地方に活動の拠点を見出し、東京のスピード感や情報量とは少し距離を置き、自分のペースで活動する若い世代のデザイナーが注目を集めている。古川 潤と佐藤柚香によるデザインユニット「アトリエヨクト」は、山梨県北杜市でデザインを始めて、今年で4年目を迎えた。
近年移住者が増えている、山梨県北杜市
山梨県北杜市は、八ヶ岳や南アルプスの山々に囲まれた豊かな環境に恵まれ、名水の里として知られる。別荘地が建ち並び、昔から避暑地として親しまれる清里や小淵沢も北杜市だ。
東京から約2時間とアクセスが良く、近年は移住希望者の就労支援や子育て世代マイホーム補助金制度などが設けられたこともあり、子どもの環境を重視する人や自給自足の自然派生活を求める人、ものづくりをする人など、30〜40代を中心に移住者が増えている。今年、月刊誌「田舎暮らしの本」(宝島社)の「2018年度版 住みたい田舎ベストランキング(小さいまち・総合部門)」で、北杜市は全国1位になった。
古川と佐藤は、他にもさまざまな地を探したが、佐藤の父親が別荘を構えていて馴染みがあったことと環境の良さから北杜市に移住を決めた。
昔の人の粋が感じられる古民家の魅力
古川と佐藤は、ともに武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業した。
ふたりは建築のなかでもとりわけ土着的な建築に興味を持ち、卒業後、古川は東北で古民家を解体・移築するグループに参加。伝統構法を手がける大工に出会い、その職人のもとで6年間、修業した。佐藤は古民家を現地再生したり移築する建築事務所に勤め、解体時に垣間見ることができる昔の職人の手技に面白さを感じた。
その後、ふたりは独立し、古川は墨田区の町工場を借りてオーダー家具制作を始め、佐藤は古道具屋を営みつつ設計を続けた。だが、次第に、ふたりとも日本でのものづくりに行き詰まりを感じるようになっていったという。
企画から製作まで、首尾一貫したものづくり
ふたりが壁を感じたのは、現在の日本のものづくりで、デザインする人とつくる人が分業化されていることだ。昔のように、アイデアを練って、デザインし、製作するという一貫したものづくりをしたいという思いが根底にあった。
また、つくるものも、古川は手に収まるような家具や生活道具に関心を抱き、佐藤は建築設計のように複数人が関わるものではなく、単独ですべてを担うことのできるものづくりに心が向かっていった。
そんな矢先、友人を通じて、北欧の充実した社会制度や環境に対する意識の高さ、ロングライフに生き続けるデザインに魅了された。改めてデザインについて勉強しようと、スウェーデンのヨーテボリ大学デザイン工芸学部ステネビィ校に3年間留学し、古川は家具デザインコースを、佐藤は育児の合間に1年間、テキスタイルのフリースタンディングコースで学んだ。
多様な使い方と持ち運びができる生活道具
ふたりは、スウェーデンでの経験が人生の転機になったという。なかでも日本人特有の繊細な感性や、可変性のある昔の生活様式を見直す機会を得たことは大きな収穫だった。
「昔の家は、田の字型の何もない畳の間が、布団を敷けば寝室に、タンスを置けば納戸になるなど、多彩な使い方ができました。また、障子や襖といった引き戸、縁側などで内と外がゆるやかにつながっていた。その日本独自の合理性を備えた住まい方を見直しました」と、佐藤は語る。
その後、日本の家づくりをヒントにさまざまな使い方、持ち運びが容易にできる生活道具を生み出した。「GROW」は、重ねてキッチンやリビングに置いたり、晴れた日にはひとつずつ取り外して、太陽の光を浴びたりできるプランター。「OKAMOCHI」は、昔の「岡持」を現代に合わせて、新しい運ぶ道具箱としてデザインした。
アイデアや組み合わせによって広がる楽しみ方
デザインを考えるうえで、「使い手のアイデアによって、その楽しみ方が広がっていくものにしたい」と、ふたりは考えている。
「若い頃はフォルムの格好良さに楽しさを見出していたのですが、だんだん虚しさを感じてきて……。フォルムやデザインを抑えて、使い方をユーザーに委ねるような、余白を残すほうが面白いと感じるようになりました。そうすると、自分たちが思いもよらぬ、違う使い方や楽しみ方が生まれ、そのもの自体が拡張していくのを感じます。僕らも生活のなかで使ってみて初めて発見することが多いんです」と話す古川。
愛着を持って、長く使うことができること
彼らがもうひとつ大事にしていることは、「時代性にとらわれない、長く使うことのできるデザイン」だ。
