REPORT | ファッション / 展覧会
2018.04.20 14:43
「自由の布」から「衣服の布」へ
インドの伝統的なテキスタイル「カディ(Khadi)」と、それを現代に復興させたプロデューサー兼キュレーター、マルタン・シン(1947-2017)の貢献を紹介する展覧会が、21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3で開かれている。
カディとは、手で糸を紡ぎ、手で織ってつくるインドの綿布のこと。すべての工程が手作業のため、不均一ながら素朴で、やわらかな風合いを持つのが魅力だ。細い糸で高密度に織ったカディほど軽く、空気をまとうような心地よさを得ることができる。ただし細い糸は切れやすく、生産がベンガル地方など高湿度の地域に限られるため、希少で価格も高い。
カディの起源はインダス文明にまで遡るといい、数千年にわたってインド各地でつくられてきたが、産業革命による紡績・織布の機械化、英国からの綿布の輸入によって生産量が激減。「インド独立の父」として知られる政治指導者マハトマ・ガンジー(1869-1948)は、手紡ぎ・手織りこそインドの再生に不可欠なものだとし、国産カディを普及させ英国綿布の不買を促した。
時が過ぎ、ガンジーの思想を受け継ぎながら、カディの再発見と復興に力を注いだのがマルタン・シンだ。50年以上にわたり、インドテキスタイルの開拓と展示、遺産の保存に取り組んだプロデューサー兼キュレーターである。
裕福な家庭に生まれ、西洋的な教育を受けたシンは、30歳のときにカディに出会い、その衝撃から英国留学をやめたという。もちろん、カディに織り込まれたガンジーの哲学を支持したが、何より魅了されたのは、テキスタイルそのものの着心地の良さと素朴な風合い。それを生み出す織り手たちの高い技術だった。
今から20年ほど前、安くて品質の劣る大量生産の布が出回り、カディは存続の危機に瀕していた。シンは再び光を当てるため、2002年に展覧会「KHADI: The Fabric of Freedom」をキュレーションする。あわせてカディの生地見本帳を出版し、品質の高さを国際的に発信。インド政府にも働きかけ、カディの品質を守るため、織り手の育成や雇用にも力を注いだという。
こうした総合的なプロデュースが功を奏し、今やカディは世界中の高級ファッションブランドがこぞって採用するテキスタイルとなった。ガンジーの時代に「自由の布」だったカディは、シンによって「衣服の布」として現代に息を吹き返したのだ。
織り手の力を引き出す魔法
今回の展示では、「KHADI: The Fabric of Freedom」展のカディを中心に、現地取材による映像などを通して、マルタン・シンの活動や言葉、人々に与えた影響を紹介するものだ。
30年以上にわたってシンと交流をもち、本展の監修を務める皆川魔鬼子(HaaT)は語る。「1983年に私はイッセイ ミヤケのテキスタイルデザイナーとしてインドの産地に趣き、マプー(マルタン・シンの愛称)の指導の下、イッセイ ミヤケの美学に沿ったシンプルで贅沢な素材をつくることができました。マプーは、三宅一生さんが世界で尊敬する人のひとり。インドの織物の将来を想い、情熱をもって、いっさいの私欲なく取り組む姿から、私たちは多くのことを学びました。彼は、日本がすでに失ってしまった習慣や技術を再認識させてくれたのです」。
皆川によると、シンは「織り手の能力や意欲を引き出す不思議な魔法の力を持っていた」と言う。会場では生前のインタビュー映像から、身振りを交えながらガンジーの思想に紐づくカディの意義を熱く語る姿を見ることができる。「手紡ぎの瞑想的な作業によってつくられるカディは自由の象徴」「心地よさこそが最大の価値」といった、明快で力強い言葉が心に残る。そして皆川の言うとおり、不思議な魔力を感じさせる人物だ。シンの情熱やカリスマ性に引き込まれて集まった、さまざまな人の手を介して、カディが世界へと羽ばたいていったことが伝わってくる。
一枚の布に「人」あり。気持ちよさそうにゆらめいているカディを眺めながら、そんな言葉がふと浮かんだ。
「Khadi インドの明日をつむぐ -Homage to Martand Singh-」展
- 会期
- 2018年4月18日(水)〜5月13日(日)10:00〜19:00
- 休館日
- 火曜日(5月1日は開館)
- 入館料
- 無料
- 会場
- 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
- 詳細
- http://www.2121designsight.jp/gallery3/khadi/