北海道で、震度7を記録する地震が起こり、気を揉んでいる。震源地から少し離れた場所の知人からはこちらを心配させまい、という配慮もあるだろうが、「電気が切れた冷蔵庫のモノを平らげるのが大変」とか「ビールが冷やせなくて困った」とか明るい返事が返ってくるのは道産子の太っ腹だろうか。そうは言っても、そんな気楽なことを言えない地域もある。とにかく、日常が戻ることを祈りばかりだ。
Webマガジン「AXIS」では、すでにこちらに情報は公開されているが、北海道・旭川のイベントが松屋のデザインギャラリーで9月11日より開催されている。
「旭川木工コミュニティキャンプ」、通称AMCC。「10年続ける」と宣言してスタートしたプロジェクトで、今年が10年目。今回の展示会では、その10年の歩みを振り返る。私は1年目から関わっているのだが、思い起こせば、「最初の一歩」は、とんでもない速さでことが進んでいた。
2009年の1月にデザインディレクターの萩原 修さんが旭川のものづくりの層の厚さに感激したのがそもそもの始まり。「つくる人」「考える人」「売る人」「伝える人」「使う人」が旭川に集まり、制作の現場を見る。共に山に入って木のことを知り、夜は酒を交わして、その場で「何か」が生まれる……という骨子をつくった。そこから「旭川木工コミュニティキャンプ」という名前がついたのだが、今振り返ると、“デザイン”や“クラフト”をいれずに“コミュニティ”を入れたところに、萩原さんの知見があったように思う。拠点となるキャンプ場を押さえ、大治将典さんがロゴマークをつくり、7月には94人が集まることになる(その後は120人から150人を推移している)。
着想から6カ月の準備であれだけのクオリティのことができたことがすでに奇跡だった。私は、このイベントに人を誘うとき「100人規模の大お見合い大会」と、紹介した。お見合いの目的は、つくる人を見つける、デザインする人を見つける、伝える人を見つける……などさまざまだ。そして、この10年でたくさんの子どもとも言える、プロダクトであったり、つながりといった、成果物が生まれてきた。プロジェクトとしての成果は、9月11日からの発表会と会場で販売される冊子でご覧いただける。
ところで、参加したすべての人が目に見える子ども(成果物)を産んだというわけではない。そこから得たモノは、十人十色、千差万別。人によって、ずいぶん、違った話が出てきて、本当に同じキャンプに参加していたのか疑問に思うくらいだが、それこそがこのプロジェクトの魅力だ。その理由は、「旭川の本気」にある。このキャンプは「ホストもゲストもない。みな同じ立ち位置」をスローガンに掲げているが、実際は、旭川の人は旭川で見て欲しいところを本気で探し、その良さをアピールして、最高のおもてなしをしてくれる。
最初の数回はメインの工場見学の場として、旭川市工芸センターの所員が代表的な工場を押さえてくれたのだが、関わる人が増えるに従い次第に工芸センターすら把握していない、マニアックな工房・工場を自分のとっておきのカードのように皆、出し合うようになった。例えば、自分の工具の刃の研ぎを出している研ぎ工場だとか(スケートリンクの整備の刃物も研いでいる工場だった)、合板の工場だとか(10年の間に3カ所は回ったが、それぞれ個性があり、合板を侮ってはいけないと学んだ)、家具の脚だけつくっている職人とか(腕ひとつの職人で、材料を支給され、仕上げて納品するため、自身の在庫はない)、夫妻で営む経木屋さんとか(肉や揚げ物をつつむ、あの経木。個人的には10年でいちばん、感激した工場)、あとから出てくる出てくる……。
少人数のコースに分かれて行動する「マニアックコース」は2年目から参加できるもの。毎年3コースあり、そのどれも魅力的で、選ぶのが難しい。実際にいってみないとその奥深さはわからない。身はひとつなので、すべてのコースに参加できないことが、毎年、歯がゆい。
充実のさまざまなコースのあるAMCCだが、参加者が共通に体験することもいくつかある。夜の飲み会は、これがいちばんの目的として、昼間は働き、夜だけ参加する人も多い。そこは日本の台所、北海道。そして旭川は海は遠くても“北海道のへそ“だから、とびっきりの魚介も集まってくる。1日目は魚介を含めたバーベキュー。2日目はジンギスカン。地元の生ビールを自分で注ぎながら、会話が弾む「合コン」から、いくつものものづくりのカップルが生まれ、子どもである「モノ」や「プロジェクト」「関係」が生まれていった。
そして、もうひとつ大切なのは、「森体験」だ。参加1年目の人は必ず森に行く。森は毎年違う場所になる。間伐を体験したり、自然林に行ったり、植樹を体験したり。広葉樹の自然林と人工針葉樹林の観察なんて、この会に参加しなければできない体験だった。長靴を履き、虫と戦い、坂道を登るハードなものではあるが、森林浴の気持ち良さ、山登りの汗、木を知り尽くした人の解説は、AMCCの醍醐味だと思い、2年以降も許される限り、参加した。この体験から「森を知らずして、木を扱うべからず」と、思うようになる。「材木になるまで」を、人はもっと知るべきだと思う。この森についてはまたいつの日か大いに語りたい。
ここに書いたことはごくごくわずか。展示ではまとまらないのではと思えるほど、みなそれぞれの想いがあるのだが、それでもどうにかまとまりそうだ。この壮大なプロジェクトは、行政の力を全く借りずに、自主運営をしてきたということを頭の隅に置きながら見ていただくと、より一層、面白みと10年続けた「強さ」が伝わるはずだ。
私自身が「10年で一番印象に残ったことは?」と聞かれたら、「人の成長」と答える。10年は侮れない。人との付き合いで、人がどんなに変わるかを実感できたのは、(自分はさておき)本当に面白かった。
会場ではAMCC実行委員による編集で、旭川のデザイン事務所カギカッコがデザインした冊子が販売される。10年をどうにか詰め込み、はち切れんばかりの内容だが、このプロジェクトに参加していなくても、地場のものづくり、地場のコミュニティに関わる人の必携本であることは間違いない。
限定本につき、買い逃しのないように……!
《前回のおまけ》
第748回デザインギャラリー1953企画展
「産地との新しい関わり方 AMCC 旭川木工コミュニティキャンプの10年」
- 会期
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2018年9月11日(火)~10月8日(祝・月)
最終日は17時閉場・入場無料 - 会場
- 松屋銀座7階デザインギャラリー1953
- 詳細
- http://designcommittee.jp/2018/08/20180911.html