こいのぼりなう!
大空間を泳ぐ、319匹のオリジナルテキスタイルの鯉のぼり

一歩足を踏み入れた瞬間、誰もが息をのむような光景だ。広さ2,000㎡、天井高8mの、通常は大規模な展覧会を行う空間いっぱいに319匹の鯉が回遊する。その迫力に圧倒されながら、鯉たちが描く輪のなかに自然と吸い込まれていく。「こいのぼりなう! 須藤玲子☓アドリアン・ガルデール☓齋藤精一によるインスタレーション」は、かつてない規模のテキスタイルによるインスタレーションだ。

鯉の生地はすべて、1983年創業のテキスタイルデザイン会社「NUNO(布)」の須藤玲子をはじめとするデザイナーが制作したものだ。NUNOは1990年代から鯉のぼりを制作しつづけており、展示はワシントンD.C.のジョン・F・ケネディ舞台芸術センター(2008年)、フランスのギメ東洋美術館(2014年)に続く3回目となる。


▲国立新美術館のいちばん大きな展示室を埋め尽くす鯉たちは、エントランスから弧を描いて出口へと向かっていく。

▲「319匹の鯉は、現在12人のデザイナーの作品を含む、NUNOのこれまでのアーカイブです」と説明する須藤玲子。

現代における伝統の意味

展示デザインを担当したのはケネディ・センターのアドリアン・ガルデール。2006年に須藤と出会い、ともに「こいのぼり展」を担当してきたアートディレクターだ。「端午の節句」(中国から伝わり、江戸時代に男の子の誕生や成長を祝う行事として広がった。鯉のぼりは男子の出世を願う意味がある)という文化に感銘を受け、日本のテキスタイルと組み合わせることで、日本の伝統や精神性、技術を欧米の人々に向けて体感的に伝えることに成功した。

▲「私の役割は展示デザインであり、キュレーターやデザイナーのさまざまな物語を鑑賞者にわかりやすく伝えることが仕事」と語るアドリアン・ガルデール。

過去2回が約70匹のインスタレーションだったのに対し、今回の新バージョンでは319匹という大スケール。その規模にライゾマティクスの齋藤精一による光と動き、サウンドアーティストSoftpadによる音の効果を加えている。また、319種類のテキスタイルの見本帖や、染織工場で布がつくられる映像、また誰でも紙の鯉のぼりをつくることができる体験コーナーも設けられた。

ガルデールは、「私や須藤さんの仕事の核は、現代における伝統の意味や意義を伝えること。無数の鯉が一緒になって宙を舞う様は、現代的なコラボレーションのひとつの象徴でもあるのです」と語る。

▲テキスタイルの見本帖には、デザイナー名や素材、産地、織り方などの情報が記されている。

プロジェクションをしたくなかった

コラボレーションしたライゾマティクスの齋藤精一は、「“ライゾマ”にはプロジェクションやハイテクなことをやっているというイメージがあると思います。でも、昨年6月に須藤さんから声をかけてもらったとき、僕はプロジェクションをしたくないと思ったんです」と振り返る。ひとつひとつのテキスタイルがどうつくられているか、そこにはどういった思想があるのかを見てもらいたいと。そこで自らもNUNOのテキスタイルを用い、鯉が泳ぐ様を感じられるような空間に仕立てた。

▲齋藤精一(代表取締役、ライゾマティクスアーキテクチャー主宰)は、かつてNUNOのウェブサイトを制作した。

齋藤は、天井全体に60枚のオーガンジーを張り、照明とファンを組み合わせた装置を28台設置。それは、室内に入った瞬間にはわからない程度の存在感だ。鯉のぼりを見上げていると、やがて半透明のテキスタイルが水面のようにゆらめいていることに気づく。「僕らも仕事でテクノロジーは使ってはいますが、今の時代、進歩が速すぎるような気がして。このなかに入ると、水中に潜ったときのように時間がスローになる、なんともいえない雰囲気をつくりたかったんです」。

▲天井全体にひじょうに薄い布を張り、その下に吊り下げた装置が光と風を送る。

また、Softpadが制作したサウンドは、300以上もの中から選んだ100弱の音源で構成され、プログラムによって変化させるため、一度たりとも同じ音はないという。またあえて水の音を使わず、音の要素だけで水の雰囲気が感じられるようにした。会場の鯉の中心にはクッションが置かれ、自然と腰掛けたり、寝そべったりして、ゆっくりとたたずむように過ごしているのが印象的だ。

日本のエッセンスを見つめる機会

319匹の鯉のテキスタイルはすべて違う。須藤は説明する。「北は山形、南は奄美大島まで全国約80カ所の産地で、優れた技術をもつ職人の方々と一緒につくり上げたものです。例えば、奄美大島で芭蕉の木を伐採し、その材料が滋賀に送られて糸になり、京都で染められ、群馬の桐生で織り上げ、最後の仕上げは京都に戻す。このようにひとつのテキスタイルができるまでには日本中をまわって、いろいろな方々の手にわたって、やっとでき上がるのです」。

なかには色違いや素材違いのファミリーもあり、NUNO創業者である新井淳一が手がけたテキスタイルも一匹だけ紛れている。遠くから眺めても、近寄って見ても、それぞれに感じられる。日本人だからこその伝統や風習、あらためて見つめ直したい技術がひとつの空間に凝縮されている。だからこそ、未来に希望を託すような鯉たちの躍動感に胸を打つのだろう。End

▲自分の鯉のぼりをつくることができる体験コーナー。

▲この空間に身を置くと、気持ちが落ち着き、リラックスするのではないだろうか。「会場を後にするときには、皆、鯉になって出て行ってくれたら」と齋藤は言う。

こいのぼりなう! 須藤玲子☓アドリアン・ガルデール☓齋藤精一によるインスタレーション

会期
2018年4月11日(水)〜5月28日(月)10:00〜18:00
毎週金土曜日、4月28日(土)〜5月6日(日)は20:00まで。5月26日(土)は「六本木アートナイト2018」開催にともない22:00まで開館
休館
毎週火曜日 ※ただし、5月1日は開館
会場
国立新美術館 企画展示室2E
観覧料
無料
詳細
http://www.nact.jp