REPORT | インテリア / 見本市・展示会
2018.06.21 16:00
今年、ミラノデザインウィークに高級ウオッチブランド「グランドセイコー」として初出展を果たしたセイコーウオッチ。常設のデザインミュージアムをもつトリエンナーレ美術館内のひと部屋を会場に、特別展「The Flow of Time」を開催した。展示でスポットを当てたのは「スプリングドライブ」ムーブメントだ。
スプリングドライブとは、「機械式時計に用いられるぜんまい駆動でありながら、クオーツ式時計の制御システムである水晶振動子からの正確な信号で制御することで、従来にはない、日差1秒以内という高精度を実現したセイコー独自の駆動機構」のこと。1秒ずつカチコチと時を刻むのではなく、流れるように動く秒針が最大の特徴だ。1999年、構造から20年以上の開発期間を経て誕生したという全く新しい領域へと進化を遂げた腕時計として、グランドセイコーの主要モデルに搭載されている。
今回の「The Flow of Time」は、このスプリングドライブに2組のクリエイターが取り組み、それぞれが改めて見出した「時の流れ」を表現するインスタレーション作品だ。腕時計としてのスペックを紹介する展示とは一線を画す、エモーショナルな空間が創出された。
薄暗い展示会場の壁面全体に映し出された映像作品は、夜空の星や雨模様、桜吹雪といった自然界の時の流れをモチーフにしている。映像クリエイターの阿部伸吾とフォトグラファーの大木大輔が手がけた映像作品は、文字盤上を流れるように進むスプリングドライブの秒針のイメージから生まれたもの。多重露光と長時間露光を合わせた表現で、よどみなく動き続ける自然界の時間を切り取ってみせることにより、スプリングドライブが時間を“知る”道具から、“感じる”装置へと昇華させた進化の過程を映像に閉じ込めたという。
その巨大な映像を背景に、12個の透明なオブジェが整然と並んでいた。実際にスプリングドライブを構成する200もの部品が封じ込められた、無垢のアクリル樹脂製のオブジェだ。部品の周辺にはLED球が配され、部品が微弱な電気を発する様子を暗示しながら小さく瞬いていた。
入り口付近から会場奥へと進むにつれて、アクリルに封入された部品が少しずつ組み上がっていく。1本目では200の部品がばらばらに封入されいたが、12個目のオブジェでは、完成したムーブメントが実際に動き、アクリルの中で時刻を表示していた。また、オブジェの形状も円柱に近い形から少しずつ球体状に近づいていき、最後には水滴を逆さにしたような有機的なオブジェに到達。それぞれのオブジェに背後の映像が映り込んでいる様子もまた、「時の流れ」を表現している。
オブジェを制作したTAKT PROJECT吉泉 聡は、「ぼんやりと空を眺めたり、日の出や夕日に太陽の動きを感じたりするような、誰もが体験したことのある感覚を思い出してほしいと考えました」と話す。インスタレーションではグランドセイコーが誇る機構の精密さが印象に残ったが、吉泉が本展示に込めた「職人の技術」への思いは強い。
「スプリングドライブムーブメントが、卓越した職人技でしか成し得ない工程をいくつも経て完成するというプロセスは感動的です。その過程を見てほしいという気持ちがありました。腕時計として、華やかさだけではなく時計の本質を探求して生まれたグランドセイコーは、自然の移り変わりに敏感な日本の美意識とも呼応します。インスタレーションで表現したオブジェと移ろう情景は、そういった高精度な技術と豊かな情感の共存を、感じとってもらうための空間装置です」。
自然の中に身を置くように鑑賞できるよう、会場には“縁側”を思わせる細長いベンチシートが設えられた。来場者は、オブジェに近づいて覗き込んだり、ループする映像をゆったりと座って眺めたり。とりわけスプリングドライブムーブメントがアクリル樹脂の塊の中でも動き続けている様子に驚く人々は多かった。
セイコーウオッチとしてはこれまで、バーゼルをはじめ時計専門のフェアへの出展を中心に技術力をアピールしてきたが、今回はグランドセイコーに特化してブランドを印象づけるのが狙いだった。初出展のために2年以上前から準備してきたと聞く。ミラノでの成功は欧州でスプリングドライブムーブメントの認知度を高めていく原動力になるはずだ。静かに体感するインスタレーションは、グランドセイコーが独自に築き上げた技術力を体験するのにふさわしい場として、そして、今年のミラノデザインウィークを象徴する展示のひとつとして記憶されるだろう。