【ミラノサローネ2018】
ブランドの新しい“顔”を引き出すクリエイター
アルペール×岩崎一郎

コントラクト事業を主軸に、スモールオフィスや個人邸に向けたコレクションを展開するイタリアの家具メーカー、アルペール。今年のミラノサローネでは岩崎一郎とタッグを組んだ新作「KIIK(キーク)」を発表した。

Photo by Marco Covi

ラウンジや作業場、会議スペース、待合室など異なる用途の空間を想定した、ベンチシート、テーブル、オットマン、カウンターテーブルが揃うモジュラー式の家具コレクションだ。

ミラノサローネ会場のスタンドでは、バックレストの有無を選べるベンチシート、三角形、正方形、長方形のテーブル、オットマンとの組み合わせにもフィットするローテーブル、ハイカウンターテーブル、が基本形として紹介された。仕上げ材のオプションも含めると組み合わせの可能性はさらに広がる。

Photo by Young Digitals

岩崎がアルペールのためにデザインを手がけたのは、2010年に発表された「PIX(ピックス)」に続く2度目となる。ピックスでは、サイズ違いのクッションソファを点在させることで、一般的なオフィス家具にはないリズムや表情を空間に生み出すデザインを実現してみせた。

「ピックスは公共の場でよく使われています。開発当時からアルペールとは時間を積み重ねて信頼関係を築いてきました。コントラクトを得意とするアルペールはデザインに対する確固とした信念があり、デザイナーを大切にする一方で、はっきりと要望を伝える企業です。方針が明確なので、コレクションには必然的に“らしさ”が生まれるのだと思います」と岩崎はアルペールの印象を語る。

▲岩崎一郎。

工業デザインがベースにある岩崎にとって、制約があり、技術力の前提があって進めるデザイン開発は慣れたものだが、コントラクト家具にはコントラクトなりの魅力があると話す。「今回はモジュラー式の考え方に時間をかけました。空港、オフィス、銀行、美術館、大学……。そこで使われる家具に求められる役割はさまざまですよね。人を待っていたり、休んでいたり、食べたり、遊んだり。いくつものコンテクストが複雑に介在するという点で、私にとってはおもしろい挑戦になりました。異なる場面で、人々がどのように集まるのか、そして動き出すのか、といった感覚的な動きを探りながら、形を導き出しました」。

例えば人が滞在する場合の動きについて、カウンターテーブル=立つ、ベンチシート=座る、オットマン=寝転ぶ、という3つに絞り、織り交ぜながらシステムを組んでいった。種類が多すぎて煩雑にならないように、なおかつ、簡単に組み合わせられるような、空間を大きく仕切るような考え方だ。「サイズ感を整理して余計な部分をそぎ落とし、最小単位で構成することができるようになりました。使う人にとっては、相手との距離感をコントロールできる家具であり、居心地さえ変えられるはずです」。

Photo by Marco Covi

Photo by Marco Covi

スタンドの最前面で展示されたミラノサローネ会場では、来場者がキークを自由なスタイルで試している様子が印象的だった。ミドルサイズのカウンターテーブルに腰掛けている人、オットマンをローテーブルのように使っている人……。ピックスとの組み合わせにも違和感がない。ピックスが空間に抑揚を加えるアクセントならば、キークはその空間自体を支える骨格にあたるだろう。主張しすぎることなく、かつ、役立つものとしての存在価値と機能性が最優先されるコントラクト家具として、ミラノサローネのような華々しい場でも確実に注目を集めた。

「ミラノサローネはビジネスの場です。決してネガティブな意味ではありません。単にフォトジェニックなものを見せて終わるのではなく、世界中から集まる人々に実際に体験してもらい、共感してもらえる大切な機会だと考えています」。岩崎がそう語るように、インテリア性が高い家具が集結する場で得られる評価は、ケルンメッセで開催される「オルガテック」などのオフィス家具専門の見本市とは異なる意味を持つ。キークの静かな存在感は、一過性の話題づくりに終わらず、長く愛用されるコレクションになる予感を彷彿とさせていた。