【第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2018】
多種多様な「freespace」を体感する建築の祭典

水の都イタリア・ヴェネチアにて、2018年5月26日(土)から11月25日(日)の間で開催されている第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展。世界の建築関係者にとって、華やかな2年に1度の祭典である。今年の総合テーマ、注目の展示や受賞作など、複数回に渡ってレポート・紹介していきたい。

世界各国から作品・作家の集まる芸術の祭典「ヴェネチア・ビエンナーレ」は、1895年に美術展が始まった。1975年から美術展の開催されない年に不定期に建築部門の展示が開催されるようになり、年々体制を確立しながら、2000年以降は美術展と交互に隔年で開催される建築の祭典として定着した。2018年となる今年で、第16回目を迎える。

毎回、総合ディレクターとして建築家や建築批評家などが選ばれ、彼らが「総合テーマ」を決め、そのテーマに沿って出典作家を招待するとともに、各国のパビリオンでは、国を代表するコミッショナー・キュレーターによる、テーマに応えた独自の展示が展開される(これまで、総合ディレクターにはアルド・ロッシやレム・コールハース、日本人としては妹島和世が指名されたことがある。)

今年の総合ディレクターは、アイルランドのダブリンに事務所を構えるIvonne Farrell(イボンヌ・ファレル)とShelley McNamara(シェリー・マクナマラ)による女性建築家ユニット、Grafton Architects(グラフトン・アーキテクツ)である。

▲Yvonne Farrell, Shelley McNamara_Photo by Andrea Avezzu’_Courtesy of La Biennale di Venezia

事務所設立から40年以上を数え、アイルランドだけでなく、イタリアやペルーなど世界各地で教育機関をはじめとする公共建築を手がけてきた彼女らに、ビエンナーレ財団は当ページにあるように、「世界各地の多様で善良なる人びとやコミュニティが自分たちの生を生きるために場所・空間を必要とするとき、建築がその願いにふさわしい応答をしていくことがいかに大切かを伝えていく、そういった前回から通底するテーマを引き継ぎながら、今回はこの二人を指名することで、公共空間やランドスケープデザインなどの質、つまり建築家が最後に行き着く具体的なアウトプットを通して見せてくれるはずだ」と期待を込めた。

それに応え、彼女らが設定した総合テーマは「freespace」である。

「freespace」とは何か。記者会見で語られたステートメントのなかで、彼女たちは様々な具体例を交えながらこのテーマを解題し、出展作家や各国パビリオンに、「自分たちの『freespace』を、作品や、建築・空間のエレメント等のかたちでヴェネチアに持ってきてほしい」と呼びかけた。

出展者・各国キュレーターは毎回このような大きなテーマを投げかけられるのだが、今回も「freespace」が何を意味するのか、「freespace」として何をどう提示できるのか、出展作家、各国パビリオンに多種多様な応答を見ることができる。

各展示を通して、建築の様々な可能性や、建築や都市を取り巻く世界各地のイシューに思いを馳せることができる。また、各展示の背景には作家や各国チームの深い洞察やリサーチがあるのは勿論のこと、それを展示の空間体験として提示できるよう、メインの2会場、またヴェネチアの街中で、様々なデザインが繰り広げられる。その圧倒的な物量と多様な思考は、まさに「世界の建築の祭典」としてふさわしい。

分類の粗さは承知の上であえて大別してみると、以下のような3つの方向性があった。

1:建築の実作のための思考で示す「freespace」

Peter Zumthor ピーター・ズントー

実作検討のために製作された縮尺や材料も異なるスタディ模型を持ち込み、彼らのマテリアルや空間への研ぎ澄まされた感性が生み出す、思考の「freespace」を提示。

ポルトガル館

ここ10年の経済危機の中で、厳しい状況に応えながら建てられた12の高質な公共建築をストレートに展示。真摯な建築家の思考と、それを実現する社会全体のしなやかさとしての「freespace」を提示。

手塚貴晴+手塚由比 手塚建築研究所

世界で話題となった「ふじようちえん」が子どもたちに自由に使われている様子を「freespace」の体現と捉え、巨大な模型に空撮動画をプロジェクションマッピングして表現。

Michael Maltzan(マイケル・マルツァン)

ホームレスだった人々を長期的に受け入れる自身の設計によるロサンゼルスのソーシャルハウジングのプロジェクトで、模型やインタビューなどを通し、創造的に建築を住みこなしながら人びとが内部に都市に「freespace」を獲得するさまを、そしてその暮らしを受け止める器としての建築の可能性を提示。

2:その場の空間で示す「freespace」

スイス館【金獅子賞】

雑誌やウェブに溢れる家具や人のいない建築写真によって空間が理解・消費される昨今の状況を逆手に取り、写真ではわからない「大きさ」「パースの角度」などを歪めたり変形したりさせて連結した空間体験をつくり、建築空間がもたらす「freespace」とは何かを問いかける展示。

バチカン市国(ローマ教皇庁)

初の建築展参加。世界から招待された10人の建築家らにより、集まり、出会い、黙想し、語らうための「freespace」として、小さなチャペルをサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の森の中に建てる。

VTN Architects ヴォ・チョン・ギア アーキテクツ

軽量・安価・強靭・どこでも育つ、など、彼らが探求してきた「竹」の建材・構造体としての可能性を提示するおおらかなパーゴラ空間を「freespace」として実現。

イギリス館【銀獅子賞】

「ISLAND」と題した展示で、Brexit(欧州連合からの脱退)に揺れる自国の状況を踏まえながら、「freespace」として会期中様々に使われる空っぽの内部空間、およびおおらかな屋上空間を設えた。屋上ではパビリオンの屋根が「島」のように突き出ている。

3:建築・都市のリサーチ、表現を通じて示す「freespace」

イスラエル館

宗教や宗派によって価値観の異なる人びとの思いや暮らしがせめぎ合う5つの聖地の状況を展示。一つの空間をシェアしたり、複雑に編み込まれた歴史や空間の中で、それぞれの居場所を獲得したりながら形成されるコミュニティとしての「freespace」、またこの特殊な都市総体としての「freespace」のあり方を提示。

オランダ館

世界の建築家、アーティスト、研究者らが行なった、オートメーション(自動化)が人間の生産活動や余暇活動に影響を及ぼす時代における、空間や身体の影響についての考察を、ロッカールームを模した中央空間からドア越しに展開されるインスタレーションで展示。

日本館

世界中から集まった(建築に携わる者の共通のツールでもある)ドローイングを通じ、建築と暮らしの関係を浮かび上がらせて、これからの空間の実践可能性、そしてそれを創造していくための建築・ドローイングの可能性を議論、「freespace」を志向するための「建築の民族誌」を提示(主催:国際交流基金)。




筆者は日本館のキュレーション・展示計画チームの一員として今回のビエンナーレに関わってきた。ひとつの展示アウトプットをするために為される議論や考察の膨大さとそれらの深さを身をもって経験した今回は、他の多くの展示にも同様の背景を見て取ることができ、自身にとっても多くの学びの場となった。

現在進行形で世界に巻き起こっている建築の議論とその熱量を体感するためだけでも、まずヴェネチアに来てみる価値は十二分にあると思う。数回のレポートを通じ、この祭典が提示する様々な価値観・可能性を一緒に詳しく見ていくことにしたい。End