REPORT | インテリア / 見本市・展示会
2018.05.14 13:00
4月17日から22日まで開催されたミラノサローネ国際家具見本市は、かつてない盛況を記録した。主催者発表によれば、総出展社数は1,841社で、27%にあたる33カ国・地域がイタリア国外からの参加で、6日間に188カ国・地域から43万4,509人が来場。これは隔年で開催されるキッチンとバスルームの見本市が開催された2016年と比べ16%増で、昨年比に至っては26%もの増加になる。
また、ロー・フィエラ見本市会場以外での展示、通称フオーリサローネへの参加者から優れた展示を選出する「ミラノデザインアワード」の主催者Elita(イタリア文化協会)は、ミラノ市内で同時期に1,500ものデザイン展が併催されたとしている。もはや、すべての展示を見るどころか、全体像を把握するのも難しい。
こうした状況で偏りがある点は否めないが、注目すべきイベントや新作からピックアップしてレポートする。
カルテルと吉岡徳仁が挑戦する新発想の樹脂加工
フィエラ見本市会場内、モダンデザイン家具のパビリオンのなかでも最も目立つ場所にスタンドを構えるカルテル。今年は8つのプロジェクトごとにスペースを区切り、ステージ風にレイアウトした会場で新作を発表した。
最初のブース「ウッド」に登場したのは、成形合板による木製の椅子。フィリップ・スタルクがデザインを手がけた3種類「クイーンウッド」「プリンセスウッド」「キングウッド」は、どれも薄くてしなやかな湾曲が特徴的だ。カルテルの代名詞とも言える樹脂製の座面ではなく、3次元成形合板を採用したことに驚かされる。樹脂製の脚との組みあわせにも違和感がない。
「スマートテーブル」というプロジェクトでは、天板にIHを備えた「アイ・テーブル」をピエロ・リッソーニがデザインした。ダイニングテーブルが、ちょっとした仕事場や小さな調理台にもなる。他にも生分解性樹脂への取り組みとして「ビオ」、馴染み深い家具コレクションを屋外仕様へと見直した「アウトドア」など、新作は総じて素材と技術への取り組みをメッセージにしていた。
そのなかでも話題を集めたのは、吉岡徳仁がデザインした「マトリックス」チェアだ。昨年のミラノサローネで披露したプロトタイプは3次元構造の複雑さが注目されたが、今年は量産化に成功し、7月に発売されるという。
「マトリックス」は、背面から座面まで一体のメッシュが2層になっており、さらにシェル状に緩やかなカーブを描いている。1枚の樹脂材なら一般的な射出成形が可能だが、メッシュ構造をしている。しかも2層の状態をつくり出すには、精巧で緻密な型と高い成形技術が必要だ。
ミラノサローネのプレジデントも務めるカルテル社のクラウディオ・ルーティは「アイデアを見て直感的に素晴らしいと感じました」と振り返る。「もちろん難しい技術が求められたので、開発には時間がかかりました。何度も試作を重ね、最高の状態をつくるため、吉岡さんが当初想定していたよりもずっと長くかかったと思います。しかしデザインとテクノロジーがカルテルの真髄ですので、中途半端な状態で世の中に出すわけにはいきません。最高のデザインを実現するために、少しずつ改良を重ねました」。
昨年、プロトタイプを発表した段階ではまだ成形型が完成しておらず、細かいメッシュ状にまんべんなく樹脂をいきわたらせるには高温度を保ちながら細部まで樹脂が流れる工夫が必要だった。今回発表された「マトリックス」チェアは、いくつかに分割して整形した樹脂パーツをつなぎ合わせる手法で毛細血管のように全体へ広がる座面に強度を持たせることに成功した。
「プラスチック製家具の歴史に残るようなデザインを実現したかった」。吉岡徳仁はそう語る。「なぜいつも複雑なものをつくるんだと言われますが(笑)、こんなに細い樹脂が構造体になるという可能性を現実のものにしたいと考えました。これまで、強い輝きや繊細な構造体をクリスタルで表現してきて、改めて、プラスチック素材でしかできないものをつくりたい、と」。
なぜ吉岡をデザイナーとして指名してきたか、という質問に対してルーティは次のように応えた。
「私自身の直感が大きいですね。吉岡さんとは、いつも早く次の新作を一緒に考えたいと感じます。もちろん、ものを生み出すにはデザインだけでなくチームワークが大切。その点で、カルテルが協業しているデザイナーは、チームとして難題に向き合ってくれる方々ばかりなので、どうやって一緒に成長していけるかという側面から考えることが多いと言えます」。
ルーティと吉岡は互いに、「一緒に進化できるパートナー」だと認め合う。新作の開発は、その関係性のうえに成り立ってきた。
カルテルが、いつの時代もデザイナーと二人三脚で先進的な家具づくりを成功させてきた歴史を振り返ると、この「マトリックス」も後世に影響力を与えるプロダクトのひとつとして名を残すに違いない。成形合板への取り組みや生分解性樹脂の採用なども含め、こうした大胆な挑戦を目の当たりにできることが、ミラノサローネの醍醐味でもある。