決まり切った毎日に疑問を感じたあなたへ贈る一冊
水代優 著「スモール・スタート あえて小さく始めよう」

「丸の内仲通り」をご存知だろうか。皇居と東京駅のちょうど中間あたり、日比谷通りと並行して丸の内を南北に貫く全長1.2kmの目抜き通りだ。かつては金融機関や証券会社の窓口ばかりが並び、週末ともなれば閑散としていたが、いまでは散歩やショッピングを楽しむたくさんの人で賑わっている。

たしかにこの街は心地いい。沿道の建物の軒高は31mに揃えられ統一感があるし、ケヤキ並木の緑も陽射しを和らげてくれる。ただ、街の居心地の良さは、そうした設計だけで生み出せるものではない。目的もなくぶらぶら歩くもよし、ベンチで一息つくもよし、ただ通り過ぎるだけでなく、そこに集う人々がそれぞれの楽しみ方で空間を共有できているかどうかが、街の心地よさを測るモノサシだと思う。

今年5月、この丸の内仲通りに新しい店が誕生した。

店の名は「Marunouchi Happ. Stand & Gallery」。

カフェとともに、いわゆるポップ・アップ・ギャラリーにもなっていて、企業や地域、アーティストなどとの期間限定のコラボレーションによって、メニューの一部や空間のレイアウトなどが変化していくというコンセプトだ。

約10坪のとても小さなスペースだが、小さいからといって侮ってはならない。気象学者のエドワード・ローレンツは有名な蝶の羽ばたきの比喩(『ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすか?』)を用いた講演で、初期入力値のほんのわずかな違いが長期的におおきな変化を生み出すことを示唆したが、この小さな店だって、池に投げ入れられた小石が波紋をひろげるように、街を変えていく可能性を秘めているのだ。

すでにその変化は起き始めている。確実に言えることは、この街に新たな居心地のいいスペースが生まれたということだ。ぼく自身もこの店のファンになったひとりで、これまでなんども足を運んでいる。

燻製の香りが食欲をそそる柔らかいパストラミビーフと複数の野菜から選べるラペ、そしてびっくりするくらい美味しいトーストのプレートが定番だ。静岡のロースタリーの豆を使ったコーヒーは飽きのこない軽やかな味わいだし、新鮮なミントやライムが浮かぶウォーター・サーバーは好きなだけ利用できる。

この店の仕掛け人は、水代優さん。コミュニティづくりやイベントの運営などで地域の付加価値を高める活動を各地で行なっている。いわば「場づくり」の達人だ。

スモール・スタート あえて小さく始めよう」(KADOKAWA)は、水代さんがこれまでの経験をもとに、新しいアクションを起こすためのコツを語った一冊。「新しいことを始めたい!」と思っているけれど、なかなか始められない。そんな人のかたわらに寄り添い、そっと背中を押してくれるような一冊だ。

たとえば、あなたがどこかのデザイン事務所に勤めているとしよう。事務所の主は世間では“先生”と呼ばれるような有名人だが、スタッフにはしばしば理不尽なふるまいをする人物で、職場環境はお世辞にも良いとは言えない。職場と自宅を往復する日々にストレスMAXのあなたは、なんとか新しい一歩を踏み出せないものかと悩んでいる……。(この物語はフィクションです)

この本はそんなあなたのような人のために書かれた一冊といっていい。

書店に行けば、やれAIに仕事を奪われるだの、やれ10年後にはなくなる職業があるだの、不安を煽るような本がやたらと並んでいるが、著者の主張はそうした恫喝型の本とはもっとも遠いところにある。

著者はまず「小さく始めてみること」を勧める。明日からがらりと生き方を変えるのは難しいかもしれないが、おそるおそる小さな一歩を踏み出すことなら出来そうだ。小さく始めるとは、言い換えれば、「動いてみる」ということでもある。変化の激しい時代に、ひとつのところにじっとしていることはむしろリスクになる。だからこそこれからは「小さく素早く動ける人」の時代なのだ。

では小さく始める(スモール・スタート)とは、具体的には何を指すのだろう。

ある人にとっては、それは「副業」かもしれない。友人のイベントのフライヤーを作ってあげるのでもいいし、知り合いのお店を手伝ってあげるのでもいい。あなたが持つスキルや人柄などのリソースを使って、本業以外のことをちょっとやってみるのだ。ぼくにとってのスモール・スタートは「サードプレイス」を手に入れることだった。

サードプレイスというのは、自宅(ファーストプレイス)と職場(セカンドプレイス)以外の新たな居場所のこと。社会学者のレイ・オルデンバーグは、義務ではなく好きでそこにいることや、誰とでも対等でいられることなどをサードプレイスの特長として挙げているが、ぼくの場合は、書評サイトへの参加や、行きつけの飲食店に足を運ぶことなどがこれに当たる。これらはいずれも本業に支障をきたすものではない。それどころか、こうしたサードプレイスがなければ、とっくの昔に心を病んでいたことだろう。

著者はこれまでスモール・スタートばかりしてきたという。だからこそ気がつくことのできたノウハウや心構えが、この本にはたくさん詰まっている。それらの知見はおおいに参考になるはずだ。

背水の陣で会社を辞めて起業するとか、片道切符でNYやパリに渡るとか(どうしてもというなら止めないけど)ではなく、まずは「小さく始めてみること」。実はそれこそがあなたの人生を豊かにするいちばんの近道かもしれない。

ということで、さあ、明日から何を始める?End

今回紹介した一冊

タイトル
スモール・スタート あえて小さく始めよう
著者
水代優(みずしろ・ゆう)
出版社
KADOKAWA
ページ数
240ページ
定価
1,400円+税
購入リンク
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