古川は言う。「いい材料を使い、頑丈につくること以外にも大事なことがあると思います。自分で工夫したり、アレンジしたりできれば、使ううちに愛着が湧いて大事に長く使おうという気持ちに自然となると思います」。
例えば、スマートフォン用の「Wood Speaker」は、クルマのドリンクホルダーに入るなど持ち運びできるようにデザインされているが、メガネ置きやペン立てにもなり、いずれスマートフォンの形が変わったとしても、アイデア次第で使い道が考えられるだろう。
デザインする、つくる、修理するという3つの仕組み
製品が長く使えるということは、販売の回転率が悪くなり、利益率も下がるが、それでも「長く使ってもらえるほうが嬉しい」と古川は言う。
「製品が壊れたら修理するより買ったほうが安いという、日本はおかしな消費構造になっています。修理業がもっと盛んになっていくべきではないかと。デザインする人とつくる人のほかに修理業の人材を育成していくことも、ものづくりの社会形成のうえでは大事なのではないかと思っています」。彼らが通っていたスウェーデンの大学では、家具はデザインコースのほかにリペアのコースがあったという。
地方で活動する魅力とは
製品の数が増え、昨年は積極的に国内外で展覧会を開いた。今後、活動の拠点を東京に移すことを考えているかと尋ねると、ふたりとも首を振った。
「地方で活動する良さは、東京と物理的に離れているので、気持ちの距離感を保つことができるという点です。それによって自分たちのペースで活動でき、軸足がぶれることなく、ものづくりに没頭できます。東京に身を置いたら、スピードの速さや情報の波に飲まれてしまいそうで、私たちには合っていないと思います」と、佐藤は語る。
自分がやりたいと思うことに飛び込んでいく
ともに1973年生まれで、就職氷河期に社会人になり、明るい未来などないと言われてきた世代だ。だが、なかには最初から何もないからと、新しい道を独自に開拓していくたくましさを持つ人がいる。
アトリエヨクトのふたりも、やりたいと思ったことに自ら飛び込んでいくタイプ。「少しでもやりたいと思うことがあったら、怖がって時間が過ぎてしまうより、まずは動いてみて、そこから軌道修正していけばいいと思います」と佐藤は言い、「楽しいことや面白いことをするには、リスクも負わないといけないけど、それに勝る好奇心に従ってきました。あれこれ考える前にまずはそこに飛び込んでいけるかが大事なんじゃないかな」と古川は語った。
可変性のある生活道具を発展させた家
目下のプロジェクトは、工房の前に広がる敷地に自邸を建設することだ。家はコンパクトで小さいものというが、敷地全体を海と見立てて、デッキを大きくとって船着場として、敷地内を自由に移動できる車輪を付けたゲストハウスもつくるそうだ。それはこれまで手がけてきた可変性のある家具や生活道具の考え方を発展させたものだ。
自らの手で土地を開拓して整備し、居場所をつくり出していくたくましさを備えながら、これからも「本来、フレキシブルさや合理性を持ち合わせていた日本文化のユニークな側面を自分たちなりに掘り下げつつ、生活のなかでのふとした気づきをひとつずつ形にしていきたい」と、ふたりは力強く答えた。
自邸は、来春の完成を予定している。また、作業用やキャンプ用の「ものを運べるズボン」も構想中で、今後も家具というジャンルにとらわれないものづくりをしていきたいと考えているそうだ。
アトリエヨクト/日々の暮らしを豊かにする、シンプルで使い勝手が良く、生活に馴染むもの。さらに使い手に働きかける魅力を持ち、楽しみながら長く使えるものづくりを目指すデザインユニット。http://www.a-yocto.jp
古川 潤/1973年島根県出雲市出身。武蔵野美術大学建築学科卒業後、伝統構法建築を主とする工務店で大工として勤務。独立後は独学で墨田区業平でオーダー家具製作を始める。スウェーデンのヨーテボリ大学デザイン工芸学部ステネビィ校家具デザインコース留学の後、2013年山梨県北杜市へ移住し、白州にアトリエヨクトを構える。
佐藤柚香/1973年東京都調布市出身。武蔵野美術大学建築学科卒業後、古民家再生を主とする設計事務所勤務。独立後は住宅や店舗などの設計をするかたわら、墨田区向島で週末古材・古道具屋「una mano」を営む。スウェーデンのヨーテボリ大学デザイン工芸学部ステネビィ校テキスタイル フリースタンディングコースを経て、2015年アトリエヨクトに本格参加。