「ゴードン・マッタ=クラーク展」レポート
5つの変異・変容する空間をくぐり抜ける展示形式で作風を顧みる

▲「リアリティ・プロパティーズ:フェイク・エステイツ」

ゴードン・マッタ=クラークは70年代にニューヨークを中心に活躍したアーティスト。アートだけではなく建築やストリート・カルチャー、食といった分野にも大きな影響を残した。アジアで初となる大規模な回顧展「ゴードン・マッタ=クラーク展」が、東京国立近代美術館で開催されている。

見慣れた日常に介入し空間や時間を変容させる、彼の軽やかで鋭い活動が、彫刻や映像、ドローイング、関連資料など約200点で紹介される。本展の特徴的な展示方法を通して紹介したい。

変容・変異する5つの空間

マッタ=クラークは1943年に生まれ、1978年にすい臓がんで35歳の若さで亡くなった。存命であれば今年で75歳である。今年は没後40周年にあたる。およそ10年という短い活動期間のあいだに、実に多彩な表現活動を行った。そのため、彼の作風をひとことで言い当てることは難しい。

回顧展ではあるものの、例えば時間軸に沿って作品をまとめるような展示ではない(年表はカタログに掲載されている)。ゴードン・マッタ=クラークという人物像を浮かび上がらせたり、活動歴を総括するのではなく、展示そのものによって、彼の作品にいかに介入するかが試みられた。

そうした展示のあり方は、本展の副題「Mutation in Space」が示している。人やモノがとどまり続けることなく出入りし、空間のあり方や人やモノそのものが変容する。マッタ=クラークの活動の舞台となった変容・変異する空間──「住まい」「ストリート」「港」「市場」「ミュージアム」という5つのカテゴリー──によって作品が分類され、展示が構成される。

▲「住まい」に分類される1974年の作品「スプリッティング:四つの角」。再開発のために住人が立ち退きし、空き家となって壊される予定の住宅を電動ノコギリで切断した。家を構成するさまざまな部材やその関係性が「分裂(スプリット)」する。分裂した箇所に沿ってコラージュした写真や、「スプリッティング」の現場を知人らにお披露目した際の当時の記録映像によって、その解釈やイメージはひとつに収斂しない。

「スプリッティング」や「ブロンクス・フロアーズ」「オフィス・バロック」のように、壁を切断したり床を切り抜いたりする建物への直接的な介入は、近年の日本では、ビルのコンクリート・スラブを切り抜いた「ビルバーガー」をはじめとする、Chim↑Pomの「Sukurappu ando Birudoプロジェクト」が記憶に新しい。

ホワイトキューブの外側で展開したプロジェクトを知るためには、周囲の環境もあわせて理解したい。しかし、同時代の東京ではなく、20世紀後半のニューヨークの雰囲気や様子を理解することは難しい。そこで、本展ではマッタ=クラークが制作した当時の都市を知る資料も提示されている。

作品とその時代背景を知る

マッタ=クラークが活躍した時代は、世界経済が急激に成長する1970年代。大規模な再開発が進む都市のなかで、空間や時間への介入や、コミュニティの創出など、今日にも通ずる課題に対して先駆的なアプローチを行った。

1950-60年のニューヨークは鉄とガラスの大都会に変貌する一方で、旧住民は立ち退きや借家料の値上げによって追い出された。マッタ=クラークはインタビューのなかで、「再開発という名の下で、ほとんど存在していないアメリカの過去をきれいに拭い取り、歩道や駐車場で整備していってしまう、そんな衛生的な強迫観念に反発しているんだ」と述べている。

日本でも公開された映画「ジェイン・ジェイコブズ──ニューヨーク闘争都市計画革命」では、マッタ=クラークが生きた同時代のニューヨークの様子を、映像で知ることができる。大規模な都市開発を指揮するロバート・モーゼスと、生活者の視点から疑義を呈したジェイコブズの対立とその背景が、貴重な映像資料を交えながら紹介される。

当時のニューヨークの様子を知るために、本展は動画共有サイトでの手がかりを与えている。例えばYouTubeで「newyork 1970s bronx」といったキーワードで検索すると、「ウインドウ・ブロウ=アウト」の背景となったサウス・ブロンクスの荒廃した様子をうかがい知ることができる。

▲ベルギーのアントワープ旧市街地の取り壊し予定のビルで制作された「オフィス・バロック」。早稲田大学建築学科小林恵吾研究室によって、縮尺1:8のダンボールの模型が製作された。

▲「オフィス・バロック」模型の一部。マッタ=クラークによる写真のコラージュと模型を見比べてみると、空間の変化を感じることができる。

公園のような展示空間

本展の展示デザインは、小林恵吾(NoRA)+早稲田大学建築学科小林恵吾研究室/植村遥が担った。マッタ=クラークという対象を展示することの難しさについて、本展を企画した学芸員・三輪健仁との対談がカタログに収録されている。

会場は「Playground(公園)」というコンセプトで構成された。遊具や舞台装置のような要素が配された展示空間は、ゆるやかにゾーニングが施されている。明確な動線を設けるのではなく、来場者は公園の中のように自由にさまようことができる。

例えば、展示室に設けられた仮設のひな壇は、前方に映写される「フレッシュキル」の映像の鑑賞スペースとしてだけではなく、展示会場を一望する展望台にもなる。

▲「フレッシュキル」投影スクリーンの背面は、工事現場などで使われる仮設の足場で組まれ、その中には「都市の裂け目」といった映像作品が配される。

ミュージアムの空間と制度の外側で活動したマッタ=クラークのプロジェクトが、現代の大規模な再開発が進む東京という文脈のなかに設置されている。「Playground」をくぐり抜けて一歩外に出ると、見慣れた都市の風景もいつもと違って見えてくるだろう。End

ゴードン・マッタ=クラーク展

会期
2018年6月19日(火) – 9月17日(月・祝)
時間
10:00 – 17:00 金曜・土曜は21:00まで
会場
東京国立近代美術館
料金
一般1,200円、大学生800円
詳細
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/gmc/