INTERVIEW | コンペ情報
2018.07.18 13:44
2002年にスタートし、今年16年目を迎えたコクヨデザインアワード。新人デザイナーやデザインを志す学生にとって登竜門的なコンペティションであると同時に、「カドケシ」や「なまえのないえのぐ」「本当の定規」といった受賞作の商品化もこのコンペの大きな特徴だ。毎年、最前線で活躍するクリエイターを審査員に迎えて設定する募集テーマは、世の中の動きに対してデザインには何ができるのか、という問いかけになっている。ものづくりの会社としてデザインを重視するコクヨが、このアワードを通じて目指すこととは? 黒田英邦社長に聞いた。
機能的価値から感性・体験的価値へ
まず、コクヨにおけるデザインアワードの位置づけについて教えてください。
コクヨデザインアワードは、プロダクトを生み出している企業として「デザイン界に貢献したい」という想いと、これからのデザインを担う学生やセミプロの方々に参加していただくことで、「世の中のデザインのクオリティを引き上げたい」という想いから始まったコンペティションです。
同時に、社内においては、アワードの応募作品を見ることで、コクヨに対する期待値を知ったり、「カドケシ」(アワードから生まれたヒット商品)をはじめとする受賞作を商品化するプロセスを通じて、われわれ自身のものづくりを見直し、高める機会ととらえています。
アワードのテーマを見ていくと、世の中の動きとそこに関わるデザインの変遷を見ることができます。特に、2015年の「美しい暮らし」、2016年の「HOW TO LIVE」以降、コンセプチュアルなテーマのもと、感性や体験の価値が重視されています。
文房具・家具という工業製品を扱う会社の宿命として、モノがあふれている世の中で、それでも新しいモノをつくり続けていかなければならない。そのことをどう考えたらいいのか、2015年あたりからすごく真剣に向き合いはじめたんです。
何のためにモノをつくり、何に喜びを感じるのか。社員とたくさん話すなかで、「お客様が商品を使って嬉しくなったり、働き方や暮らしが変わったと実感してもらえたとき、初めて僕たちは本当の喜びを得られる」と感じました。機能や価格も大事だけれど、それに加えてお客様の感性や体験の価値ということについて、もっと想いを馳せなければいけないんじゃないか。アワードを通じて、僕たちも一緒に考えたい、と思ったんです。
2017年「NEW STORY」のグランプリ作品「食べようぐ」は、食品という新しいジャンルの提案でした。コクヨとしても振り切った感があります。
お客様の立場に立てば、プロダクトのカテゴリーというのはひとつの切り口でしかありません。それよりも、そのプロダクトで何を実現できるのか、ということが大切です。「食べようぐ」は、創造性や集中力、コミュニケーションを活性化させるという目的であの提案にたどり着いたわけですが、それはコクヨでオフィス家具やオフィス用品を開発するときと全く同じなんです。僕たちは、「どうしたらオフィスの空間やインテリアで人の働き方を変えられるだろうか」ということを考えて、ファブリックや照明にこだわるわけですが、「食べようぐ」の作者たちはそれを食べ物という全く新しい方法で解決したわけです。「そうそう! 僕たちと同じことを考えている同志だな」という感じでしたね。
毎年、フレッシュな発想の受賞作が生まれることで、社内にはどんな影響がありますか。
近年は、「コクヨはそこまでやっていいのか。ならば、自分もやりたい」という社員の意識の変化を実感しています。そして、「この商品はもっと踏み込んだ表現や開発をしてみよう」と、今までにはなかった企画がどんどん立ち上がっています。
例えばオフィスチェアの「ing(イング)」は、「働いている人がもっと前向きになる椅子」という、新しいカテゴリーをつくる企画から始まりました。従来オフィスチェアは、姿勢を安定させることに重点が置かれてきましたが、椅子が人間の体や脳を活性化させる、という今までになかった提案になっています。
また、「ハコアケ」というカッター付きのハサミは、ネット通販の普及によって多くの人がダンボールを開梱する機会が増えているなか、「ハサミを開いて持つのは危ない」という気づきから生まれた商品。ハサミにカッターの刃を1ミリだけ内蔵することで、安全にテープを切ることができる、ふたつの商材を組み合わせて解決した斬新な提案です。
