アップルにみる「ヒットを生み出す」Big D
ベンチャーキャピタリスト・高宮慎一

ベンチャーキャピタリスト高宮慎一がこれまでのビジネスワークの経験から導き出したデザインの価値を、ビジネスモデル、その実例に沿って整理・考察する。

第三講 アップルのBig D

前回は企業価値、すなわち「収益性」「成長性」「持続性」への貢献こそが、経営目線で見たときのデザインに求められる役割=大文字Dのデザイン(以下「Big D」)だという話をした。今回はBig Dがいかにアップルを時価総額世界一の企業にまで押し上げたかを見ていきたい。

アップルの復活は、スティーブ・ジョブズ個人が、個別デザイン業務である小文字dのデザインの極みとも言うべき天才プロダクトデザイナー(もしくはディレクター)として、iMac、iPod、iPhone、iPadなどホームラン級の製品を世に送り出したからだと誤解されがちだ。しかし、その本質は、アップルにいわば企業の基本OSとして、デザイン戦略、仕組み、組織をインストールし、再現性をもってヒットを生み出す企業全体のシステムをデザインした点にある。すなわちジョブズはあるひとりの天才的なホームランバッターというよりも、ヒットバッターを安定供給する体制づくりに秀でたゼネラルマネージャーとしての側面を強く持った人物なのである。

個人の卓越した才能に依存する巨匠型デザインは、ヒットを生み出し、時にはホームランをもかっ飛ばす。一方で、その属人性がゆえに、組織的にヒットを出し続ける再現性や規模化が難しい。それに対して、企業システム全体のデザイン=Big Dは、一貫した戦略、定型化された仕組み、組織によって、一定期間再現性、規模をもってヒットを出し続けることを担保する。ただし、シングルヒットを出し続けるのに長けている反面、ホームランは出にくい。企業価値向上のためには、二律背反ではなく、両立がベストだろう。しかし、今多くの日本の大企業に不足しがちなのが、組織的にヒットを出し続ける仕組みとしてのBig Dの視点である。アップルは、ジョブズからティム・クックにバトンタッチした後も継続的にヒットを出しており、ジョブズ退任時の2011年9月に3千207億ドルだった時価総額は17年9月には7千891億ドルにまで成長した。

Illustration by Toshiyuki Hirata

今もアップルに息づいているデザイン戦略の根幹は、ユーザー自身でさえ無自覚なニーズを洗い出し、実現性に妥協することなく100%忠実にかなえることを突き詰める点にある。そしてその戦略を実行する仕組み、組織が備わっている。インダストリアルデザイングループ(IDG)が、最初から最後まで製品開発のリードをとる。製品コンセプトのつくり込みにおいては、ユーザー観察、IDG内でのブレスト、経営陣との議論は反復的に繰り返すが、技術的、ビジネス的な実現性は問われない。コンセプトが固まってはじめてエンジニアや生産技術が参画するが、実現性の観点からコンセプトを修正するのではなく、コンセプトを忠実に実現することにフォーカスする。

このようにデザインの戦略、仕組み、組織を定型化することこそが、再現性をもってヒットを生み出し続ける秘訣であり、企業全体のシステムをデザインするBig Dの要諦だ。日本の大企業においても、またデザイナー自身のキャリアパスの描き方としても、デザイナーがBig Dを武器に経営機能の中枢を担う文化の醸成が待たれる。End




ーーデザイン誌「AXIS」190号 「ベンチャーキャピタル流デザイン講」より。