今後アマゾンのサービスのひとつとなって、未来の薬局のスタンダードとなるかもしれない。近所のおばあさんへの小さな優しさが、世界中に配達される日を思うと感慨深い。