アワードだけでなく、コクヨのものづくりも、使うシーンや人の感性まで深く踏み込みながら、今までの当たり前にとらわれない、さまざまなトライが生まれてきています。
境界を乗り越えよう
現在、2018年のコクヨデザインアワードの応募期間中です。今年のテーマ「BEYOND BOUNDARIES」について教えてください。
毎年のテーマは、審査員とのディスカッションで決定しています。コクヨとしてある程度求める路線をお伝えはするのですが、それを外部のプロの方々が見たときにどのように世の中に伝えていくとよいかをアドバイスしてもらっています。
今回は、昨年の「NEW STORY」で問いかけた「新しいジャンルとはなにか」ということを、もっと広くとらえてみたい。今ある境界とは何かを考え、それをどうやって乗り越えていくのか。いろいろな越境の提案が集まればいいなと思っています。
境界の越え方はさまざまだと思いますが、どのような想いがありますか。
身近にある境界もあれば、社会的な境界もあります。何を境界と感じるかは、その人が置かれている環境や感性によって変わります。境界を見つけたときに、ぜひ境界を隔てて存在する両者の関係性に注目してほしいと思います。今は交わらないことが当たり前のものでも、境界を越えて俯瞰して眺めたときに、交わることで新しく生まれる世界や関係性が見えてくるかもしれません。柔軟に考えてみてください。
社内でも越境性のあるプロジェクトはありますか。
昨年5月、東京・千駄ヶ谷にオープンした直営のショップ&カフェ「THINK OF THINGS」は、越境しようとしているプロジェクトと言えるかもしれません。アワードと同じような考え方で、自分たちのものづくりや価値を違う角度からとらえなおす「場所」をつくってみよう、という取り組みです。取り組みもそうですが、そこに関わるメンバーもどんどん越境してほしいと思います。
常に固定のメンバーで活動するのではなく、ショップの取り組みに興味を持ったメンバーが、その場所に集まり、多様な関わり方をしながら、次の新しい商品やトライアルが生まれていく。そんな場所にしていきたいですね。
コクヨにはプロダクト、スペース、サービスなど多岐にわたるデザイナーやエンジニアが集まっているんです。何のためにこのプロダクトをつくるのか、どんなプロダクトがあればスペースが成立するのか、といったことを本来考えやすい会社なのです。
「BEYOND BOUNDARIES」はアワードのテーマでありながら、僕たち自身が新しい価値をつくったり難しい課題を解決するとき、いかに越境できるか、という問いかけにもしたい。コクヨのなかにある境界について考えたり、やりたいことにチャレンジするきっかけにもなるはずです。
アワードがデザイン運動になればいい
これから、コクヨデザインアワードをどのように発展させていきたいですか。
世の中にとって意味のあるテーマを設定し、審査員、応募者と一緒に考え、本気で商品化にも取り組んでいくこと。一連のデザイン活動をもっと盛り上げていきたいです。そうした活動は、もちろん文房具・家具以外の領域でも可能だと思うんです。
同じ志をもつパートナーが見つかって、業界やカテゴリーを越えて、この取り組みが盛り上がっていったとき、アワードが「デザイン運動」になった、と言えるのかもしれません。場合によっては、コクヨの冠を外したアワードになるくらい、成長させられたら面白いですね。
大所高所からではなく、ボトムアップの運動ですね。
デザインって、本当は普通に世の中にあるものですよね。人の手垢がついて、日々の生活のなかで経験されていくもの。文房具・家具は人間にとってとても身近なものだから、皆がデザインについて考えるのにとても向いている題材だと思うんですよ。たくさんの人がアワードに巻き込まれていくほど、デザインはもっと広く世の中に伝わっていく。この活動を通じて、いつかそういう日がやってくればいいなと思います。
コクヨデザインアワード2018は、現在エントリー・作品提出を受付中。8月31日(金)まで。詳細はこちらから。