「ぼくの青春は六本木とともにあった」
うーむ、こうして言い切ってみると、なかなかカッコいい。なんだか年季の入った遊び人みたいだ。イメージで言うなら、遊びという遊びはすべてやり尽くした大人の余裕を漂わせる遊び人といったところか。当然、モテモテである。
でも実際には遊びといっても、単に一晩中飲み歩いていただけで、遊びという遊びもやり尽くさないうちにくたびれてしまった大人だ。モテ期もあったが、たぶん絶頂期は小学3年生くらいで、以降モテ曲線は急降下、とうの昔にマイナスの領域に突入してしまっている。
ただ、若い頃、毎日のように六本木で夜を明かしていたことは事実だ。
友人たちとバカ騒ぎをしたり、時にはカッコつけてひとりカウンターに座ったりといろいろだったが、最後は決まって青山ブックセンターに立ち寄った。
深夜の店内は、デザイナーやカメラマンと思しき人々が主な客層で、独特の空気が流れていた。彼らに混じって写真集や建築の本などを眺めていると、さっきまでの宴の高揚感が自然とクールダウンされて、ようやく家路につこうと気持ちが切り替わった。
そんな青山ブックセンター六本木店も、先日38年の歴史の幕を閉じた。
深夜営業をやめてからずいぶんたつけれど、懐かしさもあって閉店日に足を運んだ。この店に通い始めてから、かれこれ30年。あの頃から変わらないのは、いまでも飲み歩いていることと、本を読み続けていることだけだ。
今回、思わぬかたちで、本の紹介のページのお話をいただいた。お題は、「クリエイターのみなさんに読んで欲しい本」。
ふと、あの頃、深夜の青山ブックセンターで居合わせた人たちのことを思い出した。ならば、あの時、ぼくの隣で熱心に本を選んでいた彼らに話しかけるような気分で、本について書いてみようと思う。
初回にご紹介するのは、赤木明登さんの「二十一世紀民藝」(美術出版社)。せっかくだから、青山ブックセンター閉店の思い出に購入した本にした。
赤木さんの職業は塗師。大学卒業後、編集者の仕事をしている時に漆と出会い、30年前に輪島塗の下地職人のもとに弟子入りした。漆器のことなどまったくわからないまま、この世界に飛び込んだという。
ただ、職人としては遅いスタートだったかもしれないが、赤木さんにはひとつ抜きん出た能力があった。それは、考える力だ。にわかには言語化できないようなことを、粘り強く言葉にしていく能力。
本書を読むと、赤木さんは手を動かすことで、その作業を行っていることがわかる。手を動かすこと」と「考えること」が一体となっているのだ。
本書は柳宗悦の「民藝」の思想をベースに、柳の説いた「用の美」や「下手(げて)の美」というコンセプトに対して、赤木さんが21世紀的な解釈を試みた刺激的な一冊だ。
修行を終えて独立を果たしてから、赤木さんは古い器の「写し」を始めた。
なにか高尚な目的があって始めたわけではない。何をつくればいいのか途方に暮れたあげく、そうするしかなかったのだという。能登山中の草木に覆われた廃屋で、なかば土に埋もれて朽ちかけていた器、名もなき職人の手によってつくられた美しい器と出会ったことが、「写し」をはじめるきっかけだった。
「写し」は単なるコピーではない。手を動かすことを通じて、その器がどのような意図のもとにつくられたか、なぜそのかたちが選び取られたのか、器をつくった職人の思考をもういちど辿りなおそうとする試みだ。赤木さんはこのような営みを通して、21世紀ならではの民藝とは何かを考え続けている。
以前あるところで、なぜ日本では、西洋哲学のような体系的な学問が生まれなかったのか、という話を聞いたことがある。西洋の哲学は、古代ギリシアから営々と築き上げられた壮大な知の体系だ。日本では西洋のような体系的な知が生まれなかった代わりに、多くの思想家が生まれた。興味深いことに、それらの思想家たちは、生け花や能、俳句や陶芸など、個別の芸術ジャンルから生まれてきたという。
たしかに思いつくままを挙げても、世阿弥の「風姿花伝」は普遍的な演技論だし、河井寛次郎の「火の誓い」は人類が持つプリミティブな創作衝動に関する深い洞察の書といっていい。この国では、「考えること」は主に、手を動かし、無から有を生み出すクリエイターたちによって担われてきたのだ。
線を引いては悩み、消してはまた線を引く。
土をこねて、指先でなんどもひねっては形を整える。
レンズを向けて、シャッターを押すべき瞬間を静かに待つ。
そうした営みの中から、新しいモノや表現が生まれてくる。それは同時に、新しい思想が生み出される瞬間でもあるのかもしれない。
青山ブックセンター六本木店閉店の日、入り口に置かれた看板には、「検索でたどりつかない本とアイデアを」と書かれていた。その言葉からは、街の名物書店の棚づくりを担ってきた店員の誇りが感じられた。
まだ見ぬ新しい何かを生み出すために、日々試行錯誤、悪戦苦闘しているあなたに向けて、ぼくも検索ではたどりつかないような本を紹介していこうと思う。しばらくの間、おつきあいいただけると幸いです。
今回紹介した一冊
- タイトル
- 二十一世紀民藝
- 著者
- 赤木明登(あかぎ・あきと)
- 出版社
- 美術出版社
- ページ数
- 248ページ
- 定価
- 2,400円+税
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